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第1話 姉の面影

 霧雨がクロスフェル平原を濡らし、剣戟が戦場を震わせる。エンブレイズ王国軍とオルテリア王国軍は早朝から激突したにも関わらず、日が傾く夕刻になっても決着はつかなかった。50歩先も見通せない視界の中、そもそも味方が優勢なのか劣勢なのか知る者はいない。

 13歳の新米騎士、レオ・グリムソードは馬に跨がり、戦場を突き進む。敵のオルテリア王国軍の左翼を突き崩す為、他の若い騎士80騎ほどと共に突撃を命じられていた。血気盛んな周りの新米騎士達とは異なり、彼の心だけは冷えていた。


 ――――――


「お姉ちゃん……見ていてくれ……」


 レオは首から下げたペンダントを握りしめる。そこには3年前に戦死した姉アリアとの写真が入っていた。そうすると姉が側にいるように感じることが出来る。たった1人の家族、姉を失ってからは、レオは何事をするにも、この儀式をしている。そうでもしないとレオは前を向くことは出来なかった。


「きっと、お姉ちゃんは側にいてくれるはず……」


 騎士学校の首席だった姉の影を追い、レオも騎士になった。騎士だった姉は橋で撃たれ、川に飲まれたらしい。遺体すら戻って来なかった。同じ道を進んでいる事で、姉と繋がりを保てている気がする。


「よしっ!!行くぞ!」


 味方と陣形を組み、剣を握りしめ、敵の一団と激突する。視界が悪い中、魔法が炸裂し、すぐに敵味方が混じり合う。レオは姉との訓練通り、敵と切り結ぶ。相手の剣を弾けると姉が守ってくれているように感じた。姉の遺書の最後には「死んでも、いつかまたレオの元に帰って来るよ」と綴られていた。その言葉だけが今の彼にとって唯一の心支えだ。

 また1人、また1人と戦っていると、周囲に味方も敵も少なくなった。


「次は……あそこだ」


 味方と合流しようと剣戟の音がする方に向かう。鮮やかな紅のマントを翻す女騎士が味方を圧倒している様が見えた。味方の騎士は怪我をしている。対する女騎士の剣は速く、構えに隙がない。格が違うという雰囲気だ。

 負けそうな彼を庇いレオはその女騎士の剣を受ける。甲高い音と共に腕に衝撃が走った。


「大丈夫か!ここは俺に任せろ!」


 きっと姉なら負けそうな味方を助けるはずだ。例え敵がどんなに強力でも……


「レオか!すまない!助かった!」

「お前は早く下がれ!」


 味方騎士のタナーは右腕から血を流していた。もう戦えないだろう。


「レオ!そいつはあの姫騎士だ!気を付けろ!俺は助けを呼んでくる!」

「姫騎士だと……」


 レオも噂で名前は知っていた。オルテリアの姫騎士、アリシア・オルテリア。第三王女にも関わらず、武勇に秀で、自ら敵陣に斬り込み、味方を鼓舞し敵を全て薙ぎ払うと言われていた。


「貴様、若いな……子供じゃないか……」


 アリシアと目線が合い、言葉が兜越しに響く。その声に何故かレオは懐かしさを覚えた。まるで……


「エンブレイズ王国は子供を出すとは、そこまで落ちぶれたか……」

「うるさい!これでも俺は騎士だ!」 


 姉を彷彿させる声だった。聞きなれた。凛とした響き。だがその声に馬鹿にされた怒りが沸き上がり剣を振るう。


「ほう、若い割にはなかなかの剣だな」


 アリシアは難なく防ぐ。火花が散ると、すぐにレオの腹に重い一撃が衝撃が走りよろめいた。


「くっ!」


 剣術の力量差を感じ目前に死がよぎった。レオは死にたく無いなと一瞬思う。だがその自分の思考に何故?と疑問が浮かんだ。もう自分には家族もいないのに、ずっと1人ぼっちなのに……生きていたって……


「そうか……きっとお姉ちゃんは誉めてくれる……」


 1つの答えがレオの心に浮かんだ。死に様が立派なら、姉があの世で褒めてくれるだろう。味方を逃がし、時間稼ぎをするために姫騎士と呼ばれる高名な騎士と戦って死んだなら、姉も怒らずに迎え入れてくれるはずだ。そう思うと途端に緊張が解け体が軽くなる。別に負けてもいいやと感じた。


