怨念「年々暑くてしんどいですよ」
ミ……………
ミ……………
蝉の鳴く声はない。
しかしながら、
「「「あ、あ、暑い…………」」」
日本という国は、湿度もあって、その暑さは異世界とはまったく異なる。……否、日本がおかしいのである。昆虫達が動けないほどの猛暑。それらは作物なども多いに苦しめる。生命を奪うこの酷暑は毎年同じなのだ。
ブロロロロロロ
だからこそ、こんな怨念も出て来るのだ。
「知っているか?ここの駐車場には、熱中症で倒れた女の子によって生まれた、怨念が出るんだと」
◇ ◇
『あ、暑い……………』
地縛霊。
この地に留まっている幽霊とされている。
熱中症で死んでしまった女の幽霊は、駐車場の中央で座っていた。熱されたアスファルト、ジメジメとした空気、天から降り注ぐ太陽の高熱と光。
『あ、暑いぃぃっ…………』
彼女の呻き声は……人間の中にいる、霊感のある持ち主によっては……
「な、なぁ。今、女の子の呻き声がしなかったか?」
「はぁ?気のせいだろ?」
「暑さで頭おかしくなってるんじゃないか?」
彼女の声を聞きとれる。
しかし、駐車場に座る彼女の姿は見えないのだ。
『暑いぃぃぃっっ……』
な、なによ。そのハンディファン?とか言う冷却グッズ。首にかけている冷たそうなグッズもなに!?車の排気ガスの熱気もヤバイし、喉もカラカラを通り越している。幽霊だからか無限に出て来る汗が余計に暑さを助長させている。
最近の、……ここ近年の暑さは……
『ヤバイ……ヤバイ……』
幽霊なのに、死んじゃう……ここから消えちゃうよ……
どうして私はこんなところで幽霊をやってるの?幽霊ってもっと、暗くてジメジメ、ひんやりしたところに生息すると思うのに、……どうして私はここで地縛霊になっているの?
『いいなぁー、いいなぁー……』
冷たい空間に入りたい。……また、冷たい空間に入りたい……。
ブロロロロロロ
その幽霊は駐車場の地縛霊。誰にも気づかれない、誰にも触れられない。しかし、暑さという苦しさだけがよく分かっている。なぜなんだろうか?
ピーーーッピーーーッ
赤い車はバックをしながら、駐車場に入っていく。どれも変わらない車と同じように思っていた幽霊は動かない。それよりも暑くなっていく空を見上げていて
ドガアアアァァッッ
幽霊となって、初めての接触と、
「!??……っ……!!?」
「大丈夫ですか!?そ、そんなところに人がいると思ってなくて!!」
人に完全に、発見されたということだ。
「お怪我はないですか!?救急車を呼びますから!!ジッとしていてください!!」
「!?……えっ……あれ……」
「動かないでください!!血は出てなくても、骨が折れているかもしれません!!」
見えている。……完全に自分のことを、その人は見ていた。
◇ ◇
ピーポーピーポー
「地縛霊?」
「はい。わ、私は……その駐車場の地縛霊です」
赤い車の運転手は救急車を呼んだが、女性はそれを強く拒んだ。だって、地縛霊だ。
「そこに留まることしかできないんです」
「まぁ、都合が悪いのは分かったけれど。そういえば、駐車場に暑い暑いと呻き声をあげる幽霊がいるとかなんとか聞いた事があったなー」
救急車が駆け付けた時、……そこには幽霊も運転手もいなかった。
急いで駆け付けてくれたのに、ご迷惑なことをしてしまった。
「とにかく、ここにいればいいんだね?この駐車場に」
「は、はい。まだ、理由が分からないけど、成仏できないですし」
ここが駐車場だからこそ、車が普通に停まっていることに違和感はない。救急隊員達は辺りを見渡しつつも、ただの悪戯と判断してか、すぐに立ち去って行った。
それを見てから運転手さんは
「それじゃあ、行こうか」
「え?」
「え?……って、いや。君が意識を取り戻すために、自分を知ろうって事だよ」
「いや、私。地縛霊なんで、駐車場から出られないんですけど……」
「”車内”にいればきっと平気さ。ほら、ちょっとはここ、涼しくないか?」
そういって、運転手はこの車のクーラーをつけてあげる。地縛霊の彼女にとっては、久々の
「ひ、ひんやり~…………」
笑顔になるくらいの、冷たくて気持ちいい風だった。
それ故、運転手は
「幽霊が温度を気にするなんて、きっとおかしいよ」
「えっ?」
「幽霊だったら、暑さも寒さも感じないはず。だから、君は」
幽霊じゃないと思うんだよ。
君の声を特定の人達が感じ取れるのは、まだ人間に近いからじゃないからかな?
「…………あなたは」
一体……?
