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竜飼いとはぐれ飛竜(5)

【5】竜鳴き


———ぴぃ———ぃぃい—————


手当ても済み、再び丸くなっていたジェガンが不意に顔を上げ、二人に知らせるように小さく唸る。と、笛の音を思わせる甲高い音が谷間に響き渡った。聞くものによってはどこか物寂しくも、あるいは不吉な予感に身を震わせるかもしれない。

谷に無数に存在する洞穴を通り抜ける風が起こす自然現象、竜鳴きだ。


「あ、谷が鳴き始めたね」

乾いた空気を含んだ、緩やかな風が二人の髪を揺らして通り過ぎて行く。ナナミカがその行く先に視線を向けて呟いた。この土地に住む者達は風の強弱や方向によって様々な高さの音を奏でるこの現象を、このように表現する事がある。それは自然への畏怖と共に親愛を込めたものであるが、

「…これは不味いかも」

ウルリクは呻くように言った。

怪訝な顔をするナナミカに、苦みを消しきれない表情で告げる。

「このまま風が強くなったら、花の香りがあっても匂いが誤魔化し切れなくなるかもしれない」

それは、このまま助けが来るまで持ち堪えるという選択肢が潰えた事を意味する。状況を理解したナナミカの顔がはっきりと強張り、慌てた様子で腰を浮かせた。

「どっ、どうしよっか、ここに居るのマズい?また移動する?」

「マズいけど、無策で移動するのもマズい。とりあえず、すぐ動けるよう荷物をまとめておこうか」

「わかった!」


(ここに留まれない以上、集落に向けて移動するしかないか。でもただ逃げるだけじゃ、絶対にどこかで気付かれて追い付かれる。どうする?)

ウルリクは自問自答しながら、手当ての時に外していた鞍に手を掛ける。

———ふと、その目がある一点で止まった。


*


ジェガンの予想外の反撃に一旦場を離れた“はぐれ“の飛竜は、乾いた風に首元の血が固まる頃を見計らって、再び空へ舞い上がった。ウルリクの想像通り、その“はぐれ“に一度逃した獲物達を見逃すつもりなどは毛頭無かったのである。

まずは先程争った場所まで戻った“はぐれ“だが、当然ながらそこに獲物達の姿はなかった。匂いを追跡しようとするが、別の不愉快な匂いが強く、どこに逃げたかが上手く分からない。普段の狩りであれば、手傷を追わせた相手の血の跡でもあればそれを辿り追い詰めるのだが、それも殆ど残っておらず、完全に見失ってしまう。

それでも縄張りを守ろうとする飛竜の習性か、狩猟者としての本能か。“はぐれ“は諦めて移動する事をせず、その場を中心にして何度も周辺を旋回し続けた。


そして風が吹き始めてしばらくした頃、谷か鳴らす音に似た、しかしそれとは確実に異なる甲高い音を、“はぐれ“の聴覚が捉えた。それは初めて聴く音であったが、著しく興味を引く音であった。発生源もそう遠くない。“はぐれ“は旋回を止め、その方向へと首を巡らせた。




【6】対峙


ウルリクは細く鋭い音を響かせた竜笛から口を離した。頭上を振り仰げば、歪な崖の凹凸に切り取られた空に垣間見える太陽は既に傾き始めており、ウルリクの潜む岩肌も長い影を伸ばしている。一時間もすれば谷にも夜の帳が降りるだろう。

谷間の細い道を挟んで反対側の岩陰に目を遣れば、ナナミカが顔を覗かせていた。目が合ったので頷きを返して、再び空へと目を向ける。


*


竜笛を鳴らしてから5分と経たず、“はぐれ“はウルリク達の潜む谷間へと現れた。既にその嗅覚は自分以外の飛竜の匂いを捉えている。“はぐれ“は高度を下げると、矢のように身体を細くして、庇のような崖の張り出しに挟まれた隘路へと一直線に侵入した。目線の先には風下から接近する“はぐれ“に気付いてすらいないのか、動かないままのジェガンの姿がある。

“はぐれ“は両脚の爪を突き出し、ジェガンを一撃で仕留めんとばかりに全速で滑空し、


———途上で見えない壁にぶつかったように、空中で不自然に軌道が曲がった。竜自身にも何が起こったか分からぬまま、バランスを崩し錐揉みながら墜落する。昼間の戦いの再現のように、轟音と土煙が谷間に広がった。


「行けっ!!!」

それを合図として、ウルリクは声を張り上げると、隠れた岩陰から一気に飛び出した。その声を合図として、ジェガンもまた地に伏した“はぐれ“へと飛び掛かった。

激突したのが硬い岩壁ではなく地面だった事で気絶こそしなかった“はぐれ“だが、自身の体重と速度が乗った墜落により朦朧としていた所を体の大きさで勝るジェガンに押さえ付けられては脱け出す事は容易ではない。それでも翼や尻尾を激しく動かし体勢を入れ替えようとするが、身体の至る所に何かが絡み付いており、思うように動かせない。“はぐれ“が怒りの咆哮を上げた。


*


“はぐれ“を地に落とし、その自由を妨げているのは、本来は自分と飛竜を繋げていた命綱だ。飛竜の騎乗用に作られたそれは、例え高空で振り落とされても平気なように、頑丈で弾性に優れた飛竜乗り用の特注品である。

ウルリクは竜笛を鳴らす前、それを谷間の岸壁と岸壁の間を渡すように楔で打ち付けた。“はぐれ“が命綱に引っ掛かるかは賭けの部分はあったが、庇のようになった張り出しによる高度の制限、飛竜がギリギリ翼を広げられる程度の隘路という条件からウルリクは“はぐれ“の飛行ルートを予想し、見事的中させて見せた。

傾きかけた太陽の作り出す影の中で貼られた命綱を視認する事は飛竜の視力を以てしても困難だったろう。結果、“はぐれ“は降下中に右翼の中程に命綱を引っ掛け、そこを起点に回転するように大きくバランスを崩し、無防備に墜落する事となったのである。衝突時に楔は抜けてしまったが、それにより命綱は翼に複雑に絡まり、その動きを妨げていた。


———上出来!

