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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
三章-天使選考
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七十三話-ボクらにぴったりだ

 トオルは暑さで目を覚ました。

 他人と密着していてただでさえ暑いのに、寝がえりも打ちにくく熱がこもる。

 悪い事ばかりではない。

 熟睡するには向かない環境だが、癒しにはもってこいだった。

 とはいえ、それは膝枕をされる側の話だ。

 顔を動かしてステラの方を向いた。


「ごめん。どれくらい寝てた?」

「一時間ぐらいです」


 ステラはそう言って、手の甲でトオルの頬を撫でた。


「謝らないでください。毎日こうしていたいぐらい」


 トオルは今まで甘えられることはあっても、このように甘えてしまうことはほとんどなかった。そんな彼にとって、ステラの手の動きは落ち着くようで、恥ずかしくもあった。甘えるのは存外難しい。


「それはよかった」


 簡単な言葉しか返せないぐらいにはトオルは照れていた。

 ステラはトオルの頬から髪へと撫で上げ、指を髪の間に入れて梳いた。

 上がって下がってを繰り返すと、髪に染みついた洗剤の香りが広がる。

 トオルは恥ずかしさが消えていって、身を委ねてまた目を閉じようとした。

 が、ステラの動きが止まって、彼女の方に目を向ける。


「どうかした?」

「もう一つお伝えしないといけないことが」

「何?」

「優勝賞品はご存知ですよね?」

「ああ」

「選考のことですが、優勝してはいけません。トオル様は両性具有です。ネメスでは迫害される存在が、神の御前に行けば」

「本当だ」


 トオルは心中で、平和ボケだなと独りごちる。

 自分が神に認めてもらうなどあり得ないどころか、姿を見せれば断罪されるだろう。

 優勝賞品である神の元での祈りはもらうわけにはいかない。つまりは優勝してはいけない、ということだ。

 トオル自身、当初選考の勝敗にはそこまで興味はなかった。むしろ辞退しようと思っていたぐらいだ。

 だが、今は残念に思っていた。

 それは何故かと考えると、パルレやクロとニクル、自分を応援してくれた人たちの事を思い出した。

 どうやら、応援を無に帰すのは申し訳ないと思っているらしい。

 トオルは自分の答えを他人事のように思った。

 だって、そうだろう?

 今更だ。人を騙して、操作し寄生しているのだ。


「降臨祭はスラムも閑散期になります。スラムの客であるバイルの学生はまず来ませんから、知っていましたよね。出過ぎた真似をしました」


 閑散期のことすらトオルは知らなかった。彼はネメスの一般常識どころか、スラムの世俗にも詳しくない。順応とその日の暮らしで手一杯だったせいだ。

 それでも、自分の楽観的な部分に嫌気がさす。何も知らないで、リーリエを騙して篭絡しようなどという無謀なことをやっているものだと。

 額の髪を分けられ、トオルは伏せていた顔を上げる。

 そこには目尻を下げたステラの顔があった。

 トオルは顔を上げて悲しそうな顔をしているステラの首筋を吸った。


「知らなかったよ。教えてくれてありがとう」


 ステラの首筋から上がっていて、顎を過ぎ唇の端まで口をつけたが、トオルはそこで顔を離した。

 そろそろいつもの自分に戻らなくては。


「ところで、どうして膝枕を?」

「本ではよく疲れている人にしていたので」

「へえ、ネメスではそうするのが常識なのか。じゃあ、ボクも道行く困っている人が膝を貸すことにするよ。素敵な文化だねえ」

「違います。誰でもではなくて」


 察してくれという目を向けられたが、トオルは微笑み首を傾げる。攻める方がトオルなのだ。


「愛し合っている人同士の話です。パルレさんの本はそういうものばかりですから」

「そりゃあ、ボクらにぴったりだ」


 トオルは口の働きを再開させた。


 ステラの屋敷を出てスラムを抜けた後、トオルは変装を解いた。

 カモフラージュ用の汚い身なりのまま戻るわけにはいかない。

 街からリーリエの屋敷の帰り道でトオルは奇妙な光景を何度か見かけた。

 バイル学園の生徒が手を繋いで歩いているのである。

 一組なら偶然で済むが、十組近く見かけた。

 同性愛が原則禁止されているとはいえ、手を繋ぐことが罰則になるというのは聞いたことがない。

 だが、万が一を警戒するのがネメスの人々だ。

 彼女らの社会的地位を支える加護を失ってしまう可能性があるのだから、神経質になるのもわかる。

 特に教育にお金をかけるゆとりがある家の子か、もしくは優秀な人材が集まるバイル学園では人一倍気にする人が多い。だというのに、白昼堂々と手を繋ぎ合う女生徒がたくさんいた。

