第三章 公演
第三章 公演
1
月原紅音が放つ絶大で狂暴なプレッシャーで誰もが動けない中、『パンッッッッッ!!』という空気が破裂する音が広いホールの中で響き渡った。
それは、少年ジョンの頭に押し付けられたザックの銃によるもの――ではない。
ホールの端の方で立っていた、リリア=ウォーカーの銃によるものだった。
「ガ……」
リリアが持つ赤い拳銃によって、右手を撃ち抜かれたザックは叫び声を上げようとする。
しかし、それよりも早くリリアは、持ち前の上級アーベントの身体能力で空中に跳び、まるで弾丸のような速さでザックの顎を蹴り飛ばした。
「……っ!」
「わっぷ」
ザックが声にならない悲鳴を上げ、床を転がるのと同時に、ジョン少年の頭に大きな布が被せられる。
それは、リリア=ウォーカーのコートだった。
「???」
暗闇の中、何が起きているのかわかってないジョンの頭を、リリアは布越しで撫でる。
そして、
「葉月ちゃん!」
大きな声でかつての部下の名前を呼ぶと、茶髪の少女はこちらに走ってきた。
その少女に向かってリリアは、
「この子を、お願い」
「わかりました!」
葉月は勢いよく頷くき、コートに包まれたジョン少年の手を掴む。
「あなた、お名前は?」
「ぼくの名前?ぼくはジョン!で、なんでぼくは目隠しされたの」
「んーとね……それは私が恥ずかしがり屋だからかな。でも、私、ジョン君と遊びたいんだけど、何して遊びたいとかある?」
「えーっとね、サッカーがしたい!」
「サッカーは私も好き。……じゃ、サッカーしに外に行こっか」
「うん!」
葉月はジョンの手を引き、会場の外に出る。
リリアはそれをジッと見届けたあと、視線を床に下ろす。
その先には、右手が弾き飛び、顎が砕かれた男――ザック=コルダーが転がっていた。
「――さて」
リリアは一言そう呟きながら、ザックの上に腰掛け、腕を押さえ付けながら確実に動けないようにする。
そして、ザックの首に手を当てながら、
「尋問を始めるわ。あなたは……その顎じゃ話せないだろうし、話を聞いてくれるだけでいいわ」
「ちょっと、待ってくれ!」
大きな声が上がる。
それは、ジョンの祖父であるのと同時にディーポンド財閥の会長の、オリバー=バートンのものだった。
「一体君は何をしているっ?何故、彼を撃った!?」
オリバーも月原紅音の怒気に気を取られていたのだろう、ザックがジョンの頭に銃口を向けていたところを見ていなかったようだ。
だから、リリアは、
「ザック=コルダーがあなたのお孫さんを射殺しようとしたため、確保しました」
「……?ザックがジョンを……?……そんなわけないだろっ!君は一体何を――」
「これが、会場に設置してた監視カメラの映像です」
近付いてきたオリバーに、携帯端末の画面を見せた。
そして、そこには数十秒前の、オリバーの凶行が映っていた。
「これは、一体……?」
「ザック=コルダーの犯行映像です。……尋問に戻ってもよろしいですか?」
「……」
オリバーは石のように固まって動かない。
『それも当然だろう』とリリアは思いながら、視線を下――つまりは大男ザックに移して、
「あなたが何故、ジョン少年を殺そうとしたのか。その推理を適当に聞いてちょうだい」
「……」
ザックは、答えない。
例え顎が無事だとして、一言も言葉は発さなかっただろう。
「あなたは警備主任で、何度もジョンを警備し、その数だけジョンを殺せる機会があった。なら、殺すことそのものが目的じゃない」
「……」
