第11話 オルテリア入国
国境の川を渡り、オルテリア王国の領土に入った2人は地図を片手に夕方まで歩き続けた。川の音が徐々に遠ざかり、森の木々がまばらになると、遠くに城壁で囲まれた街が見えてくる。アリシアは祖国に帰ってこられた安堵と、レオの治療が出来るという希望に、胸の緊張が少し解けた。
「お姉ちゃん、あの街すごいね!城壁が立派だし、塔もいっぱいあるよ!」
レオにとっては初めて外国だ。思わず目が輝き、興奮が隠せない。その楽しそうな様子にアリシアは微笑んだ。
「そうだね。今日はあそこで宿を取ろうか、レオも疲れたでしょ」
そのまま歩いている間にアリシアはレオの扱いについて考え続けていた。
(レオには私の正体、王女アリシアという事はバレてはいけない。とは言え、他者の前でレオを弟として大々的に扱う事は出来ない……)
偽りの姉を演じている以上、レオに怪しまれる訳にはいかなかった。少しのミスで正体がバレればこの絆は崩れてしまう。
もう既にアリシアにとって彼との関係は掛け替えのないものものになっていた。
「お姉ちゃんと一緒にいられるの楽しみだよ!オルテリアで何をしようか?また一緒に剣の鍛錬とか、毎日一緒にご飯食べたり!」
「お姉ちゃんも同じ気持ちだよ。レオと剣術の稽古するのも楽しみだね」
レオの心には姉と再び暮らす事が出来る希望が満ちていた。彼女はそんなレオを撫でながら2人で歩んでいく。
街の門に近づくと、入り口の両脇に門番の姿が見えふ。槍を構えた兵士たちがが厳しく立っていた。アリシアの胸に緊張が再び高まる。
(王女の身分を隠して入国するのは難しい……レオにだけバレないように……)
アリシアはレオの手を握りしめると、真剣な眼差しで彼を見つめる。
「レオ、目を閉じて耳栓を付けて、お姉ちゃんが門番達と話をつけるから、手を離さないでね」
レオは少し不安を感じたが、素直に姉の言葉に従う。
「うん、わかった!お姉ちゃん、絶対に側にいてね?」
「大丈夫、絶対に私は離れないよ」
アリシアはレオが目を閉じ、耳栓をした事を確認すると、彼の手を力強く握り、門に近づいた。門番と目が合い、声をかけられる前に王族の証を示す。
「私はアリシア・オルテリアだ。戦場から帰還した。上の者を呼べ」
「お、お待ちを下さい……」
門番は驚き、すぐに上官を呼びに行く。ほどなくして、行政官が駆けつけた。年配の男で、アリシアの顔を見るなり跪く。
「姫殿下、ご無事で何よりです。戦場で消息不明と聞き、皆心配しておりました。すぐに王都へ連絡を……」
興奮気味な行政官に対し、アリシアは周囲を気にして、厳しく命令する。
「仰々しくするな。お忍びの王族として扱え、祝いの言葉はありがたいが、大ごとにはするな」
行政官は慌てて頭を下げた。
「はっ!失礼いたしました。では、街で一番の宿を手配します。他に何かご入用の物はありますでしょうか?」
「私の隣にいる……連れの者なんだが、新しく私に仕える騎士でな、私を庇った銃創があるんだ。街で一番腕の良い治療術士を用意してくれ」
アリシアは少し言葉を選びながら命令をするが、特に役人達には怪しまれる様子は無く、ほっと息を吐いた。
「はっ!かしこまりました。直ちに手配いたします。誘導の者を付けしましょうか?」
「いや、要らん。地図だけ用意してくれ。あともう一つ、お忍びだから、私のことを『お嬢様』と呼べ、アリシアや姫殿下で呼ぶな。他の者にもそう言わせろ」
彼女はなるべくレオに自分の正体に気づかれぬよう、細心の注意を払う。
「承知いたしました。少々お待ち下さい」