 そのことを不思議に思っていると、トオルお姉さまだ、という声が聞こえてきた。


「お姉さま、選考頑張ってくださいね」


 最初に気づいた生徒がそう言うと、辺りにいた生徒たちが口々にトオルの応援をしてくれた。

 彼女らが選考にかける思いを知った今、無責任にトオルは喜べない。恋のための戦いに選ばれ放棄しなければならないのだ。

 だから、こそばゆく苦しい。そして、不思議に思った。

 どうしてお姉さまと呼ぶのだろう?

 いつもそんな風に呼ばれていなかっただけに、不思議に思うのだった。


 トオルが帰宅すると、クロが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ」

「ただいま」


 クロの横をトオルが通りすぎると、クロはスンスンと鼻を鳴らした。


「良い匂いがしますね」

「そう?」


 きっとステラの屋敷で汗を流したからだ。

 一々、そんなことで動揺しているようでは何股もかけられない。その辺りの、あまり道義的によろしくない度胸がトオルにはあった。


「おかえり、トオル」


 リーリエが汗を流す格好で現れた。これから中庭で剣でも振るうのだろう。

 一緒に行こうとしたが、リーリエが首を横に振った。


「万が一、怪我でもしたらいけないからね。私もトオルには期待しているんだ。君も悪いことばかりじゃない。優勝してくれたらこれから何かと役に立つからね」


 神様と出会ったことがあるという経歴は輝かしいものになる。

 その重要性を最も理解していないのはトオルだろう。彼は神様の存在は認めていても、敬いはしていない。

 最底辺に生まれ、這い上がってくるも何の妨害もなかった。全知全能でないならどうだっていい。力を与えないのであれば放っておいてくれ、というのが正直なところだった。


 食事と湯あみを済ませ、残すは就寝というタイミングでクロがトオルの自室に入ってきた。

 髪を梳かしに来たのだ。

 今はニクルと交代で担当している。

 来るとわかっていたので、トオルは椅子に座ってリラックスしていた。


「クロ、頼むよ」

「え、あの。はい」


 クロは驚いている様子だったので、トオルは思わず吹き出してしまった。


「そんなにおかしい?」

「いつも気乗りしていない様子でしたので」

「まあね。ちょっとした心境の変化があったんだ。ボクが悪かったよ、ごめんね」

「謝らないで、お姉ちゃん」


 小声でクロは言った。

 彼女からお姉ちゃんと呼んでいいか、と言われたが使う回数は僅かだった。

 なので、未だに照れがあるようである。長女が姉に憧れる気持ちはトオルにもわかる。

 自分でリクエストしておいて、照れるとはと首を傾げる部分もトオルにはあったが概ね満足していた。可愛いは正義である。


「じゃあ始めますね」

「お願いします」


 慣れているのか、櫛を使うのはクロの方がニクルよりも上手かった。

 髪の一本一本を労わるような触れ方をする。

 自分のことを思ってくれていることは改めて気づくことでもないが、その重さに潰れそうになる。

 だから、トオルは区切りのいいところで手を止めさせた。


「クロのもさせて」

「いえ、私のなど」

「何を言っているんだ。君が綺麗になったらボクが嬉しい。だからいいだろう?」

「はい」


 クロは言葉と共に小さく頷いた。その顔は無表情に近い。

 だが、それこそが彼女なりの抵抗であるとトオルも気づいてきた。


「こういう時、澄ました顔をするところが可愛らしい」


 トオルがそう囁くと、クロは顔を真っ赤にして目を伏せるのだった。


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