1話…絶望的な誕生。
「おぎゃー!おぎゃー!」
…誰かが、泣いている。一体、誰だろうか。
『奥様、旦那様。無事産まれましたよ。』
『おお!どうだ、女子だったか?』
『あ、いえ…産まれたのは男児でした…』
『『………』』
「おぎゃー!おぎゃー!」
何とも元気に泣くものだ。私も…それくらい泣けていたら、何か変われただろうか。
『あ、えっと、ですが、女児にも劣らぬ可愛さですよ!』
『ふん…そんなお世辞はいい。
女でないと、意味がないのだ。男児など…この家に不要。』
「おぎゃー!おぎゃー!」
『煩い!泣き喚くな、鬱陶しい。』
『ですがあなた…流石に捨てるとなると、我が家の名誉にも係わります。』
『チッ…仕方ないな…。
ある程度の年齢までは、面倒を見よう。
だが…ある程度育てば、1人で生きるようにさせるのだ。』
『そうですね…』
…なんて、自分勝手な人達なのだろう。
そんなに女子の方が欲しかったか。
男子の私の、何が悪い。
…嗚呼、そうか。
≪泣いていた≫のは、≪俺自身≫だったか…。
ただ、その涙は
産まれた喜びではなく
『この世に生まれ落ちてしまった』という、【絶望】から来る涙だった。
俺は、産まれた瞬間から
この世界に、絶望していたんだな…。
だけど、そんな俺にも、唯一の希望があった。
それが……
桜姫「………」
『桜姫様、どうなさいました?』
桜姫「えっと…お母様の、様子を見に来たの。」
『そうでしたか。
お母様でしたら、無事に出産なされましたよ。体調も、安定されています。』
桜姫「よかった…!
それで、産まれたのは女の子?男の子?」
『…えっと…』
…どうせ、この女も、男として産まれた私を、蔑むのだろうな…。
この家の人間は、きっと皆そうなのだろう。
『産まれたのは男子よ、桜姫。』
桜姫「!本当?」
『ええ…残念なことにね。』
何も、残念なことはない。
諦めてしまえば、これ以上傷つくこともない。
そうだ。諦めてしまえば……。
桜姫「わぁい!私に可愛い弟が出来た!」
パンドラ「…!」
……なん、で……
桜姫「ねぇ、私にも抱っこさせて!」
『ちょ、桜姫…!』
彼女は、乳母や医者、両親の制しも聞かず
この私を…≪俺≫を、優しく抱き上げた。
その時の目は…今でも忘れられない。
優しく、慈しみに満ち溢れ、愛しそうに俺を見つめる姉。
…こんなに、優しい目をした人間を見るのは、初めてかもしれない。
この瞬間。
俺は、彼女に恋をした。
例え家族であろうとも、姉弟であろうと、俺は彼女に恋心を抱いたのだ。
そして、何に変えてでも
彼女を守り通そうと、誓った。
例えそれが、茨の道であろうとも。
無様であろうと。醜かろうと。惨めだろうと。
泥水を啜ろうと。腐肉を喰らおうと。
絶対に……守り抜いて、見せる。
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あれから。
私と姉さんは、仲良く暮らしていた。
だが、親からはわかりやすいくらいの差別を受けていた。
姉さんには温かい食事に寝床、綺麗な着物を用意されていたが
私には冷たい食事、厩と変わらぬ汚らしい寝床、見すぼらしい着物しか与えられなかった。
それを見かねた姉さんは、いつも私に食事を分け与えてくれたり、姉さんのお下がりを与えてくれていたが
両親に見つかれば、全て取り上げられていた。
矢張りクソだ。
こんな中で、私は姉さんを守れるのだろうか。
そんな疑問ばかりが浮かんだ。
いや、そもそも姉さんは、この家にいる限り安全なのだ。
守るも何も…危険がないのなら、私が出る幕はない。
それに…俺には、名前すらなかった。
両親が、何れ出て行かせる者に名など、必要ないだろうということで、与えられなかったのだ。
奴隷と何も変わらない。
勿論、姉さんはsれにも見かねていた。
だからこっそりと、姉さんが呼ぶ為だけの名をつけてくれた。
姉さんは桜姫という渾名で呼ばれていた。姉さんらしい可愛らしい渾名だなと、私は思っていた。
