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第16話 秘策の光

 柔らかな朝の光がカーテンの隙間から漏れ、宿の部屋を優しく照らし始めた。アリシアはベッドの上でゆっくりと目を覚ます。体が少し重く、昨晩のワインの余韻が頭に残っていた。

 隣で穏やかな寝息を立てるレオの姿が彼女の視界に入ると、昨夜の記憶が脳裏に蘇る。

 

(私は醉うとあんな風になるのか……、そんなに飲み過ぎたのか!)


 顔が熱くなり、頬が赤く染まるのを感じた。風呂場での出来事を鮮明に思い出してしまう。大胆にレオの背中を洗い、湯の中で彼を強く抱きしめ、耳元で囁いた。「見ても大丈夫だよ」と……


(信じられない!あれじゃまるで……)


 羞恥心が胸を締め付ける。レオがいなかったら叫び声を上げていただろう。姫騎士と呼ばれるようになってから、アリシアは日頃から自分を律して来た。普段は絶対にあんな大胆な行動は取らないはずである。


(いや……、違うな……。今までは心を許せる相手がいなかっただけか……)


 国王の子供の中で唯一側室産まれのアリシアは、家族としての愛情を注がれる事も無く、愛情を注ぐ事も出来なかった。彼女は愛という物は幼い頃、とっくの昔に諦めたはずだった。だからずっと心に蓋をしていた。

 家族愛は諦め、剣の道に進み、姫騎士として手柄を立て、愛の代わりに称賛や、名声で心を満たす日々……。けど本当はずっと誰かに愛されたかった……誰かを愛したかった……


(私が本当になりたいのは、昨夜の私だったのかもしれない)


 昨晩の行動を思い出すと恥ずかしいが、それ以上にレオの反応が可愛らしかった。顔が真っ赤にし、恥ずかしそうにしながらも、アリシアを拒絶しないレオ……、むしろ嬉しそうだった。それがどれだけ彼女の孤独感を埋めてくれただろう。


(本当に可愛かった。出来れば手放したくない)


 彼女は視線を下ろし、レオを見つめた。彼はまるで自分の定位置にいるように、安心した寝顔でアリシアの腕の中で体を預けている。


(この子がここまで安心して、私に体を預けているなんて……。本当の家族みたいだ)


 胸に庇護欲が湧き上がる。昨夜の出来事も、酒のせいではなく、レオの純粋な愛情……、アリシアが幼い頃から無意識に求めていた無条件の愛に満たされた事で彼女の心が溶け始めた結果かもしれない。


(この子の笑顔を守りたい。それに私もこの子と一緒にいたい……)


 レオの温もりを彼女は失いたくなかった。

 だが、現実は厳しい。今日移動すれば王都に着く。アリシアは自分が彼の姉アリアではない事を隠し通せていたが、王都に入れば難しくなるだろう。これまでの道中は役人たちに『お忍び』として扱わせていたが、王都では王女として、姫騎士として振る舞わなければならない。普段は今のように姉として振る舞えない。レオに隠し通すのは不可能だ……


(どうすれば良いか……何か、方法は………)


 アリシアがいくら望んでも、彼女はレオの本当の姉にはなれない。今までの道中は事実を先延ばしにして、彼に現実を知らせてないだけ……。王都に着けば、すべてが崩れるかもしれない。想像しただけで胸が痛む。


(この関係を続け、二人で一緒にいられる夢のような方法は……)


 彼の心を傷つけず、永く側にいられる方法……。アリシアはレオの寝顔を眺めながら、必死に考える。外から小鳥の鳴き声が聞こえ、時間だけが静かに流れた。ふと、レオと出会った時を思い出す。


(私とこの子の姉アリアは瓜二つ……瓜二つ?)


 レオは記憶を失う前、何度も何度もアリシアとアリアは瓜二つだと言っていた。見た目、話し方、性格、趣味嗜好まで……。殆ど全てが一致する。

 その瞬間、彼女の胸に一つの秘策が浮かんだ。


(それだ!私とアリアの類似性……それを活かせば!)


