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第12話 懐かしの温もり

 宿の扉を開けると、柔らかなランプの光が二人を迎え入れた。アリシアはレオの手を引いて廊下を進み、突き当たりのドアを開けると、そこは街で一番の宿の最高級部屋だった。

 広々とした空間の所々に細やかな彫刻が施され、暖炉が優しく温もりを与えている。トイレや浴室まで個室に備え付けられており、ベッドにはふかふかな羽毛布団が敷かれている。まるで上位貴族が泊まるような部屋にレオは目を丸くしてしまう。


「お姉ちゃん、この部屋すごい!ベッドもふわふわそうだし、お風呂までついてるよ!どうしてこんな高級な部屋を取れたの?」


 アリシアは彼の驚いた顔を見て、優しく微笑んだ。レオに王女である自分の正体を気づかれないよう、自然に振る舞う。

 

「ふふ、レオ。驚かないで、お姉ちゃんの仕事の関係でね、用意して貰ったんだ。まずはお風呂で体を流そうか、一緒に入ろう」


 レオは姉との思い出を思い出した。昔はいつも一緒に入っていたが『再会』してからは初めてだ。3年ぶり、自分が13歳になった今、緊張が走る。けど失ったはずの姉とまた昔のように過ごせる。断る理由は存在しない。


「う、うん……いいよ。お姉ちゃん」


 アリシアは少し照れているレオを見て微笑むと、先にレオを風呂場へ促した。


「じゃあ、レオ。先に入って体を洗ってて、お姉ちゃんもすぐに行くから」


 レオは頷き、浴室に入った。左肩に負担をかけないように体を洗い、浴槽へと入る。湯気が立ち上り、心地よいお湯が体を包む。


「お姉ちゃんとお風呂か……」


 そこでレオは思い出した。3年前、最後に姉と過ごした日、恥ずかしがって姉と入浴するのを断った事を……


「お姉ちゃんに謝らないと……」


 あの日の後悔がまだ胸の中に残っている。だからもう二度と姉に寂しげな顔をさせたくない。姉との時間を大切に過ごそうと、心に誓った。

 

 一方、アリシアは廊下に出ると部屋の外に待機していた役人に目を向ける。役人は低姿勢で近づき、今後の指示を求めた。


「お嬢様、今後のご予定を伺いたく……」


 アリシアは声を低く抑え、素早く答えた。


「明日の朝、王都に向けて出発する。貴族領では泊まらない。王国直轄領で宿を取れ」


 役人が地図を広げると、アリシアは指でなぞった。


「少し強行軍になるが、明日中に凛川街まで馬で移動する。明後日はそこから運河を使って王都に向かう」


 アリシアの言葉に役人はメモを取りながら頷く。


「では替え馬と護衛を用意します」

「護衛はいらん。2人だけで移動する。替え馬は複数個所で用意してくれ」

「はっ、承知いたしました。他に必要なものは?」

「それでいい。すぐに手配しろ」


 役人が去ると、アリシアは部屋に戻り、服を脱いだ。浴室に近づき、鏡に映る自分の体を見る。異性に肌を見せるのは初めてで、若干の恥ずかしさがよぎるが、レオの過去の後悔を癒やしたいという思いが彼女を勇気づけた。

 浴室のドアの前で少し深呼吸をする。ちゃんとレオの姉を演じられるように……。

 

「よしっ!」

 

 アリシアは気持ちを切り替えて、タオルも巻かず裸で浴室に入った。


 湯船に浸かりながら目を閉じていたレオは、ドアの音で目を開け振り向くと驚愕した。

 

「え?お姉ちゃん、タオルは!なんで裸なの!?」


 アリシアは体にお湯をかけながら、からかうように笑った。自分の体がレオの視線に晒されるのは恥ずかしかったが、彼の反応が愛らしく、気持ちが軽くなる。


「ふふ、レオ。そんなに驚かないで……、もう騎士になったんだから、このくらいで動揺しちゃダメでしょ」


 レオの顔が真っ赤になる。3年ぶりの姉の体は、女性として美しく、芸術的だった。一瞬見てしまい、心臓が鳴る。


「お姉ちゃん、3年ぶりなのに緊張しなさすぎだよ……」


 レオは姉の堂々とした態度に困惑しながら、極力、胸や下半身に視線がいかないようにする。姉が浴槽に入る時にまた見てしまったが、どう考えても魅力的だった。レオも13歳になったし、姉も18歳になっている。女性としての魅力を感じてしまい。同じ浴槽に入った姉に顔を背けてしまう。


(けど、お姉ちゃんは昔と同じだな……)


 レオは緊張しながらも、この状況に感傷的になる。一度は失ったはずの姉とまたお風呂に入れるなんて、本当は夢のような事だ。


「お姉ちゃん……もうどこにも行かないでね?死なないでね?離れたら嫌だよ……」


 その言葉にアリシアの胸が痛んだ。彼の孤独だった心を癒したくなる。彼女はレオを背中から抱き締め、優しく囁く。


「死なないし、離れないよ。騎士として約束する。おね……私はレオの側にずっといるから……もう寂しい思いはさせないから」

「お、お姉ちゃん!?む、胸が当たってるよ!」


 姉のふくよかな感触が背中に当たり、レオは恥ずかしがるが、嫌ではない。姉の温もりと、懐かしい香りに安心する。いつの間にか、感傷的な気分は無くなっていた。


「レオ、嫌だった?」

「嫌じゃない……けど」

「なら、よかった。こうやって抱き締めていると安心するでしょ?ほら、お姉ちゃんはレオを離さないからね」


 姉の昔から変わらぬ優しさを包まれ、レオの心が温まる。


「ありがとう、お姉ちゃん……」

「うん、絶対に側にいるから」


 アリシアは更に強く、レオを抱きしめる。レオは姉とのスキンシップは恥ずかしいが大好きだ。だが、問題は心臓がうるさくなっている事だった。アリシアも彼を抱き締めていると、自分の中に本物の家族愛が生じている事を感じる。


「も、もう暖まったから出るね」


 レオは先に風呂を出て、体を拭きベッドに座った。アリシアも暫くしてから出て、髪を乾かしながらレオの側に来る。彼はもう既に瞼が半分閉じ、うとうとしていた。


「じゃあ、レオ。もう眠いでしょ?明日も早いから寝ようか」

「うん、お姉ちゃん……」


 アリシアはレオと一緒に横になった。レオは久しぶりに姉と同じベッドで寝ることに懐かしさを感じ、そっと姉の隣に寄ると、アリシアは彼を胸に抱き締める。レオの姉アリアもよくレオを抱き締めて寝ていた。


「お姉ちゃん、温かい……」


 レオは姉の香りと心音に包まれ、習慣的に眠りにつく。そこが産まれた時からレオが一番安心出来る居場所だった。


「レオ、可愛いな」


 アリシアはレオが眠りにつくと、微笑みながら彼の寝顔を眺めていた。そんな時、レオの口からふと寝言が漏れる。


「お姉ちゃん……もういなくならないで……」


 アリシアの胸が締め付けられる。涙が滲み、レオを抱き締め直す。


「あぁ……絶対に行かないよ、レオ」


 偽りの姉だが、彼女には本当の愛情が生じている。部屋のランプがゆらゆらと揺れ、静かな夜が過ぎていった。 

 

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