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竜飼いとはぐれ飛竜(4)

【4】作戦会議

その日、アスミナは朝から集落の会合に顔を出していた。会合とは言っても格式ばったものではない。議題の内容自体は隊商が来る時期の通達であったり、次の星祭りの演し物についてだったりと真面目な物もあるのだが、所詮は長閑で狭い集落の中の事。出席者は顔見知りばかり、紛糾するような問題もなければ、情報交換会と言った方が近いだろう。

良くも悪くも緩い雰囲気に、参加する顔ぶれにはアスミナのように女性の姿も多く、中には小さな子連れで出席しているものもいる。


(…ウルリクが成人したら、こっちにも顔を出させないとね)

夫が隣国との戦争に巻き込まれ、帰らぬ人となってからはや3年。息子はよく働いてくれるし、竜舎での仕事には不安はないが、こういった場所にも早いうちに慣らしておく方がいいだろう。

蓄えさえあれば大抵の事はどうにかなる都会と違い、辺境では住民同士の縦横の繋がりは時に金貨よりも重い。


「…えー、では、次。猟師のザムンタさんから報告です」

そんな事を頭の中でつらつらと考えているうちに議題が次に移り、集落のベテラン猟師の話が始まっていた。つい先程まで星祭りの演し物に去年王都から出戻ってきた雑貨屋の一人息子が弦楽器リュート独奏会ソロライブを披露すると息巻いていたが、どうなったろうか。


「ちょうど昨日、竜鳴き谷に猟に出たんだが、浅い場所で大型の肉食動物がいたらしき形跡があった。狼や熊の類か、下手すると“はぐれ“でも出たかもしれん」

ザムンタの報告に、場が少しざわついた。殆どの田舎集落では、獣と人の住む土地の境界線はもともと曖昧なものだ。だが、このオルゼリカ領においては少々勝手が異なる。古来から飛竜を使役、共に生きてきたこの土地では、大抵の獣は飛竜の存在を感じ取り、集落に近寄る事すらしないのである。

それでも近寄るのは飛竜を怖れぬ強さを秘めた、魔獣と呼ばれるような大型の獣や、群れから追い出され、もう後のない“はぐれ“のような獣だけだ。いずれにせよ通常の獣よりも危険性が高く、もし集落にまで降りてくれば、人や家畜に被害が及ぶ可能性がある。


「明日から何人かで組んで捜索する予定だ。結果が出るまでは、無闇に谷の方面には近寄らないようにしてくれ」

猟師は単に食料の供給の為の狩りだけではなく、飛竜と並んで集落の守り手としての側面もある。今までに何頭もの凶暴な獣を仕留めてきたであろうザムンタの厳しい顔に、アスミナの胸もざわつく。ウルリクが飛竜を駆って谷に行くのは日課のようなものだ。


(…ジェガンちゃんに乗って行くわけだし、大丈夫よね。あの子は鼻も効くし、危険があればすぐに飛んで帰れるもの)


そう自分に言い聞かせるが、巣食った不安はすぐには消えそうになかった。


**********************************************


「…あいつ、やっぱり僕達を探してるな。さっきからこの辺りを周回してる感じだ」

岩肌の隙間から上空の様子を伺い、ウルリクは小さく告げる。


“はぐれ“との遭遇後、ジェガンに応急手当てを施したウルリク達はすぐにその場を移動した。

ジェガンの巨体のあちこちに刻まれた傷の処置はそれなりに難題ではあったが、ウルリクもナナミカも、まだ年若いとは言え辺境で暮らす者の一員だ。谷に出る以上、不慮の事故や怪我に備えての準備を怠ってはいなかったし、採集が一段落した後だったのは幸いだった。

ナナミカの手持ちに加えて、痛み止め代わりに麻酔効果のある薬草を駆使するなど、採集したばかりの薬草まで活用する事で、処置を迅速に終える事が出来たのである。


その後、張り出した両側の崖が交差するように重なり、上空から影になっている場所を発見したウルリク達は、一旦そこに留まる事を決めた。

飛竜はその類稀な飛行能力の代償として、長時間の歩行は得意ではない。ただでさえ“はぐれ“も激しい戦いを繰り広げたジェガンの体力は大きく消耗していたし、直接戦闘した訳ではなくとも、ウルリクもナナミカもその心身を大きく擦り減らしていた。特に直接的に死の危機に直面したナナミカなどは、今は気丈に振る舞っているが、精神面の消耗が大きい。

今は僅かな時間でも、それぞれが休息を必要としていた。この危機を脱する為に考える時間も、また。


**************************************


「作戦会議をしよう」

敢えて大袈裟に言えば、地べたにだらしなく両足を投げ出していたナナミカが、心得たとばかりに姿勢を正し、きりっとした表情を作る。

昔、今よりも遥かにやんちゃしていたナナミカのやらかしを、いかに穏便に親に報告するか(あるいは隠匿するか)を協議していた時の体勢だ。ここ二、三年は鳴りを潜めていたので、久々の開催である。こんな形で再開したくはなかったが。