「そして何より、殺すだけなら、強力なアーベントが多く集まってるこのパーティの最中に殺すのはあまりにも不自然。仮に殺しが成功したとしても、あなたが捕縛されるのは明白だし、リスクが大き過ぎる。それなのに殺人計画を決行したのは、『強力なアーベントに囲まれている状況』はリスクではなく、それこそが目的だったとしか考えられない」
「……」
「ここで質問するけど、あなた、どこかのテロ組織か、過激派に所属してる?」
「……」
「『黒き眠りの森』?エントランス・カルテル?ドッジオーネファミリー?ヒュマノ教団?」
「……」
「ヒュマノ教団、みたいね」
脈からザックの心の内を読んだのか、リリアはそう断言する。
「ヒュマノ教団といえば、裏では自然や動物より人を大切にしようって教義だけど、確か過激派は『アーベントを社会から排斥しよう』って思想を持っているのよね」
「……」
「そのことを考えると、あなたの目的は明白。あなたの目的は、『ARSSの信頼を失墜させること』。違う?」
「……」
「ARSSの中でもトップ戦力が集まってて、新しい極級の誕生で世界中から注目されている中で、無惨にも子供が殺されてしまっては、誰もが疑問に思うものね。『世界警備機関と名乗りながらこのザマか』ってね」
「……」
「そして、それが支援団体連合『BLUE』の重鎮の子供なら、支援団体の人達は危機感を覚える。『もし、支援してることで、自分の家族が狙われたら?』と」
「……」
「そうすれば、ARSSへの援助は多数打ち切られ、ARSSは大打撃を受けることになる。……勿論、国からの援助は打ち切られないだろうし、いくつかの企業は援助し続けてくれるだろうけど、ほぼ確実に致命的と呼べるほどの金銭的なダメージを受け、そしてそのまま社会から放逐される可能性は高い」
「……」
「だから、あなた達は今日ジョンの殺害を決行した。ま、それも失敗に終わったけどね」
「……」
その言葉に、ザックは心の中で安堵する。
なぜなら、自分達の作戦は、まだ失敗と言えないからだ。
(……所詮、上級といっても、最下位か)
そう、心の中でほくそ笑む。
しかし、
「安堵してるところ悪いけど」
リリアがその男の心の動きを、見逃すわけがなかった。
「会場に居るあなたのお仲間……保険のための複数人のスナイパー、もう全員やられてるわよ?」
「!?」
ザックが動揺で、体を大きく震わせる。
(なぜ、だ。コイツは俺を捕まえてから、一切どことも連絡取っていない。それなのにどうやって指示を出して、どうやってやられたことを知っているんだ!?)
「私の部下は優秀でね。これぐらい、指示を出すまでもなかった。それだけの話よ」
そう言いながら、リリアは遠くを見る。
正確には、大ホール二階の観覧席を。
2
「……褒められるのは素直に嬉しいけど、買い被り過ぎだと思うなぁ……」
そんなことを、黒いコートで身を包ませた青年は呟く。
ジャック=ムーニー。
今回のパーティの警備の一人で。
彼の足元には、五人にも上るスナイパー及び彼らの得物の残骸が転がっていた。
「何故……我々の行動を……」
「『なんか危なそうだな』って勘だよ。それで、適当に危なそうなところを見て回ったら、お前らを見つけた。残念ながら、それ以上の理由は無い」
「そんなふざけたこと、あってたまるか……!」
自分達は、念入りに準備していた。
何度も何度も検討して、人が近寄らない死角を探り当てて、そうして狙撃準備に入っていたのだ。
それなのに、この男は、勘だけで自分達を見つけただと?