役人達が足早に去っていくと、アリシアはレオ引き連れ、街に入った。少し離れたところで彼の耳栓を外す。
「レオ、もう目を開けて大丈夫だよ」
目を開くと初めて見る街並みが広がっていた。辺境にも関わらず立派な建築物も多くあり、多くの市場も開かれている。人口も数万を超えているだろう。
「おぉ〜ここがオルテリアなんだ!すごい街だね!お姉ちゃん!建物がみんな立派で、市場も賑わってる!」
アリシアはレオの様子に微笑んだが、心の中で警戒を強める。レオを弟として扱えない。変に目立つ訳にはいかない。
「そうだね。ここ蒼門街は蒼門街って街だよ。交易とかで栄えてるよ。あっ、レオ、暫くは……近くに人がいる時はなるべく大きな声でしゃべらないでね?わかった?」
「うん!わかった」
2人で話していると役人がアリシアに地図を渡した。
「アリ……お嬢様、治療所の準備が出来ました。こちらが地図でございます。また宿屋の場所も記してございます」
「感謝する。じゃあレオ、まずは治療だよ。怪我を治さないと」
「痛いのヤダな……」
「大丈夫だよ。腕が良い人を頼んだから」
二人は地図を見ながら治療所に向かった。教会の近くにある治療所に着くと、年老いた治療術士が待機していた。
「お嬢様、ご用件は?」
アリシアはレオを座らせ、説明をした。
「この子の傷の手当てを頼む、左肩の銃創と頭部の裂傷だ。最高の薬を使ってくれ」
レオが処置台に寝かされると、術士が診察を始めた。アリシアは心配そうに彼を見つめる。術士が傷口を触り魔法を展開すると、レオの顔が痛みで歪む。
「幸い、弾の破片は残っておりません。綺麗に貫通しています。ご命令通り、最上級の薬を使いますので、表面はすぐに塞がります。ただ体内の組織が癒着するまで10日ほどかかりますので、左肩を安静にするようにしてください」
処置を終えた術士がアリシアに説明をする。無事に治ることが分かり、アリシアはほっと息を吐いた。
「そうか……良かった……。感謝する」
術士に礼を言い、アリシアは彼の頭を優しく撫でる。
「レオ、よく耐えたね。もう少しで完治するよ」
「うん!お姉ちゃんのおかげだよ!もう痛くないよ!」
治療を終え、二人は夕食を食べに近くの料理屋に向かった。行政官の手配で個室が用意され、久しぶりの温かい料理が並ぶ。
次々に運ばれる焼きたてのパン、香ばしい肉料理、具がたっぷりのスープ、まるで記念日に食べるような料理にレオの目が輝く。
「お姉ちゃん!この肉料理美味しいね!柔らかくてジューシーだよ!スープも具がいっぱい!」
アリシアもフォークを動かしながら微笑む。彼の楽しんだ顔を見てると心が温まる。無事帰国して、彼の怪我も治療出来た。やっと心を落ち着かせる事が出来る。
「ふふ、沢山食べて。早く元気になって体力を戻さないとね。美味しい料理をいっぱい運ばせるから」
「お姉ちゃんと一緒に食べられるからすごく美味しい!昔みたいに、毎日一緒にご飯食べようね!」
レオから向けられる家族愛にアリシアの胸は詰まる。
「そうだね……毎日一緒に食べよう。レオの好きな料理、作ってもらうよ」
二人は食事を楽しみながら、他愛のない話をした。偽りの関係でもしっかりと絆はそこにあった。
夕食後、二人は役人が用意した宿に向かう。本来、アリシアとレオの部屋は別々に取られていたが、先に宿に入ったアリシアは店員に指示し、自分の豪華な部屋にレオを連れ込む事にした。
「レオ、宿が取れたよ。入ろうか」
「うん、お姉ちゃん!」
宿から出てきたアリシアはレオの手を引いて宿の扉をくぐった。オルテリアでの初めての夜が始まる。