七十六話-寮、そして
リアーロ・フデルの瞳は真っ青だった。透き通るような虹彩に見惚れそうになるも、彼女の視線でどういう種の人間かトオルは察する。
相手を品定めする冷たい目。トオルがスラムで生活していた頃に散々、目にしてきた。隙を見せてはならない。相手を甚振る事に躊躇などしないのだから。
パルレとの関係はいくらでも誤魔化せる。後ろめたく思うことはない。堂々と友人です、と貫けばいい。
しかし、トオルが言葉を発するより先にざわめきが起こった。
いつの間にかギャラリーに囲まれていた。学園の寮の通路で話していたからだ。
今話題の候補が何やら険呑な雰囲気を出しているとなればゴシップにもなる。
「立ち話もなんだし少し話さない?」
とリアーロが提案してきた。
トオルは断ることも考えたが、ここで余計な勘ぐりを抑えておきたかったので頷く。
リアーロはギャラリーを気にも留めず、彼女らに向かって歩き出す。
ギャラリーは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
バイル学園の寮には等級が存在する。三つに分かれていて、一等は一人部屋。二等は三人。三等は四人となる。
セネカやパルレは一等級で、貴族でも格式高い所の子が使っている。部屋の扉を見れば等級はわかるようになっていて、部屋の等級と同じ数だけ星のプレートが吊るされており、そこに名が刻まれている。
同じ等級の部屋が並んでいるわけではなく、空いている部屋を誰が借りるかで決まるそうだ。
リアーロが立ち止まったのは三等の部屋だった。
天授階級のお貴族様が三等?
トオルの疑問はリアーロのノックで少し晴れる。
「お邪魔するわよ」
自分の部屋ではないようだった。
しかし、リアーロの声音は親しみを感じさせる温かなものだった。
「はい。どうぞ」
中からハキハキとした声がし、リアーロが扉を開く。
部屋の主を見て、トオルは、あ、と間抜けな声が出た。
「リア―ロ、さん、と、トオルさん」
部屋の主であるジャニスも口を開け、驚いている。
しかし、彼女はトオルに驚いていた。リアーロが尋ねてきた事ではなく、彼女がトオルを連れてきた事に反応している。
見るだけで滑らかさが伝わってくる美しい長い黒髪、ジャニス。彼女も選考の候補だった。
彼女に関する情報はそれぐらいしかトオルは持っていない。
大人しそうな華奢な少女だ。
リアーロとジャニスの関係も気になったが、彼女の部屋にも違和感を覚える。
どういうわけか四人部屋のはずなのに、一人分の荷物しかない。二段ベッドが二つと机が四組あるのだが、三つは使用されている形跡がない。荷物すらないのだ。
「少し待っていて、もう一人探してくる」
リアーロはそう言って、そのまま去っていった。
ジャニスはトオルを見て、困ったように微笑んだ。
リアーロと違い、ジャニスに危険性は感じない。笑みから弱々しさがわかる。
リアーロ・フデルはトオルも少しは知っている。玉の輿候補として、リーリエを除けばそれなりにランクが高かったのだ。
しかし、人間性で弾いた。
あくまで噂ではあるが、リアーロ・フデルは学園で平民の子を全裸にさせ首を垂れさせた、と複数人が口にしているのである。
それも一人ではないようだった。が、毎度、流れは似ている。相手に非を持たせ、強く糾弾し、軽くも罪のある人間がくじいた瞬間に圧倒的な地位で踏みつける。あくまで、社会勉強だと、役に立てるよう鍛えてあげると、恩着せてだ。
「あの、ここはジャニスさんの部屋、だよね?」
リアーロの目的が分からない以上、ジャニスから情報を得るしかない。
「はい」
「一人部屋?」
「前はいたんですけど、今は空きが」
ジャニスは口ごもっていた。訳アリだと言っている。
「そう。ジャニスさんとリアーロさんは仲がいいみたいだね」
「リアーロさんがよくしてくれて」
照れるようにジャニスは笑む。
彼女の顔は花のように可憐で、幸せなのだと告げていた。
相手の関係性を決めつけ尋ねたのがよかったのだろう。仲がいいのか、と訊けば違う反応だったに違いない。
少なくとも、ジャニスにとってはリアーロは悪い人物ではないようだ。
トオルがさらにリアーロの情報を引き出そうと頭を巡らせた時、扉の前に誰かが近づく気配を感じた。
「おまたせー」
リアーロに手を引かれてきた人物にも、トオルは見覚えがあった。
緑色の短髪で、背の高い生徒のセフォンだ。彼女も青い顔で、オドオドしながら周囲を伺っている。ここには連れてこられたのだと戸惑いを前面に出していた。彼女も先ほどのトオルと同じように、あ、と間抜けな声を出す。
「候補同士、話しましょうよ。お茶会」
天使選考の候補が揃っていた。