八話-出鼻をくじく
ネメスでは教育機関を学園と呼んでおり、四校しかない。男性はもちろん、女性でさえ全員が教育を受けられる権利はないのだ。
学園に通えない子供は民間の私塾で読み書きや計算を学ぶ。ネメスでは教育は特別なもので、学園に通えること自体名誉なことだった。
そのため、学園の卒業資格を所有しているだけで、ネメスでは職に困る事はない。
が、トオルはそれで満足しない。両性具有、悪魔の子である以上、学園の卒業資格程度では身を守れないからだ。
彼はステラ・ハイフ以上の権力者を蕩かすためだけに学園に入り込んだのだ。
悪魔の子と暴かれても生き残れる手段を一つでも多く用意するため、博打を打ちにきた。
「はあ」
が、トオルはため息をつかざるを得なかった。
今は休み時間で中庭の端のベンチに座っているが、温かな日差しで瞼が落ちそうなほど心地よい。
そんなものが安らぎを与えないほど、トオルの目の前は暗い。
玉の輿計画は手鼻を挫かれたのだ。
「もっと爛れているかと思ったのに。綺麗すぎ。男を買う下品さはあるのにな」
端に居るのをいいことに、トオルは愚痴を発する。
編入して早五日、玉の輿どころか日向ぼっこばかりしていた。
学園の講義に追いつけないわけではない。ネメスの知識は不足しているが、日本での義務教育とそう変わりない内容だ。
問題は唯一の武器が使えないためだ。
「ここは女子校じゃないのかよ」
トオルは地面に転がっていた小石を踏んで地面にめり込ませた。
休み時間なので、中庭に多くの生徒がいる。移動する者、腰を据えて談笑する者、友人関係でも皆、一定の距離を保っている。抱き付いたり、肩組みだったり、手繋ぎはまずない。
トオルの偏見もあるが、女子というのは同性に距離が近いものだと考えていた。それは彼が日本での同級生を見ていて凝り固まった考えである。
ネメスは神を至上存在と捉えている。そんな神が許さぬ限り、同性愛で子を成すことはできない。
同性愛が忌憚されているからでなく、神聖視されているからこそ、気軽にスキンシップすら行わないのだ。
彼女らには同性への憧れがある。女性が女性を好きになるのが当然の文化だ。そもそも、男は恋愛対象外である。性別でまず弾かれる存在だ。
神を至上とする人間が、神に背かれた者を愛すことはない。
そして、神が許さぬ限り、女を愛すこともしない。
ネメスで特権に等しい加護を失う可能性があるからだ。
それ故、不用意に同性との接触を避けるため、一定の距離を保つのである。そんな相手にキスをしようとするなど言語道断だ。手繋ぎすら万が一のために避けているのである。
「お姉さま」
トオルからやや離れた所を歩いていた生徒に、別の生徒が抱き付く。当然女性同士だ。
彼女らは腕を組み、顔を寄せ合って囁き合う。
距離の近さには甘さがあって、恋人同士にしか見えない。
女性同士で愛し合えない人々が編み出した抜け道が姉妹だ。
彼女らもほぼ間違いなく、血のつながった姉妹ではないし、戸籍上の姉妹でもない。
この学園で意気投合し、姉妹の契りを交わしたのだろう。
カップルではなく姉妹だと言い張るのである。だから、距離が近くても許される、と。
もちろん、恋人にはならない。あくまで姉妹の範疇とされる行為に収める。タブーのギリギリを攻めたいじらしい文化なのだ。
この関係を見ただけで、大よその身分もわかる。
先ほどの生徒たちのようにベタベタしているのは平民や小貴族の次女三女だ。姉妹といっても、近すぎれば疑われる。彼女らはそれでも、万が一加護を失う可能性がある事よりも、触れ合いを選んだのだ。
一方、大貴族の姉妹は手も繋がない。万が一で脈々と継いできたものを壊さぬよう慎重に生きている。
そういった意識の差から、姉妹になるのも、雑談するのでさえグループで別れている。
家柄がないトオルには縁もゆかりもなく、貴族に近づくことすら難しかった。
ガード硬くて出鼻をくじかれ、身分の差があって獲物に近づく事さえできない。
無論、諦めるつもりはないが、手立てが五日も経って思いつかないのも事実だった。
大変、申し訳ございません。
二月八日に更新すると言っておきながら今日まで放置した罪。
そのくせ、毎日更新はまだ出来そうにありません。
ストックは作れているので、平日二日置き更新で進めます。
今日が火曜日なので、次話は木曜日。その次が月曜、水曜、金曜。火曜、木曜とサイクルが戻るような流れを予定しています。
更新が滞っていたのは、パソコンの御臨終と職場のコロナ禍パニックで動けませんでした。とはいえ、連絡もしなかったことは怠惰の極み。申し訳ないです。今後の更新で償いをさせてください。