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竜飼いとはぐれ飛竜(7)

【8】後日譚


ジェガンも昔は甘えん坊だった。

一緒に野原を駆け回って遊んだ後なんかは、すぐにくっついて来て、横で一緒に昼寝したものだ。

最初は胸の上に乗っかってきたが、幾ら小さくても飛竜、重たいと文句を言ったら、尻尾だけを控えめに乗せてくるようになった。

今も柔らかな布団に包まれた心地良い微睡みの中で、脚の上に重みを感じる。ここ何年もなかった懐かしい感触に、ウルリクは夢うつつに手を伸ばす。微睡みの中でも撫でられると分かるのか、尻尾の先がピクリピクリと嬉しそうに跳ねるのが好きだった。

が、その掌に返ってきたのは、硬くざらついた鱗の感触ではなく、柔かくさらさらとした毛の感触であった。


「………?」

ジェガン、というか飛竜ではない。浮かんだ疑問に引っ張られて意識がぷかり、ぷかりと浮上して、ウルリクは億劫ながらも瞼を半分ほど開く事に成功した。薄明かりの中、赤茶色の固まりが脚の上に乗っているのがぼんやりと見える。なんだこれは、と形に沿って手を動かすと、

「………うゅ…にぃ………」

それが吐息のような小さな声で鳴いた。


これはこれで触り心地が良いそれをわさわさと撫でているうちに、ぼんやりとしていた眼の焦点が合い、一歩一歩階段を登るように、段々と身の回りの情景が像を結んでいく。

カーテン越しの柔らかな光が射し込む室内。

窓が空いているのか、そっと入り込んだ風がカーテンを揺らして、その度に部屋の中で光が踊る。こじんまりとした、だが使えば意外と広く感じるそこは、目に馴染んだウルリクの部屋で間違いない。

自分の身は使い古した寝台の上にあり、よく干されてふかふかの布団に包まれている。

安心感を覚えるお日様の匂いに混じって、少しつんとした、薬っぽい匂いが鼻を擽った。

右手の先には赤茶色のさらさらとした髪の毛。こちらも目に馴染んだ、ナナミカの頭だ。

以前にナナミカが、自分の髪がごわごわとしていて可愛くない、と溢していたのを聞いた気がするが、全然そんな事はないように思う。あれから時間も経ったし、髪に何かしているのだろうか。それとも髪質が変わるとかあるんだろうか。

寝惚けた頭でそんな事を考えて、


———いや、ナナミカの頭?


ウルリクの意識が階段を一足飛びにして、一息に目覚めまで駆け抜けた。勢い余って天井まで飛び上がって、瞼が裏返りそうな勢いでばちり!と開く。


寝台の脇に置かれた椅子にはナナミカが腰掛けており、その状態で寝てしまったのだろう、上半身がこちらの寝台にもたれ掛かっている。

咄嗟に引っ込めていた右手に柔らかな感触が残っているようで、まじまじと見詰めてしまう。その拍子に、肩を中心として幾重にも巻かれた包帯にも気が付いた。


「そうだ、“はぐれ“に襲われて…」

逃げ出した辺りからの記憶は曖昧だが、追い付かれていよいよ駄目か、と言う所で誰かの助けが入ったような気がする。そうでなければここで呑気に寝ていられた訳もないだろう。

あらためて自分の状態を確認すれば、着古された寝間着の下、胸から右肩に掛けては白い包帯でグルグル巻きの状態だった。特に胸の中央辺りは、身体を動かす度に奥の方からズキズキとした痛みを伝えてくる。とは言え目立つ痛みはその程度で、飛竜の打撃を受けたにしては全くの軽傷だと言えるだろう。


———何よりも、ナナミカが無事で良かった。

ジェガンは大丈夫だろうか。自分も彼女もここにいると言う事は問題ないのだとは思うが。母さんにも心配掛けてるだろうな。


と、さすがに気配を察したのか、脚の上のナナミカか身動ぎした。徐ろに顔を上げて、こしこしと服の袖で口元を拭っている———実は先程から右膝の辺りが冷たい感触があったのだが、こいつ涎垂らしてたな———彼女は、半開きの目でウルリクを見詰めてくる。


「…おはよう」

「………ウル兄さん!?」

「うん」


まだ寝惚けて反応が薄い彼女に朝の挨拶をすると、たっぷり3秒の沈黙の後、ウルリクの名前を叫びながら跳ね起きた。それに返事をしてやると、飛び跳ねた反動のようにへなへなと脱力して、再び寝台に突っ伏してしまう。


はぁ、と大きく息をついて「良かった…」と呟くその声が少し震えていて、ウルリクは先程引っ込めた手を、少し迷って再びナナミカの頭に置く。置いた一瞬にビクリと動いたが、何も言われなかったのでそのままゆっくりと撫でてやる。