ウルリクは内心で喝采を上げながら、闇雲に暴れる“はぐれ“とそれを抑え込もうとするジェガン、2頭の飛竜に向かって一直線に走り寄る。

あと数歩と言う所で、片手で再び竜笛を咥え、短く音を鳴らす。飛竜に乗る者はその鳴らし方によって乗騎との意思疎通を図るが、指示は出来なくとも注意を引くのは、野生の飛竜にとっても同様だ。

押さえ込まれたまま、反射的に“はぐれ“がウルリクへと顔を向ける。その鼻面に向けて、ウルリクはもう片方の手に持っていた小袋を叩き付けた。

鼻腔のあたりを中心に、中に入っていた液体が飛び散り、独特の匂いが辺りに充満する。


「ジェガン、離れろ!」

すかさずジェガンが距離を取り、解放された“はぐれ“が不快感を示すように吠える。ジェガンの拘束が解けた事で、絡み付いた命綱もそのままに、身体を起こそうとして、その巨体がふらついた。そのまま前に倒れ込みそうになり、慌てたように翼を広げて転倒を防ぐ。が、今度はその上体がバランスを取れず、左右に頼りなく揺れる。初めて“はぐれ“が戸惑ったような唸りを上げた。その瞳はどこがぼんやりとしたおり、焦点が定まらない。


液体の正体は採取した薬草を絞り、水に溶かした物だ。飛竜が接種すると酩酊したような症状を引き起こす事で知られおり、竜医が飛竜の施術の際に、麻酔代わりに使用する事もある。先程ジェガンを治療する際にも少量使用し、痛み止め代わりにしたものである。

本来は量を調節しながら投与するものだが、今回は採取した分を惜しげもなく使った高濃度のものだ。その分効果は確かだったようで、動けなくなる程ではないにしても、“はぐれ“の意識が朦朧としているのは確かなようだった。


(罠も薬も上手くハマった!後はこのまま逃げて、距離を稼ぐ!)


「ナナミカ、ジェガンに乗って———」

離脱だ、と言おうとして、その言葉が続かなかった。胸の辺りに衝撃を感じた時には、ウルリクの身体は宙を舞っていた。


*


有り合わせの道具で準備したにも関わらず、二人の考えた作戦は、上手く行っていたと言えるだろう。ウルリクの仕掛けた罠は完全に“はぐれ“の飛び込む位置を当てて見せ、ナナミカが拵えた麻酔薬も驚く程の効きを見せた。

だからそれは油断だったのかもしれない。後は一目散に逃げるだけ、という所で、フラついた“はぐれ“は身体を大きく捻りながら転倒し、その尻尾が誰も予想しない方向に跳ね回り、まだ離れ切っていなかったウルリクの上半身を打ち据えた。

掠った程度の当たり方ではあったが、それでも飛竜の、しかも成竜の太い尻尾だ。ウルリクの身体は大きく跳ね飛ばされ、受け身すら取れず、そのまま地面に叩き付けられた。


「兄さん!!」

ナナミカの喉から悲鳴が漏れる。すぐに駆け寄りその身体を起こそうとすると、ウルリクは小さく呻きを上げた。意識こそあるようだが、その表情は痛みに歪み、額には脂汗が浮き出ていた。

「そんな、やだ、すぐに手当てするから———」

混乱する頭で、とにかく容態を確認しようとした手は、弱々しく重ねられたウルリク当人の手によって遮られた。

「後、でいい。逃げ、ないと…」

「そんな事言ったって、兄さんが!!」

——死んじゃうかも。


咄嗟に出た叫びを、途中で呑み込んだ。

ナナミカだって、頭では分かっているのだ。今は“はぐれ“が動けなくなっているとは言え、麻酔の効果がいつまで続くかは分からない。もうそうなれば、もう成す術はないだろう。皆助からない。

だから、溢れそうになった涙は歯を食いしばって堪えた。代わりにウルリクの脇の下に腕を入れて、その身体を起こした。

「ジェガン、兄さんを!」


ジェガンが心得たとばかりにくぅ、と鳴く。

首を伸ばしウルリクの後ろ襟を軽く口に引っ掛け、鞍の上へと降ろした。怪我人には少々手荒いが、そうと言っていられない事態だ。続けてナナミカが鞍に飛び乗ると、ジェガンはすぐに身体を起こし、“はぐれ“に背を向けて一目散に逃げ出した。

飛竜が歩くのは得意ではないとは言え、そもそも人間の少年少女とは歩幅がまるで違う。見る見るうちに遠ざかる“はぐれ“は、まだ上体を不安定に揺らしていた。

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