ごっこ遊び、だった
薄暗い施設の部屋は、まるで誰かが錆びたブリキの箱をこじ開けたようだった。
その中で僕たちは生きていた。重ねられた金属片みたいな時間の中で、軋む音がするたびに、お互いを守るために役を演じた。姉は母親、僕は父親。
それが僕らのルールだった。
「お母さん、今日はどんなご飯?」
僕はひどくわざとらしい声でそう尋ねる。姉は楽しそうに微笑みながら、宙に手を忙しく動かした。
スプーンを握るふり、鍋をかき混ぜるふり、そして小さな皿に見立てた手のひらを差し出す。
「今日は特別なパスタよ。トマトとチーズたっぷり」
その顔は少し疲れているようにも見えたけど、僕にはそれを指摘する資格なんてなかった。
「じゃあ、パパ、ちゃんと食べてね」
姉は僕を見つめて、言葉にしない願いを託していた。それに応えるために、僕は父親の仮面をしっかりとつけた。
でも、夜になるとルールは変わる。僕らは役を脱ぎ捨て、ただの子供に戻る。
姉が隣で寝息を立てるのを聞きながら、僕は錆びついた心が少しずつ滑らかになるのを感じた。お互いを抱きしめることで、壊れかけた世界をつなぎ止めていた。
僕らは捨てられた子供。
だから二人とも不十分で未熟だった。
そう。
何も考えてなかった。
……施設の扉が開いた音と共に、僕らの錆びた世界は壊れ始めた。
「次は君の姉だ」
大人たちは当たり前のようにそう言った。
僕たちの約束なんて存在しなかったみたいに。
僕は何かを叫ぼうとしたけど、錆びついた歯車みたいに喉が鳴っただけだった。
連れて行かれる直前、ふと姉は振り返って僕を見た。その瞳の光は、涙でできた一瞬のものだった。
僕らは決して離れない。離れないはずだった。
姉がいなくなったその夜、僕は布団に潜り込みながら、ひとりで母親役をしてみた。そのふりはぎこちなく、手のひらで作った料理は冷たくて固かった。
時間が経つにつれ、僕は姉の声を思い出せなくなった。
彼女が微笑んでいた時の顔は、今でも錆びついた記憶の中で鮮明だ。まるでブリキの破片に映り込んだ陽射しみたいに、僕の胸の中で光り続けている。