ジェガンは怪我に加えて久々に距離を歩いた事もあり、早々に身体を丸めて休憩の体勢に入った。


手頃な高さの、出来るだけ平らな岩に腰を落ち着けたウルリクは、その辺りから拝借したこれまた手頃なサイズの小石で、乾いた地面に円を3つ描きつける。

大きな円、離れた右斜め上に中くらいの円、そのまた少し右横に小さな円。

「この大きな円が集落、中くらいのがさっきの窪地、小さいのが今いるあたり」

言いながら、続いて大きな円から上に真っ直ぐな線を引き、途中から木のように枝分かれした線を中くらいの円、小さい円へと伸ばして繋げる。

「で、集落から北に太い道が伸びてて、今はそこから東に入ったあたり」

大雑把ではあるが、普段は空から俯瞰で見ている風景だけに、地図としての精度は悪くないはずだ。飛竜で外出する時は必ず携帯している方位磁針も使って、方角が間違いない事を確認する。


「まず、こんな集落の近くに野生の飛竜は縄張りなんて作らないから、さっき襲ってきた飛竜は、“はぐれ“の飛竜で間違いないと思う。

僕達は何とかあいつの目を誤魔化して集落まで辿り着くか、もしくは集落から助けが来るまで、あいつから隠れないといけない」

ナナミカがふんふんと頷く。戯けた態度に見えて彼女も竜医の卵、頭の回転は早い。

「まず、集落まではどのくらいかかりそう?そもそも歩いて帰れる?」

「歩いては帰れるし、ジェガンの状態を考えたらそれしかない。道筋は分かるから真っ直ぐ行けば1時間くらいだと思うけど、隠れたり、遠回りしたりと考えると2時間を覚悟した方がいいかも」

「ああ、確かに真っ直ぐには進めないよね…。2時間かぁ、あいつに見付からずに行けるかな?」

あいつと言葉にした時、ナナミカの顔が翳ったのが見て取れた。もし道中で“はぐれ“に見付かったら最後だ。言葉にしないだけで、その事は彼女が一番よく知っているだろう。


ウルリクは唸った。

「2時間………。逃げ切るにはちょっと厳しい気がするな」


相手がこちらを見逃す気はないという、当たって欲しくない予感は的中してしまった。だが、それ故に分かった事もある。“はぐれ“とは言え、飛竜は飛竜だと言う事実だ。ならば、自分の知っている飛竜の生態、特徴、行動原理、それらは奴に通用するという事だ。


———考えろ。飛竜の事ならよく分かっている。


「…飛竜が獲物を見つける手段は、視覚と嗅覚だ」

蓄竜師として得てきた知識、飛竜の世話をしてきた経験を頭の中から呼び起こす。

「視力は1キロくらい先の獲物でも判別できるから、空から監視されてたらまず逃げ切れない。嗅覚はさすがにそこまでじゃないけど、飛竜同士はかなりお互いの匂いが嗅ぎ分けられるらしい。近くを通ったり、風下にいられたら多分一発で嗅ぎつけられるはずだ」

「………それ、ここで休んでて大丈夫?」

ナナミカが眉を潜めながら呈した疑問に、ウルリクはふむ、とまた思考を巡らせる。


———確かに、何でまだ見付かってない?いや、そもそも匂いの話をするなら、何であんなに近くに来るまでジェガンが気付かなかった?


「………花だ。ナナが集めてた匂いの強いやつ。あれでジェガンが近付かれるまで飛竜の匂いに気付かなかった。逆に今は、それに上書きされて向こうもこっちの匂いを辿れてない」

「それなら」ここに来て始めてナナミカが明るい声を上げた。

「あの花はまだ残ってるし、それで匂いを誤魔化しながらここで隠れてればいいんじゃない?」

「まあ、そうだな。隠れてやり過ごすとすると…それこそあと2時間もすれば日が暮れ始めるから、母さんも戻って来ないのを疑問に思うだろ。そうしたら誰かが様子を見に来てくれるかもしれない。……確実に夜までは待つ事になるけど」

場合によってはそれ以上、下手するとここで夜を明かさなねばならない可能性もある。とは言え命には代えられないだろう。

ナナミカもそれは理解したのか、溜息をつきながらも不満の声は出ない。

「それはもう仕方ないね…。飛竜って夜目は利くの?」

「人間と大差ないみたいだぞ。ほら、飛竜も夜に活動する事って少ないから」

暗い中での飛行は障害物と衝突する可能性が高い。高空を飛ぶ分には問題ないだろうが、食糧を確保するとなると結局は地上に降りる必要がある。その為、夜間の活動能力はあまり発達しなかったと聞いた事がある。実際、竜舎の竜達も基本的に夜は早々に就寝してしまう。

この谷に生息する野生動物の中には夜に活動するものも多いが、飛ばなくても飛竜はこの谷でも捕食者の頂点だ。喧嘩を売ってくるほどの大型の獣や“はぐれ“が他にいるという事もないだろう。そんな事を掻い摘んで説明した。

「なるほど。じゃあ逆に夜になっちゃった方が安心かもねぇ」


いずれにせよ、方針が決まった。希望が見えてきたおかげか、ナナミカも調子を取り戻して来たようだ。よし、と膝を叩いて立ち上がると、身体を休めていたジェガンの元へ向かう。

「そうと決まれば、今のうちにジェガンの怪我をちゃんと診ようか。さっきは慌てて処置したから、包帯も巻き直した方がいいかも。兄さんも手伝ってよ」

そうだな、と頷くとウルリクも手伝おうと腰を上げた。あとは花の香りが途切れないように気を付けて、助けが来るのを待てばいい。


そう思っていた。


———ぴぃ———ぃぃい—————


笛のような甲高い音が、竜鳴き谷に響き始めるまでは。

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