七十七話-お茶会、始まり
選考の候補は五人。ルシル・ラーチ以外がジャニスの部屋に集められた。
四人で机を囲むように座っている。
最後に連れてこられたセフォンは気の毒な程、オロオロしている。
発端であるリアーロはともかく、ジャニスが落ち着いているのが不可解だ。
候補なので、プロフィールぐらいトオルも把握している。
リアーロはこの国で一番の権力者である神官に次ぐ、天授階級の娘。セフォンは弱小貴族、ジャニスは平民だ。トオルも平民ではあるが、リーリエ・イノの従者というだけで貴族と同等の扱いを受けている。
この中で、リアーロだけが地位が高く、その他はそう変わらない。
だからこそ、この中で違和感が強いのはジャニスなのである。彼女は何故、驚きはすれ怯えや混乱はしていないのか?
「さて、お茶ね」
「わ、わたしが」
勢い余って立ち上がったセフォンをリアーロは手で押し戻した。
「いいえ、私が招いたのだからお茶ぐらい用意するわ。しばし、三人でご歓談を」
私が用意する、と言われ手伝うわけにはいかない。
セフォンは顔を青くし、ジャニスはやはり落ち着いている。
「私って、なにかしました、かね?」
セフォンはトオルにだけ聞こえるよう囁いた。
「自分にもわかりません」
トオルはわざとジャニスには聞こえる声量で答える。
「本当にお喋りしたいだけだと思いますけど」
ジャニスが苦笑した。その笑みは困惑ではなく、妹の悪戯に困ったかのようなものだった。
ジャニスとリア―ロには何かがある、とトオルは確信した。
今の口ぶりだけでない。リアーロは家主のジャニスに尋ねず、黙々とお茶の用意を進めているのだ。
「お待たせしました」
リアーロはカップを四つ並べ、そこに順番にお茶を注いだ。
彼女の所作は上品で、育ちの差を感じずにはいられない。
そんな観察をしている間に、セフォンはいつの間にか平静に近づいていた。慣れた手つきでお茶を飲んでいる。彼女もやはり貴族というだけあって、所作はしっかりしている。
一人でアレコレ勘ぐっていては、何を誤解されるかわからない。
観察は普段以上に隠れて行うことに、トオルは決めた。
「怖がらせているみたいだから言うけれど、脅そうとか、悪いことをしてやろうとか、そういった邪な気持ちはないわ。神様に誓っていい」
「じゃあ、どうしてです?」
トオルが尋ねると、リアーロはニコリと笑んだ。
「戦う相手だから知っておこうと思ってね。私は分が悪いから」
「なんでわかるんです?」
「新聞部が行った仮の投票ではルシルかトオルが勝つって出たからさ」
学園のゴシップに関して、トオルは無関心だった。この世界の常識すら疎いのだ。
リーリエと共に過ごし、彼女の目を盗んでキスをした相手の好感度を保つためにアレコレする。外堀や逃げ道の確保は積み重なっているものの、本願であるリーリエの攻略にはまだまだ遠い。
「私は家名でしょ。で、二人は容姿。綺麗なのはもちろんだけど、セフォンは大柄でフォルドア様に、ジャニスは小柄でジューブル様に似ているからだしね」
他の国の神様に似ているというのは、美に値することらしい。敵対関係にある国もあって怒りすら向けているのに、どういう訳か他国の神様には好意的だ。
ステラやパルレならともかく、よく知らない相手に無知を晒すデメリットぐらいトオルも理解している。
そんなことよりも、リアーロの評価に、セフォンとジャニスは対照的な反応を示した。
セフォンは慌て、ジャニスは微笑むだけである。やはり、ジャニスには何かがあると、トオルも察してきた。
天授階級の娘から褒められ、こうも平然としていられる平民などあり得ない。
「で、ルシルは綺麗は綺麗だけど、鼻持ちならない。自分に酔っている雰囲気だしね。だから、トオル、貴方が有力でしょうね」
リアーロはトオルの目を正面から見て、微笑んだ。
「自然で、卑屈も驕りもない。不思議な人って印象。そう思わない?」
「へ?」
突然尋ねられた、セフォンは目を白黒させていた。
「さっきからトオルの匂いを嗅いでいるでしょ。加護を知っているんだから」
「あわわわ」
セフォンは気の毒になるぐらい顔を赤くした。
「変な匂いじゃなかった?」
トオルが冗談めかして尋ねると、セフォンは首が取れそうなほど勢いをつけて首を横に振る。
「心地いい匂いです。落ち着くというか、眠たくなるというか。リーリエ様に似た匂い。同じじゃなくて似ているというか近くて、姉妹とかそんな感じの」
「饒舌ね。嗅覚が鋭くなると、色んなことがわかるんだ」
リアーロは甚振るように言った。
「でも、トオルさんはリーリエ様の従者でしょう? 匂いが似るのは普通じゃない?」
ジャニスが言うと、セフォンは首を振って否定する。
「いいえ。そういう一緒とは違うんです。生活で似るなんて一致じゃなくて、もっと根本的な所から」
「自分で振っておいてなんだけど、匂い談義はいいわ。ところでリーリエは普段、どんな感じなの?」
「どんな感じとは?」
「どんな下着をつけているかとか、家と外では違うのかとか」
お茶会の雲行きが怪しくなってきて、トオルは目の奥に疲れを感じた。
小説家になろうさんの投稿の仕方が変わっている!?