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【ローファンタジー】 『ありふれた怪異、街の名物』

こっちにきてよ

作者: 小雨川蛙

 

 その日、私は月明りに誘われるようにしてドライブをしていました。

 久々の連休で少しだけ浮かれていたのかもしれません。

 ローンを組んで買った車は電車通勤の便利さに負けてほとんど運転しておらず、かと言って休日に運転することもほとんどない。

 宝の持ち腐れとなっていたからこそ、時折こうして走らせることが人生における楽しみの一つになっていました。

 普段よりも遠くへ行く。

 ただそれだけが楽しかったんです。

 だからこそ、自然とその山へと向かった自分の行動が実に浅慮で恥ずかしく思いました。

 そこはSNSで有名な心霊スポットでした。

 別に幽霊が見たかったわけではありませんし、むしろ私は怖いものが苦手な方だと思います。

 それでも好奇心と言いますか冷やかしの気持ちは誰にでもあるもので、ほとんど新車と言っても良い愛車ならば不可解なものに出会おうともすぐに逃げられるなんて思っていました。

 言わば車内は絶対的安全な空間。

 私がしているのは映画館でホラー映画見るようなもの。

 そう信じていた故に助手席に女性が座っていたのに気づいた時に私は思わず悲鳴をあげていました。

「前を向いていてください」

 黒く長い髪の毛。

 しかし、怪談に出てくるような底冷えするような暗さではなく、むしろ平日の昼間に電車の中ですれ違う気にも留めないような女性たちと同じような明るさがありました。

「危ないですから」

 肌の色も映画に出てくるような白々しい青さを纏っておらず、触れれば温かな温度が感じられそうな色合いをしています。

「こちらを見ないでください」

 女性はどこか嬉しそうに言いました。

「余所見運転はいけませんよ。あと法定速度も守ってくださいね」

 私はどうにか返事をしながら道なり進みます。

 やがて分かれ道に辿り着きました。

 一つは今まで通り舗装されていて、もう一つは舗装されていない山道です。

「そっちに行ってくれますか?」

 彼女は当然のように舗装されていない道を指差しましたが、その声は強制するような威圧的なものはなく、かと言って懇願をするような憐憫さも感じさせませんでした。

 例えるならば友人が目的地に案内をしているような穏やかさです。

 それでも私は恐怖を覚えていましたし、かと言って無視する勇気もなく言われるまま草木生い茂る道を走り続けました。

 どれだけの時間走っていたでしょうか。

「止めてください」

 彼女がそう言ったので私は車を止めました。

「降りてください」

 私は従いました。

 そこは崖でした。

 きっと、突き落とされたなら確実に死に至る高さの。

「こっちにきて」

 彼女の声は初めて強くなりました。

 有無を言わせない雰囲気。

 けれど、もう逃げることは出来ないのだろうと思った私は半ば泣きたくなる気持ちで彼女に近づきました。

「ほら」

 彼女が初めて笑顔を見せました。

 穏やかで無垢な表情のまま腕を上げて、そして。

「空が綺麗でしょ?」

 子供のようにけらけらと笑いながら彼女は言いました。

 見上げた空は。

 本当に美しかったです。

 明るい光の上に黒いカーテンを敷いたような夜の闇が。

 その隙間から覗くようにして瞬く数えきれないほどの星が。

 普段見るよりもずっと大きく見えながらも決して変わらない月が。

「誰かに見せたかったの」

 そしてその一言を残して世界に溶け込んで消えていった彼女が。

 とても、とても美しかったです。


 以来、私は休日になる度にそこへ向かいました。

 彼女と二度と会うことは出来ませんでしたし、いくら調べてもよくある怪談話が出てくるだけで彼女が何者かも分かりませんでした。

『誰かに見せたかったの』

 決して消えない言葉を胸に抱いて見上げる空は。

 彼女が何よりも伝えたかったものとして十分過ぎるほどに相応しいと私は今でも思います。

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