そんな巫山戯たことが、あってたまるか。
「本当、なんだけどな」
――五十年。
ジャックがスポットの中で過ごした期間だ。
そんな長い年月、彼は周りに敵しか居ない環境の中を生き延びたのだ。
『生きて、愛する人に会いたい』
その想いだけを頼りに、彼は五十年も死線の中で生き続けた。
そんな彼の危険察知能力及び生存能力は、最早ARSSの中でも……下手したら極級を含めてもトップクラスと言えるだろう。
もし、それらが僅かでも欠けていたら、スポットの中で生き続けられたわけないのだから。
「……あとさ」
五十年もの間、地獄で生き延び続けた青年が、視線を足元に移す。
その視線は、
「お前ら、少し黙れ」
あまりにも、底冷えしたものだった。
「……っ!」
スナイパー達の口の中が一気に乾き、頬が引き攣る。
ジャックはそんな彼らをつまらなそうな目で見つめて、
「……紅音の晴れ舞台を壊そうと計画したってだけでもイラつくってのに、その中身が子供の殺害なんていうクソ野郎なお前達を生かしてるのは、この後ウォーカーに引き渡して、情報の精査をしてもらうためだ」
そんなことを、淡々と語る。
その様子は、『お前らの命なんてどうでもいい』と思ってることを、わかりやすく伝えるものだった。
「それに、お前らがどんなクズでも法の上では人間だしな。俺も社会で生きてく以上、なるべく法を守るが……、余計なことは何もするなよ。その方が、お互いのためだ」
淡々な言葉に見え隠れする青年の怒り。
それを受けて、スナイパー達は、一人も残さず震え上がる。
(こいつは、なんだ?)
目の前の彼は、ぱっと見普通の青年だ。
だが、青年が放つプレッシャーは、尋常ではない。
……正直に言って。
『ヒュマノ教団』の彼らは、アーベント達のことを『化け物』と呼びつつも、『化け物のような人間』と考えていた。
しかし、眼前の青年を見て、スナイパー達は五人とも、彼を『化け物のような人間』ではなく、『化け物そのものだ』とそう思った。
喉元に、ナイフを――いや爪牙を当てられてるかのようなこの感覚。
『こんなものを味わうぐらいなら、重鎮の孫を殺してARSSを社会から放逐する計画なんて、参加しなければ良かった』
そう、心から思った。
3
(スナイパー達が、全員潰された)
ディーポンド財閥の警備主任にして、ヒュマノ教団の切込隊長のザック=コルダーは内心焦る。
なぜなら、これで最終手段を取らなきゃいけな――
「でも、まだ一個だけ保険があるわね」
「……ッ!?」
顎が砕けたザックは、声にならない悲鳴を上げる。
どうして、それがわかっ――
「爆弾?毒ガス?ミサイル?……ミサイルね」
「!?!?!?」
ザックは驚いているが、リリアはザックの脈に触れている。
リリアの『完璧なる解答』の精度は、この世のどんな嘘発見装置よりも確実に真実を見極める。
「ミサイルの配置場所はこの島……じゃないわね。かといって、遠くもない。遠かったらそれだけ撃ち落とされる可能性が高くなるものね」
リリアは携帯端末をズボンのポケットに取り出しながら、
「ミサイルの発射台なんて持ち込むのは非常に目立つことを考えると、ハワイ島みたいな人の出入りが激しい主要の島ではなく、ここへバング島のような小島に持ち込んでいるはず。……ここかしら?」
リリアは手に持つ携帯端末を、抑え込まれているザックの目に前にかざす。
ザックは慌てて身を瞑るがもう遅い。
何故なら、
(どうして、わかった?)
そのように、心の中で思ってしまったのだから。
(いくら何でも、おかしいだろ!)
どうして、こうなった。
自分達の作戦が、全て暴かれる。
(この作戦をする機会自体は、今まで何度かあった。それなのに今回のパーティをその場に選んだのは、新しい極級の昇任式があるのと同時に、ARSS側の警備責任者が上級の中で最下位だったからだ)
なのに、何だこれは。
何故、自分達の作戦が、完膚なきまで潰されそうになっている!?