 希望の光が見えたような感覚。詳細を詰めれば実現可能だろう。レオの記憶が戻らない限りこの関係を続けられるかもしれない。彼女はそっとレオの髪を撫で、決意を固めた。するとレオの瞼が動き始め、起きそうな気配を感じると慌ててアリシアは表情を整えた。


 ――――――――


 レオは昨日と同じように姉の腕の中で目を覚ます。大好きな姉の温もりに包まれ幸せだった。


(朝起きても、当たり前のようにお姉ちゃんが側にいてくれる)


 一人ぼっちの時は朝起きるのも億劫だった時もある。夢の中なら姉に会えるかもしれないが、起きると姉がいない世界が広がっていた。だが、今は違う。こうして側に唯一の家族がいてくれる。


「おはよう、レオ。よく眠れた?」


 優しい声が聞こえ、レオの胸に幸福感が広がる。姉の蒼い瞳が自分を優しく見つめていた。


「おはよう、お姉ちゃん。うん、すごくよく寝れたよ。多分、お姉ちゃんの温もりで安心できて……」


 彼の小さな声に、アリシアは微笑みながらレオを抱き締め直す。寝起きの彼はまだぼんやりしているようで、アリシアのされるがままになっている。


「お姉ちゃんも、レオの温もりのお陰でよく眠れたよ」


 レオはこうして抱き締められていると、自分が子供に還ったように感じる。会えなかった時の分まで姉に甘えたくなる。恥ずかしくて、人目のある所では出来ないが、2人きりの時は目一杯甘えたい。それにお姉ちゃんは昔と同じように優しく自分を受け止めてくれる。それを実感できてレオは幸せだった。


 朝日が強まり、部屋が徐々に明るくなると、アリシアはベッドから体を起こした。


「じゃあ、レオ。着替えて出発しようか。今日は運河で王都へ向かうよ。準備しよう」

「うん!王都に着いてお姉ちゃんと一緒に暮らすの楽しみだよ!」


 彼の輝いた目を見て、アリシアは頷く。先ほど思いついた秘策のお陰で安心して王都に向かえそうだった。


「そうだね。お姉ちゃんもレオと一緒に沢山過ごしたいよ」


 二人はベッドから起き上がり、着替えを済ませた。アリシアはレオの手を引いて宿を出る。運河の船着き場には朝一番の船が待っていた。役人が手配した豪華な客室付きの船で、料理人も用意されている。


「立派な船だね!お姉ちゃん!」

「そうだね、レオ。スピードも出るから日没までには王都に着くよ。」


 アリシアがレオを連れて乗り込むと、乗員に客室へと案内される。周囲の景色が一望でき、ゆったりとしたソファーとテーブルが備わっていた。


「お姉ちゃん!景色もいいね!」

「ふふ、これなら船旅でも楽しいでしょ?」


 レオが興奮しながら窓辺へと駆け寄り、外が見えるソファーに座ると、アリシアも微笑みながら彼の隣に座った。


「お姉ちゃん見て!鴨が2羽並んで泳いでるよ!姉弟かな?」

「ふふ、そうかもね」


 アリシアは窓から外を眺めら鴨の姿を確認する。オスとメスの鴨が寄り添って泳ぎ、微笑ましい光景だ。

 

「仲良さそうで俺たちみたい!」

「私たちみたいに仲良さそうね。けど、あの2羽は夫婦かもね」

「あっ、確かに……」


 成鳥の鴨が雄雌で一緒にいれば姉弟よりも夫婦の場合が多いだろう。アリシアは少し残念がってるレオを見て少しいたずら心が湧いた。

 

「ふふ、もしレオがお姉ちゃんより大きくなったら、私達も他の人からは姉弟じゃなくて、仲良さそうな夫婦に見えたりしてね」


 一気にレオの頬が赤くなり、動揺してしまう。


「お、お姉ちゃん!?」

「ふふ、冗談だよ、冗談」


 アリシアは微笑みながらレオを撫でる。すると船はゆっくりと動き出し、水面を滑るように進む。

 緑豊かな風景が広がり、鳥の綺麗なさえずりが聞こえた。それは二人の王都の生活を祝福するかのようだった。


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