すると姉さんは、その渾名からとり、いつか俺がこの家から放たれ、自由になれた時に立派になってほしいということから、貴族の貴と合わせ、桜貴と名付けてくれた。
私は名にこだわりなど持っていないし、何より愛しい姉さんがつけてくれる名なら、何でも嬉しかったが
姉さんの渾名と同じ桜が入っていることにより、より嬉しさを感じた。
でも姉さんは、この名前は2人の時だけに使うんだよと言った。
名前は流石に取り上げることは不可能だが、もし両親に知られたら……
ある程度成長する前に、私は捨てられてしまうかもしれない。
その危険性から、そう注意したのだ。
だが、注意も何も、その名で呼んでくれるのは姉さんだけだ。
それに私は、姉さん以外にこの名前を呼ばせるつもりもない。
この名前は……姉さんと俺だけが、知っていればいいんだ。
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それから、月日は流れ。
俺は何とか10歳になり、姉さんも12歳になった。
流石に10歳まで生きられるとは思っておらず、それには私自身も驚いた。
あの親のことだ。ある程度成長させるとは言っていたが、いつ捨てるかも、殺してくるかもわからなかったからな……。
怯えていたわけではないが、毎日生きた心地のしない日々を送っていた。
まあ、そんな中でも姉さんといる時だけは、自分が生きていると感じられた。
生きる喜びを、感じることが出来た。
確かに俺は、産まれ落ちたことに後悔したし、絶望した。
だけど、こんなに美しく、優しい人の弟として生きられるのならば、それはこの上ない喜びだと思った。
姉さんは12歳であるのに……本当に、美しく成長した。
外を出歩けば、何人の男が振り向いたかわからない程。
その度俺は、そいつらをどう始末してやろうか、などと想像したりしたものだ。
俺は何れ、この家から追い出される。だから姉さんが大人になるのも、それから祝言を挙げるところも見ることが叶わないだろうが
それでもきっと……姉さんは素敵な女性へと成長するのだろうな、と
簡単に想像出来た。
だけど……この家の人間というのは、どこまでも自分勝手で、残酷だった。
聞いてしまった。
彼らのあの言葉。
忘れられる筈もない。
『あなた……本当に売るのですか?』
パンドラ「(売る…?私のこと、追い出すだけでは飽き足らず、売り捌くというのか……。
はは、流石にそれは想像していなかったな。
まあ、どうせ今と変わらないのだ。それなら……諦めるしかないな。)」
だがそれは、俺の勘違いだったようで。
『ああ。あの子も随分美しく育った。
ならば、普通の子より高値で売れるだろう。』
パンドラ「(あの子…?美しく、育った…?
それは、私のことではなさそうだ…。
では、一体……。
……!!まさか…!)」
俺は嫌な予感がした。
パンドラ「(お願いだ、何かの間違いであってくれ…!
そんな、そんな私から…俺から希望を……
これ以上俺から、希望を奪わないでくれ…!!)」
『桜姫なら、わかってくれるさ。
私達の思いを……汲んでくれる筈だ。
だから……あの娘を、華詠を女衒に、売り渡そう。』
パンドラ「っ!!」
俺の嫌な予感は、見事当たり、奴らは……俺の愛しい人を、姉さんを女衒に売ろうとしていた。
女衒に売る…ということは、姉さんを遊郭に入れようとしているのだろう。
そんなこと…させて堪るか…
姉さんに、そんな卑しいことをさせて堪るか…!
その為なら俺は…
姉さんを助ける為なら、俺は…!
でも、どうする。
このままだと、姉さんは売られてしまう。
このままこの家にいたら、姉さんは売られてしまう。
俺が身代わりになったとて、俺は男なのだから、姉さん程高値にはならない。
それに、俺はまともな食事を与えられていなかった。姉さんみたいに肉付きがまともじゃない。骨と皮というわけではないが……かなり痩せている方。
そんなのを買ったところで、何の役にも立たない。
どうする…どうするどうするどうする…!
パンドラ「…逃げなきゃ…
兎に角、逃げ出さなきゃ……姉さんが、売られてしまうっ…!」
俺は、急いで姉さんの元に向かった。