「行くよっ!」

「何ッ!」


 構えを変え、レオは再び、剣で斬りかかる。アリシアも一瞬戸惑うような声を出したが、すぐに立て直した。彼女の一撃は重いが、剣を重ねる毎に息遣いに乱れが見えた。レオは夕刻から前線に出たが、彼女は朝から戦い続けているのだろう。鎧は泥水に汚れ、細かい傷も多数見えている。


「貴様、剣さばきが変わったなっ!」


 アリシアは目の前の少年の変化に戸惑う。迷いがなく、自らが傷つくことを恐れず何かを諦めた様な少年の瞳はアリシアの構えを段々と乱し始めた。


「小癪なっ!」


 日も落ち、霧雨は豪雨に変わる。アリシアは自分でも体が重く感じ、剣が鈍くなったのがわかった。既に魔力は尽きている。

 レオは姉との訓練を思い出しながら、剣を振るう。姫騎士の剣の出し方は、姉の訓練を思い出させる。

 レオは絶え間なく連撃を浴びせ続け、彼女の足元が泥濘に滑った瞬間、レオは剣に一気に魔力を込めた。


「終わりだ!」


 剣を振り下ろし、アリシアの剣が間に合う前に、彼女の兜に直撃する。鈍い音と共に兜が凹む。彼女が仰向けに倒れ、レオは息を切らせながらその上に跨る。


「おのれっ……!」


 アリシアはまだ戦おうと、手を動かそうとするが朝からの戦闘で最早、剣も握れそうにない。頭部の衝撃で意識が薄れる中、最後に己を倒した少年の姿が瞳に焼き付く。


「若き騎士よ……手柄にしろ……」


 アリシアは目を閉じ、意識を失った。


「俺が、姫騎士を倒した……」


 レオは呟き、息を整える。敵将を倒した達成感が胸を満たした。だが、時間はない。トドメを刺すため、短剣を抜き、アリシアの兜に手をかける。兜を外すと、彼女の美しい金髪が地面に広がり、顔が露になる。その瞬間、心臓が止まった。


「お姉ちゃん……?」


 明らかに見覚えがある顔。アリシアの顔は4年前に死んだ姉アリアと瓜二つだった。蒼い瞳、柔らかな頬に、優しげな口角。大好きなお姉ちゃんの顔そのものだ。短剣が震え、豪雨と涙が混じる。


「えっ、どうして……アリアお姉ちゃん?」


 レオの心臓は激しく鼓動し、目の前が真っ白になる。アリアは戦死し、遺体すら見つかっていない。記憶が曖昧になり、夢と現実が混ざる。何が起こっているのか分からない。

 雨の音だけが聞こえた。レオは暫く呆然としていると、後方からかすかに馬の蹄の音が聞こえる。誰かが向かっていることが分かった。恐らく味方だろう。レオは震える手で彼女の手首に縄をかけ、馬に乗せる。


「ここじゃ、危ない……」


 既に戦場は暗く、両軍とも撤退を始めている頃だろう。アリシアを放置すれば他の味方がトドメを刺すかもしれない。


(軍法違反……)


 その言葉が脳裏に浮かんだ。だが体は動き、レオは彼女を連れて行く事にする。

 彼女は敵だ。オルテリアの王女だ。だが姉と同じ顔。レオには彼女が殺せない。絶対に無理だ。


「守らなきゃ……」


 彼女を馬の背に固定する。レオは初めて軍法に背く。敵の重要人物を無断で連れ去れば処刑されるかもしれない。それでもレオは敵も味方も避けながら馬を走らせる。誰にも会わないよう、戦場を抜け出し町に向かった。雷鳴も聞こえ、豪雨が彼らを守るように包み込む。


 何とか町の宿にたどり着いた。レオはアリシアをベッドに寝かせ、その傍らで彼女の意識が戻るのを待つ。


「もしかしたら……」


 姉が生きていたのかもしれない。そんな馬鹿げた願望を心では何度も否定するも、姉と瓜二つの顔を見るとその希望を捨てきれなかった。

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