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① 1枚め

 前略、オルデハラ皇国貴族院議員アンペール公爵家夫人ニコレット様。


 この度は私、ルシール・アリンガムの留学の支度に多大なる力添え、まことに感謝申し上げます。

 国は違えど前々より懇意にしてくださいましたあなた様のご厚意を賜るたびに、くじけそうな心持ちを立て直してまいりました。おかげさまで万事順調に事が運び、もう三月もしないうちにそちらにお世話になる予定でございます。


 そちらへ伺ったなら積もるお話も……、もちろん私の離縁に至った顛末でございますが、あなた様にお会いできるのは、まだ少々先のこと。

 先んじてお便りのうえでお伝えしたく存じます。私の半生を憚りなく語り上げる無礼を、どうぞお許しください。


 娘のマドラインは神のご加護のもと健やかに育ち、今年17になりました。嫁ぎ先のジェンクス公爵家に温かく迎え入れられ、胸を撫でおろしております。


 しかし、安堵の心の傍らに、私は針の先で小突くような胸の痛みを感じる昨今でございます。マドラインの幸福な人生を祈る傍ら、私は自身がアリンガム侯爵家に嫁した当時を回顧せずにはいられないのです。


 ご存じの通り、私の生家は他国までも名をとどろかす豪商・ファロン家でございます。

 代々の尽力の成果に「成金」との謗りは消え失せたころ生まれついた私ですが。巨万の富を築いた一族の躍進は留まるところを知らず、私の生まれ持った使命は……政界との架け橋となること。


 物心つけば宮廷で行われるそれにも遜色ない淑女教育が施されました。今思えば娘時代も、ただ慌ただしく過ぎてゆく毎日に、私の意思というものは尊重されることなく、虚しいものであったでしょう。


 虚しさの極めつけは、現在の夫、ブランドン・アリンガムとの婚姻でございました。幼少より学問と芸事、社交にと明け暮れた私は、夫との暮らしが始まり間もなく、その集大成がこれなのかと失望を抱かずにはおれず。


 当時の彼は今ほどではございませんが、恰幅の良く、不遜な“若様”で。初対面には何と言いましょうか、「古狸」という言葉が頭をかすめたほどです。たった7つ年かさの男性を「古」とはなんだとお思いでしょう。しかし私の見立ては外れておりませんで。偉大な大臣の息子として祭り上げられただけの、碌々たる人物でありました。


 彼はプライドが高く、商家の出の私を認めることはけしてありませんでした。権威主義の塊で、金は湯水のように沸いて出るもの、というような日々の振舞い。

 それでも私は構いませんでした。彼の家は金を欲し、私の家は政界との繋がりを欲した、それだけですから。彼が何人側女を囲おうとも、物わかりのいい冷静な妻を演じ続ける、それが使命──


 しかし、じきにそうも言っていられない状況へ。


 彼はこの婚姻とほぼ同時期に、気に入りの愛妾を添わせておりました。男爵家のご令嬢だとかで、彼女は平民出の私にただならぬ優越感を抱いていたようでした。

 夫と同年でいらっしゃるのだから、心根も大人びた女性を期待しておりましたが……とんでもない。夫の寝室に呼ばれると、枕元には彼女の唐草色の髪が落ちていることが度々。それは私が片づければ済む話ですが……いえ気色悪い事この上ないですけれど。実に困ったのは公的な場に出る時。夫の礼服の白地部分に生々しい形の紅を付けているのです。絶妙に見つかりにくく、見つかりやすい、そんな部分……ご想像できますでしょうか。

 これは間接的に家長を陥れる行為だと、家令にも執事長にも知らせました。しかし肝心の主人の目が曇っていますので改善されることはなく。このようでは政敵にいつ付け込まれるやら、はらはらするばかりの16の私でありました。


 窓から吹き入る涼やかな風が我々を癒す初夏の頃、私は17の誕生日を前に、身ごもった事実を知りました。実家の者はその僥倖に舞い上がります。私とて不安がないといえば嘘になりますが、やはり喜びはひとしお……しかし束の間、この先の私の道に影を落とすニュースが舞い込んでまいりました。例の愛妾も、ほぼ同時に身ごもっていたというのです。いつこのようなことが起きてもおかしくないですのに、衝撃を受けた私はまだ未熟な娘でありました。


 私は祈りました。そちらのお子が女児であるように、と。これは神の領分でしょう。それだとしても。


 願わくば私の子は、男児であるようにと……。


 きっとそのような私に罰があたったのです。三月早く生まれた彼女の子は男児、そして私の子は女児でございました。


 そして夫は何のためらいもなく、そちらの男児を後継者と定めたのでした。





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『おひとりさまの準備してます! ……見合いですか?まぁ一度だけなら……』
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