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第15話 湯の中で

 浴室に入ると爽やかな柑橘の香りに包まれ、贅沢なほどの果実が湯船に浮いていた。湯気が立ち上り、柔らかなランプの光が壁を優しく照らす。アリシアはほろ酔いのまま、レオの背後に回り、スポンジを手に取った。


「じゃあ今日はお姉ちゃんが背中洗ってあげるよ。レオ、じっとしててね」

「お、お姉ちゃん!?1人で洗えるから」


 体を流し始めるなり、突然背後から聞こえた言葉にレオは固まってしまう。慌てて断ろうとするが……

 

「だーめ。まだレオの左肩は安静にしないといけないから。お姉ちゃんに任せて」

「ひゃっ!」

 

 酔ってるせいか、姉はいつもより強引だった。背中にスポンジが優しく当たり、くすぐったい。柔らかな泡が肌を滑る感触にレオは体を縮こまらせる。


「お姉ちゃん、酔ってるでしょ!なんか……大胆だよ!」

「ふふ、ほろ酔いだよ〜」


 アリシアはほろ酔い気分で、レオをもっと甘やかしたくなる。この子が喜んでると自分まで満たされる。家族愛を知らなかった冷たい自分が、レオに触れることで少しずつ変わっていくのを感じていた。


(もっと笑ってほしいな。レオの幸せな顔をもっと見たい)


 レオもやはり恥ずかしいが、嫌ではない。むしろ、姉の優しい手が心地良い。だが、心臓がドキドキしてしまう。酒のせいか、更に魅力的に見える姉から視線を逸らすのが大変だった。


「じゃあレオ。お風呂に入ろうか」

「う、うん」


 泡を流し終え、二人で横並びに浴槽に浸かると、姉と肩が触れあう。心臓が高鳴ってしまうが、ふと気になる事が浮かんだ。

 

(お姉ちゃんは18歳になった。お酒も飲むようになったし、もしかして恋人とかもこれから出来るかもしれない)


 姉の事だ。色んな人に告白されているだろうし、オルテリアでは多くの出会いが有ったかもと感じた。そう思うとオルテリアでの事について尋ねたくなる。

 

「お姉ちゃん、オルテリアで恋人は作らなかったの?作ろうとしてないの?」


 アリシアはレオの質問に少し驚いたが、アリアならこう答えるだろうと思った事を答える。

 それにレオの瞳の中に少しだけ不安が混じってるのを感じた。


「恋人はいないよ。作るつもりもないよ。どうしてそんな事を聞くの?」


 レオは恥ずかしそうに俯く。


「だって、お姉ちゃんに恋人が出来たら、こんな風に姉弟でスキンシップ出来ないでしょ?お姉ちゃんに恋人が出来たら、一緒に過ごすのを我慢しないといけないのかなって……」


 3年ぶりに再会できて、すぐに姉と離れ離れになるのは嫌だった。スキンシップは恥ずかしいが、姉が側にいないのは寂しい。

 アリシアはレオの言葉に驚きつつも、彼の純情さを感じ、からかうように笑った。


「ふふ、レオも大人になったね。恋人同士がする事、知ってるんだ」

「お、お姉ちゃん!そんなんじゃないよ。ただ、先輩騎士の話を聞いたり……」


 同じ部隊の先輩達が大声で自慢をしていたり、同期の中には恋人がいる騎士もいた。だからレオは詳しくは知らないが、なんとなく恋人同士がする事を知っている。

 アリシアは彼の照れ隠しに微笑みながら、湯の中から手を出してレオの頭を撫でる。


「じゃあレオは恋人作った事はないの?そんな事をした経験は?」


 アリシアも彼の事が気になって尋ねた。


「うん……経験もないよ。ただ先輩騎士に娼館に連れて行かれた事はあるけど……」 

「娼館!? レオ、そんなところに行ったの?」


 彼女が驚くと、レオは恥ずかしそうに説明する。

 

「その……、初陣の後に先輩たちに女を知っておけって連れて行かれて……。部屋には入ったら女の人とお風呂があって、昔、お姉ちゃんとのお風呂を断った事を思い出したんだ。お姉ちゃんとの入浴すら断ったのに、知らない女の人とお風呂に入るなんて、お姉ちゃんを裏切るみたいに感じて、お金だけ払ってすぐに出ていったんだ……」


 アリシアはレオの言葉に、心が溶けそうになった。純粋に姉を大切に思う彼が尊いものように感じる。


「レオ……ありがとう。そんなに大切に思ってくれて、お姉ちゃんは嬉しいよ」


 彼は姉の昔から変わらぬ優しさに触れ感傷的になる。

 

「それに、他の女の人とスキンシップしたらお姉ちゃんとの思い出が汚れる気がして……、それにお姉ちゃんと比べたらどんな女の人も美しくないし、興味が沸かなかったよ?」

「ふふ、レオはいい子だね」


 アリシアが自然に彼の頭を撫でると、レオは3年前の後悔を吐露する。声が少し震え、湯の表面が揺れた。


「お姉ちゃん、あの時、お風呂を断ってごめんね。ずっと後悔してたんだ。もう断らないから……」


 アリシアはレオをぎゅっと抱き締めた。湯の中で裸で抱き締められてレオの心臓は鳴る。姉の柔らかな体に包まれ、甘い香りが脳を刺激した。

 

「お姉ちゃんは気にしてないよ。レオはもう騎士になったんだから、今は一緒にいられるよね」


 あの時の事を姉が許してくれたのは嬉しい。だが、お風呂で抱き締められているのは流石のレオも恥ずかしく、ドキドキが止まらない。


「お、お姉ちゃん……ドキドキしちゃうよ」


 アリシアは照れて真っ赤になっている彼の表情を見ていたずら心が沸いた。抱き締めたまま彼の耳元に顔を近づける。


「娼館でもドキドキしたの?」

「し、しないよ!他の女の人にドキドキしたことないよ!そんな抱きしめられるとお姉ちゃんの体が見えちゃうよ!」


 彼への愛おしさが胸を満たし、更に強く抱きしめる。まるで自分が本当に彼の姉になったようだ。


「お姉ちゃんのなんだから、見ても大丈夫だよ」

「ダメだよ!ドキドキしちゃうから!」 

「レオは本当にお姉ちゃんが大好きだね。お姉ちゃんもレオが大好きだよ」


 姉からの囁きにレオは更に赤くなり、少し震えた。それでも、姉から大好きだと言われて嬉しさが心を満たす。

 

「う、うん。俺もお姉ちゃんの事は大好きだよ。ずっと……」

「お姉ちゃんはレオが側にいてくれる間は恋人はいらないよ。レオを独占したいからね」


 その言葉にレオは恥ずかしさも感じるが、嬉しさが上回り、笑みが溢れる。


「うん!俺もお姉ちゃんとずっと一緒にいたい!」


 二人は湯の中で笑い合う。本当の愛情に満ち、二人の心にはもう寂しさの文字は無かった。

 

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