「……」
金髪の美女は、腰の下に居るザックをジッと見つめている。
その瞳は、刃物のように鋭く冷たいものだった。
4
「彼女、姫様を差し置いて目立ち過ぎてますね。殺しますか?」
パーティ会場の端の方にて。
青い髪の長身の女が、隣に立つ『姫』に対してそう囁いた。
彼女の名前は、コシネル=ヴァレーズ。
欧州本部の中級にして、『姫』に忠実な七人の……いや六人の騎士――通称『美徳の七枝』の一人だ。
そんな彼女の物騒な呟きに、肝心の『姫』――ブランシュはニッコリと笑いかけながら、
「コシネルちゃんがボクを立たせようとしてくれるのはすごく嬉しいんだけど、今はリリアちゃん劇場が面白いし、手は出さないで欲しいかな〜」
「……ッ、出過ぎた真似をしてすみませんっ!」
コシネルの顔は真っ青になりかけるが、ブランシュの笑みを見ていたら興奮が勝ったのか、一瞬にして紅色に変化する。
ブランシュはそんなコシネルを流し目で見ながら、
「でも、こう言っちゃなんだけど、そもそもコシネルちゃんじゃリリアちゃんには勝てないよ。ボクの騎士である君には申し訳ないんだけどね」
「……は?」
コシネルは口を大きく開け首を傾げる。
「私が、あの女に勝てない?上級序列二位の中国本部長ならともかく、最下位に私が勝てない??」
……ARSSの階級の一つである『上級』の席は、本部長の席と同義だ。
それはつまり、とある本部の中級が他本部の上級より実力が上なことも、可能性としては十分にあり得るのだ。
そして、コシネルは、ARSSでも最大規模の本部『欧州本部』に所属する中級の中でトップ6に入る実力者であり、その自分が最下位の上級に負けるとは思っていなかった。
しかし、
「うん、そうだよ。ってかさ、コシネルちゃんって、上級の順位がどうやって決まってるか知ってる?」
「……ARSSへの貢献度で決まります。それはつまり、実力順になると私は認識していました」
「うーん、おしい!貢献度のところは正解なんだけど、貢献度の主な指針はコシネルちゃん知らなかったみたいだね」
ブランシュはニコニコと笑う。
そして、人差し指を立てながら、
「貢献度の一番の基準。それは、スポット攻略……つまりスポットの鵺をどれだけ殺したかだよ」
「……?U.S.A.のスポットが最近消滅したばかりと聞きましたが、それにリリア=ウォーカーは関係ないのですか?」
「U.S.A.のスポット解消はほとんど月原紅音の功績で、リリアちゃんは一切関係無いよ。そして、肝心のそのリリアちゃんは、スポット攻略にはたった一度しか行ってないんだよね。他の上級は二桁以上は行ってるってのにさ」
「……それは、怠慢では?スポット解消こそ、ARSSの最大の役目のはずです」
「それは間違ってないってボクも思うよ。でも、リリアちゃんは『U.S.A.を守ること』に全力を注いでいて、実際彼女がU.S.A.本部長になってから、U.S.A.では年間鵺死亡被害者ゼロを何度も達成している」
「!!」
コシネルは目を見開く。
何故なら、鵺の出現と行動はランダム性が高く、どんな本部だろうと――少なくとも欧州本部は年間四桁の鵺死亡者は出している。
だが、これも本部としてはかなり優秀な方で、欧州のほとんどの国が欧州本部の管轄ということを考えると、至極真っ当な数字だろう。
だから、U.S.A.という大国を管轄に置くU.S.A.本部が、鵺死亡者をゼロに何度も抑えたことあるのは、コシネルとしては信じられないことだった。
「リリアちゃんには『完璧なる解答』があるからね。U.S.A.本部のアーベントは、リリアちゃんが出す『最適解』に従うから、鵺による死亡者をゼロに防ぐための完璧な行動が取れるってわけ」
「そんな能力が本当に……」
「リリアちゃんは、順位こそ最下位とはいえ、侮っていい相手じゃない。……実際、それで元美德の七枝は痛い目に合ってるしね」
「……」
ブランシュの言葉を受け、コシネルは無言になり、顔を蒼白させる。
なぜなら、リリア=ウォーカーの有能さを認めることは、自分の愚かな浅慮を認めるのと同時に『自分より、リリア=ウォーカーの方がブランシュの隣に相応しい』と認めることになるからだ。