「心配掛けたな。ナナミカは大丈夫だったか?」

「…おかげさまで」

ナナミカの髪を何とはなしに眺めながら声を掛けると、少しだけ顔を起こして、ウルリクの顔色を伺うように尋ねてくる。

「兄さんは?“はぐれ“にやられた所、痛くない?」

「まあ動かすと痛いけど。前に木から落ちたナナを庇って骨折した時程じゃない」

「えっちょっ、何年前の話!?」


冗談めかして言えば、ナナミカは小動物のように頬を膨らませて睨んでくる。だが、一秒と保たずにぷっと吹き出し、二人でくすくすと笑い合った。

しばらくそうしていただろうか、ナナミカが目尻を拭いながら、頭に置かれたままだったウルリクの掌からするりと抜け出した。

「アスミナさん呼んで来るね」と言うなり部屋の入口に駆けていく。扉を抜けざまに少し振り返り、へへ、と笑った。

「………おはよ、ウル兄さん」


*


その後。

ウルリクはナナミカに呼ばれて飛んできた涙目の母親に、昨日の事の顛末を聞かされた。

会合で谷に異変があった事を聞きていた為、ウルリクがまだ帰って来ていない時点ですぐにザムンタに相談した事。

“はぐれ“はザムンタが仕留めた事、ジェガンも命に別状はなく、痛めた翼もすぐに治るだろうこと。

自分は肩の脱臼と肋骨にヒビが入っているので、しばらくは安静にしておく事。


それらの話を、ウルリクは母に横抱きされた状態で聞いた。彼も年頃の少年であるわけで、当然気恥ずかしさがあったが、伴侶に続いて息子を喪いかけた母の心情を思えば無碍にも出来ず、されるがままとなっていた。

ただ、普段なら母親がウルリクをべたべたと構っていると「兄さんもまだまだ甘えん坊ですね」等とからかってくるナナミカが、どこか複雑な表情を見せているのが気になっていた。


*


「………昨日の内に、うちのお父さんが“はぐれ“の検死に行ったんだけど。あの“はぐれ“、出産直後だったみたい」

一しきりウルリクを構って満足した母親が、ご飯の用意をしてくると言って部屋を出た後。再び2人になった室内に、ぽつりとナナミカが呟く。


「……それは………」

出産直後の飛竜の母親なら、確かに気が立っていて当然だ。あの激しい気性も頷ける。飛竜は卵生であるが、出産後は子竜が親離れする凡そ5年程の間、甲斐甲斐しくその世話をする。これは野生の生物にしてはかなり長いと言えるだろう。そのような飛竜が子供を連れず、さらには“はぐれ“として縄張りの外に出てくる理由とすれば。


「………子竜の気配なんてなかったよな?」

「うん…それにあの“はぐれ“、やたらと私達を狙ってなかった?…その、」昨日の事を思い出したのか、ナナミカは少し身震いしてから続けた。

「…まるで憎んでるみたいに」

「子供を人間に連れ去られたか、殺されたのか…」

飛竜を飼育、使役するのはウルリク達、蓄竜師達の専売特許ではあるが、飛竜を欲する者達は数多に存在する。珍しい愛玩動物として、あるいはその鱗や牙を欲する好事家。どうにかして飛竜を手に入れようとする他国の存在などが代表だ。

国としてもそうした飛竜の密猟は禁止しているが、野生の飛竜の全てを保護する事は到底不可能な話だ。特に警戒心の薄く、まだ大きな力を保たない子竜などは尚更だ。

「この話、ザムンタさんには?」

「うん、話したよ。しばらく谷の方を巡回してみるって言ってた」

「そっか………」


二人は見習いとは言え、竜飼いと竜医だ。

自分達の命には代えられなかったとは言え、結果的に一頭の飛竜が命を落とした事に複雑な思いを抱かないわけがない。ましてやそれが人間の身勝手が原因なのだとしたら。

やるせない気分になって、母親の出て行った扉を眺めていると、ナナミカが俯いたまま、噛み締めるように言葉を落とした。

「…もし、あの飛竜の子供にひどい事した人がいるなら、」

「…うん」

「…ぶん殴ってやりたい」

「………そうだな」

怒りよりは悔しさが滲む声色にウルリクが短く同意した時、窓から吹き込んだ風がカーテンを翼のように舞い上がらせた。思わず目をやった一瞬に見えた、窓の外いっぱいに広がる青空の中。

ウルリクは自由に舞う飛竜達の影を見たような気がした。



第一章 竜飼いとはぐれ飛竜 了

第一章完結です。

次も考えていますが、ちゃんと書き溜めてから投降したいのでしばらく時間が空くと思います。


見切り発車で書き始めた拙い文章を読んで下さった方がいて、感謝しています。ありがとうございました!

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