いつかの君へ。
風渡る雲
鈍色の空が私の背にのし掛かる
午後のプラットホーム
時計の針の隣で電光掲示板が行き先表示を告げる
色褪せてくすんだ茶色のスーツケース
ゴロゴロと引きずる
まるで夢だったのだろうか
私の鞄には言の葉たちが詰まっている
大事な商売道具であり 私の想いだ
そっと鞄を開ければ
誰の耳にも聞こえる声
言の葉たちが車窓の窓から空へと昇る
掻き消されないように 掻き消されないように
願いを込めて
私は一人 四人掛けの座席に座り
鈍色の空へと言の葉たちを見送る
鞄の中にしまってあった幾つかの封筒を取り出す
いつかの手紙 私に宛てた誰かからの手紙
鞄の中の言の葉たちに混じり 誰かの声が聞こえる
列車が街を抜けて 青く広がる水平線に天からの光の筋が
海に光る
開けていた車窓の隙間から 私の瞳に飛び込む
そこに行けば 何かあるのかも知れない
次の停車駅で降りる 知らない場所
風が吹き渡る 海からの匂い
人気の無い 無人駅
まるで 夏のような 入道雲と蝉の声が
青空に吸い込まれてゆく
けれども 私の鞄の隙間から
言の葉たちの声が
尚も幽かに立ちのぼる
この静かな海の景色に溶け込むように
聞こえる──
時折、私の鞄の中からオルゴールのような音色が混ざる
誰かの言の葉が音のように連なる
私の言の葉たちも それに混ざり合い
歌っているようだ
誰かからの声が聞こえる
言の葉たちが青い空へと立ちのぼる
季節は春から夏へ
鈍色だった空が どこまでも遠く青く
遥か彼方が見えない光
足もとに吹く暑い風 夏の匂いが
人気の無い無人駅に
線路沿いに咲く草花とともに連れて来る
その先にある知らない場所
知らない人 誰かの声 誰かの言の葉
私の言の葉 私の声が
駅のプラットホームに吹き込んで来た風に
舞い上がる
聞こえる
飛ばされないように
麦わら帽子を抑える
いつからか どこからか
古いホームの時刻表
柱の影から
ふと 誰かの声が聞こえた気がして
振り返る
遠い線路の先 どこまでも続く海沿いの景色
青空に舞う 言の葉たちが
白くて大きな入道雲を連れて来る
また 夏の暑さに 大雨が降る
この星を潤わすように
空と海と大地のこの星の間
私は生きている
言の葉たちとともに
私の声とともに
どこまでも巡りゆく
少しの間 空を見上げた
まだ 鈍色の空が続く
ほんの少しだけ
言の葉たちの声が
透明に輝いて
私を違う景色へと 連れて行ってくれたようだ
古い柱の影の後ろで 海が輝く
一筋の空の光 言の葉たちの歌う声が
聞こえる
無人駅の改札口を出る
知らない場所
行き先表示の無い道が どこまでも続く
私の鞄の中の
言の葉たちが歌う
声を頼りに
想いが空を舞う
この星とともに
あなたとともに
いつか君が生まれた日を想う
おめでとうを君に
そっと鞄を開けると
中の言の葉たちが
オルゴールの音色を弾く
透明な空
青空の彼方へと昇る
白い雲
巡り会えた君に
おめでとうの言の葉たちが
祝福を届けに
空へと舞い上がる
夏の終わり
白い雲の彼方を見上げる
風が吹く
あの青い空の果て
君を見上げる