七十五話-リアーロ・フデル
薄暗い書庫とはいえ、他者の目がある。
トオルたちは早々にパルレの部屋に移動した。
キスをされ、心あらずといったパルレの純真さを微笑ましく見つめつつも、それを裏切っている自分を意識する。人の好意に付け込んで寄生しようとしているのが自分自身なのだ。
いつまでも甘い時間を過ごしている場合ではない。目下の危機は刻一刻と迫っているのだ。
「ねえ、選考って棄権とか欠場した人はいないの」
「いませんよ。風邪を引いたって来るでしょうね。愛を得られる可能性が五分の一であるんですよ?」
女尊男卑のネメスでは、女性が女性を愛するのは当たり前だ。しかし、女性同士で愛し合うには神様の許可がいる。それを破れば、女尊男卑を成立させている、女性のみが持つ加護を失うかもしれない。
そんな状況で、リスクなく愛し合う権利を得られるかもしれない。
客観的に見れば、棄権するわけがない、となるわけだ。
やはり、天使選考、要はミスコンでわざと負ける必要がある。
「トオルさんなら大丈夫ですよ。ルシル・ラーチなんかに負けません」
パルレから屈託ない笑顔を向けられ、トオルも笑みを返す。
こんな事は呼吸のように自然と出来る。
愛する人と何の隔たりもなく愛し合えるかもしれないと期待を膨らます少女を、トオルは裏切ろうと、いや初めから裏切っている。けれども、そんなことで一々顔色を変えるような心はもうない。
「以前した新聞部の人気投票でボクより上だっただけだからね」
「その通りです。トオルさんが学園に来て日が浅かったせいですよ」
「かな。でも、ルシルさん以外も強敵でしょう?」
「リアーロ・フデルがそれなりにという感じで、他はあまり。私個人の意見ではなく、新聞部のアンケート結果ですがね。リアーロも、階級意識が高いので、大半の生徒からは嫌われていますし」
パルレの声に熱っぽさはない。励ましの類ではなさそうだった。
リアーロ・フデルはトオルも知っていた。バイル学園でも有数の権力者の娘だ。
ネメスでは神様に近ければ近いほど権力がある。よって、神官に触れ合う、国を守護する騎士、そして天授と呼ばれる神様直々に特権を与えた家々、領地や国政に携わる家々、それらを総括して貴族と呼ぶが、力関係は歴然だった。
パルレのシュッフ家も天授階級である。シュッフはトオルもパルレから聞くまで天授だと知らなかったが、フデル家が天授階級である、とだけは以前から知っている。何を任されているのかまでは知らなかったが。
「誰が相手であれ、全力を尽くすのみだよ」
「その通りですね。剣術大会と違って、直接ぶつかり合うわけじゃありませんから」
「名残惜しいけど、そろそろ帰るよ」
「そうですね、もう、遅いし」
聞き分けのいい事を言いながらも、パルレの目は寂しさで細まっていく。
そんな彼女の手を取って口づけをしてから、強く抱き寄せた。
「また明日」
「はい、また」
パルレの部屋から出ると、あら、と声がした。
「選考の出場者が新聞部と、部屋を行き来するようなお友達ねえ」
頭を振って茶色の長髪を揺らしながら、細い目の奥で笑みを浮かべていた。
「リアーロ・フデル」
「あらあ、私のこと、知ってるんだあ」
どこか間延びしていて、おっとりとした口調。しかしながら、彼女の目は危険だと、トオルは経験から察していた。
遅れました。遅れました。遅れました。
申し訳ございません。
私生活が忙しかったのもあるのですが、どうも話がしっくり来ず書き直し書き直しでまだ見えてきていません。
五話分は月一で更新予約しています。出来次第、更新頻度を上げます。