ブロロロロロロ
駐車場から初めて外を出た。その光景は……その人への疑問を失い、眩くて、暑さとは違う。これが、熱さというのを見た。駐車場からしか見た事がない景色には、沢山の未来があった。
「こ、こんなに沢山の……人達がいるんですね」
「そうだね。社会には沢山の人がいるんだよ」
「……この中に、どれだけの人が私の声に、気付いてくれたんでしょうか?」
沢山の人達は歩き、話し、未来ある世界に生きている。
「あれは……スマホというモノですね。みんなが視てますね」
「そうだね」
もう何気ない生活必需品。全員が最新の世界の情報を得ている時代だ。笑い、喜び、泣き、怒り、……それらがあっての人間の生き方。羨ましいー、触れたいなーって、手を伸ばす
「その手は随分と、小さいね」
「小さい?」
あれ?……なんだろう……?手がそんなに小さいのかな……?
この車の窓に手を触れているところが、徐々に遠ざかっていくようになり、やがて、見上げていくようになる
「あ、わぁ…………」
「これはこれは……足も随分、……いえ、身体全体が小さかったのですね。あなたは」
ズルリと座席の下に転がり落ちる私。
そして、運転手は……こんな状態になっている自分を、見てくれない
……そして、さっきまで居なかったはずの、……助手席に女性の方がいる。
それは自分の本能という答えで、誰かが分かる。それは運転手さんも、助手席に座る人も
ギロリ
助手席と運転席から睨みつけるお母さんとお父さんがそこにいる。
【【私達は今からパチンコするんだから!ここで大人しくしていろ!!】】
そうか、私は…………
「ああああああああああああああああああああああああああああああ」
パチンコをしに行くお父さんとお母さんに、車内に置いてかれたんだ!!
エアコンがまったく効かないこの車内で……私は…………!!
「地縛霊がその場を離れちゃいけないよー。知らない人の車に乗ってもいけないよ……………美味しい話しには裏がある…………怨念はいつでも君を……殺してやるぅぅ!!」
ドタンッ
◇ ◇
「…………はっ!?」
ベッドの中で魘されていた。
凄い汗を搔いていた。そして、私の部屋は
「……れ、冷房が切れてる。故障しちゃったのかな?あとで不動産に連絡しよう。水と塩分摂らなきゃ」
冷房が切れた状態になっていた。
それにしても、なんて悪夢なんだ。一人暮らしで悪夢はキツイ。そして、
「現実だったんだ」
私は子供の頃、両親に置き去りにされ、病院に運ばれたのだ。
確か、……そうだ。最初に気付いてくれたのは
「赤い車の人…………郵便局の方だったわ」
車内で子供がグッタリしていると、通報してもらい、……救急車がやってきて、病院まで連れてってくれた。その間も両親はパチンコ三昧で。
……そうか。あの夢に出てきた駐車場は、……パチンコの跡地だったんだわ。
そっか、そーか。
「あの人の名前。なんて言ったのかしら?私が子供の時だから、どうしても聞けなかった」
◇ ◇
駐車場。元パチンコ店があった跡地。
そこには…………
『なぜまた邪魔をするんだーーー!!』
『あの女は!!あの両親の事件は!!』
『この店を潰すきっかけになったんだーー!!』
『このパチンコ店が生き甲斐だった者達の怨念!!元凶であるあの子に全てをぶつけて』
沢山の怨念があり……
『『『熱中症で殺してやるのだ!!睡眠時間に冷房が切れる呪いをかけてやる!!』』』
まだ小さかった彼女を恨んでいたのである。
しかし、それを阻んでくれたのは、清めの塩を届けにやってきた配達員さん。彼には怨念の声も、幽霊の声も、存在も、感じ取れていた。
「パチンコするならせめて働け、バカ者共!!酷暑だからって外でも仕事してるのだぞ!人間達は!」
そいつは清めの塩を駐車場にまく。すると、怨念達は叫び声をあげる。
『ぎゃあああああぁぁ』
「ぎゃははは、まるで夏場の汗が噴き出るみたいな呻き声だな。お前等、そんなんで同じ人間達がしているブルーカラーの仕事がこなせるのか!?麦茶や牛乳、お酒じゃ、熱中症対策にはならねぇからな!!ちゃんとした水分と塩分!そして、木陰や冷たい部屋で快適に過ごすことを忘れるなーーー!!」
『お、お、怨念だってなーーーー!!日中暑くて、苦しいんだよぉぉぉっ!!だけど、だけど……これだけは言わせてくれーー!!!』
「おう、なんだ!?熱中症より怖いのはなんだ!?」
怨念達は苦しみながら
『ぎゃ、ぎゃ、…………ギャンブル依存症は、も、も、もっと苦しい思いをするから!!適度な範囲で遊ぼうね!!ギャンブルで敗北し続けて来た怨念達からのお約束だよーーーー!!』
「ギャンブルに負けたら、外で死ぬまで働けばいいんだよ!!馬鹿野郎共!!」