「ま、そんな感じで、世の中には凄い能力が色々あるんだよ。勿論、一番凄いのはボクのだけどね☆」
顔を真っ青にしてるコシネルと対照的に、ブランシュは楽しそうに明るく笑う。
直後、彼女は、
「――意地悪なこと、言ってごめんね?」
優しく微笑みながら、そう謝罪した。
そして、
「でも、コシネルちゃんには、正しい事実をちゃんと認識して欲しかったんだ。……そうしなきゃ、どうやって強くなればいいかもわからなくなるからね」
ブランシュはまるで動物を愛でるかのように、コシネルの頬をくすぐる様に撫でる。
「リリアちゃんのは完成された強さだけど、キミのはまだ不完全な強さだ。でも、それって、リリアちゃんと違ってキミにはまだ伸び代と可能性が無限にあるってことなんだよ?」
「……え?」
「世界を正しく認識することで、君はもっともっと強くなる。もっともっと強くなった君は、もっともっとボクの騎士らしくなれる」
「……あ」
コシネルの頬から耳にかけて真っ赤になる。
「……姫様は、浅慮な私に失望したりしてないのですか……?」
「そんなことあるわけないじゃん。むしろ、間違いを認めて認識を正せるコシネルちゃんのこと、もっと好きになっちゃったよ」
「……!!」
「これからも頑張って、コシネルちゃん。ボクはキミにすごく期待してるんだから」
「……ハイッ、姫様!姫様ぁ!」
コシネルは涙目になりながら、ビシッと敬礼をする。
それに対してブランシュはニッコリと微笑みながら、視線をリリアの方に戻す。
「……それにしても、リリアちゃん、怒ってるなー」
――彼女は、いつもそうだ。
初めて会った時から、彼女は人の命を奪うものに怒りを向けていた。
だから彼女は、黙認されているとはいえ、積極的に警察に協力しているのだろう。
「リリアちゃんはいつも、人のために怒って、人のために戦ってる」
だから、ブランシュはリリアのことが好きだった。
時々邪魔もしてくるが、それも含めて愛おしい。
隣に立つ、己の騎士と同じように。
なぜなら、
「でも、それは結局、世界のためってことなんだけどね♪」
この世界は、自分を中心にして動いているのだから。
そう、本心から思って。
彼女はいつも通り、太陽のように微笑んだ。
4
「……」
リリアはチラリと、遠くで微笑む白い少女を見るが、すぐに視線を携帯端末に戻す。
そして、
「このミサイルが配置された『ジーク島』のどこに発射台があるのかだけど……、私たちが居るこのへバング島に一番近い南南西の海岸かしら?」
「……!……!!」
ザックは何か呻いているが、腕の一本も動かせない。
リリアは冷ややかな目でザックを一瞥した直後、
「……座標は送りました。あとは、頼みましたよ」
リリアは丁寧な言葉でボソリと呟く。
しかし、その相手はもう、この会場には居なかった。
5
「……」
一人の女が、砂浜に立っている。
別に、何かをしていたわけではない。
ただ、待っていたのだ。
自分の上司だった彼女から送られる、とある連絡を。
『ピロリン』
軽快で短い着信音が、女の手に持つ携帯端末から鳴る。
女は素早く携帯端末を操作し、元上司から送られてきたメッセージに目を通す。
(……杞憂なのが、一番良かったんだがな)
会場内のことなら、夫や元上司達で問題無く対応できる。
しかし、もし『敵』が島の外にも居るのなら、機動力も必要になるだろうと思い、念のため外で待機していたのだった。
「……」
敵の居場所を把握した女は、携帯端末をドレスのポケットにしまう。
そして、
「狂気解放――『血躯操作』」
己が能力を解き放つための祝詞を囁いた。
直後、彼女の――月原紅音の背中から、数メートルにも及ぶ真紅の翼が現れる。
その次の瞬間にはもう、砂浜に巨大なクレーターを作りながら、彼女の姿は夜空に舞い上がっていた。
だから、
「……あっちか」
月光が照らす空の中、白い女はある一点を見つめながら、短くそう呟く。
直後、彼女は音を遥かに超えた速度で、『敵』の居所に向かって突き進んだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
コシネル=ヴァレーズ