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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
三章-天使選考
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七十一話-強烈な自己紹介

 トオルがパルレから聞いた内容によると、バイル学園の美の天使は誰だという催しはミスコンのようなものだった。

 まず生徒や教師からの推薦により、メンバーが選ばれる。これが今の段階だ。

 それから降臨祭までアピールの場があり、最終的に投票で優勝者が選ばれる。

 一番初めのアピールの場が、天使選考で推薦された生徒たちのインタビューだった。その内容は新聞部が全生徒に知らせる。そのため、パルレがトオルを迎えに来たのだった。


「辞退はできないの?」

「前例はありませんね。選ばれることはとても名誉なことですから。トオルさんなら当然ですけどね」


 パルレは我が事のように満面の笑みで言う。

 優勝賞品でもあるのだろうかと思ったところで、トオルは重要な考えが頭に浮かんだ。


「ということはリーリエがいるじゃないか。だったら、勝てないだろうなあ」


 トオル自身、バイル学園での自分の人気というものを理解している。だが、それはあくまでリーリエの従者という肩書によるものだ。

 なので、リーリエが選ばれるのは当然だし、彼女には敵うはずもない。

 負けがわかっていれば適当にこなせばいい――。


「ご存じないんですか。リーリエさんは出られませんよ」

「出られない?」

「殿堂入りです」

「殿堂入り?」


 二度もオウム返しをしてしまうほど、トオルは動揺していた。


「三度も優勝したので殿堂入りになったんですよ」

「あれ? 今中等部三年のリーリエが三回?」

「二回の間違いじゃありませんよ。一回は飛び入りというか、見学に来られていたリーリエさんを無理やり出場させたそうです。そこで一回。あとは一年と二年で一回ずつですね」

「なるほど」


 トオルは殿堂入りを果たしたリーリエのパフォーマンスについて訊こうとしたが、その前に天使選考委員会事務所と扉に書かれた部屋についてしまった。


「ここが事務所です。これからは何かあればここへ」

「わかった」


 トオルが頷くと、パルレが事務所の扉を開けた。

 中には棚が壁一面にあった。普段は倉庫として使われているらしい。もちろん、事務所らしく真ん中に長机があって、そこにに座っているのが四人いた。他には長机を半円状に囲むよう五つ椅子が用意してあった。

 椅子は一つだけ余っており、パルレに促されトオルはそこに座った。長机側が委員会の人間、椅子だけの方が選考側の人間なのだろう。


「ふうん。この子が」


 そう言ったの長机にいたオレンジ色の髪の少女だった。高等部の生徒で背が高く、どことなくリーリエに似た雰囲気がある。リーリエよりも悪戯っぽく、快活そうではあったが。

 彼女は後ろに束ねた髪を揺らしながら、トオルに近づいてきた。

 そんな彼女に後ろから非常に髪の長い女性が抱き付いた。

 

「もう手を出さないの」


 髪の長い女性は尻に差し掛かるほど髪が長かった。濃い青色で痛みは見受けられない。

 手入れに手間がかかるだろうなあ、と他人事ながらトオルは心配になった。


「心配させたね、ごめんよ」


 そう言ってオレンジ髪の少女は、青髪のほっぺにキスをした。

 黄色い声が部屋中で響く中、トオルと彼の隣に座っていた金髪の高等部の生徒だけが無表情だった。

 どうしてこうも平然と女性同士でキスをしているのだ? ほっぺならセーフなのか?


「ああ、トオル君は転入生だから事情に疎いんだよな。それに自己紹介がまだだった」


 オレンジ髪の少女はそう言うと、青髪の少女から離れて優雅に一礼した。


「高等部三年のイセラ・ドラッカだ。こう言った方がいいかな? この学園唯一の認められた恋の片割れさ」


 強烈な自己紹介だなあ、とトオルは呆気に取られるだけだった。

 イセラは青髪の少女の肩に手を置いて微笑んだ。


「私と恋人のラウが今回の司会を担当することになっている。これから何度も顔を合わせることになるから仲良くやろう」


 ラウと呼ばれた少女は笑みを浮かべて会釈した。


「さて、知っているかもしれないがこれから行う審査について説明だ」


 三本指を立てるとイセラは話を続けた。


「まずは今日だ。形式ばった質問に答えてもらって、君らの似顔絵と共に学内新聞に掲示する」


 イセラは指を一つ折った。


「次に降臨祭の一週間前に制服を着たお披露目会がある。そして、降臨祭の当日にドレスを着てもらって投票という流れだ。さあ、ちゃっちゃと済ませよう」

「もうイセラったら」

「そう言うなよ、ラウ。私はできれば司会なんてしたくなかったんだ。賭ける側にいた方が楽しいさ」

「こら、みんながいる前で」

「いいんだよ。みんな、私がものぐさなことは知っているしな。ったくリーリエが受ければよかったのに」


 イセラが話を脱線させていくので、長机に座っている二人とインタビューをしなければならないパルレは困った顔をしていた。

 仕方なくトオルは手を挙げると、ラウが目を丸くした。


「何か質問?」

「はい。その優勝賞品とかあるんですか?」


 パルレを除く全員が信じられないという目でトオルを見ていた。

 やや遅れて、ラウが口を開いた。


「神様の元でお祈りできるの」


 また神様かとトオルは霹靂としつつ、嬉しそうな顔をして驚いておいた。

 それがこの世界ではスタンダードなのだ。


「じゃあ、質問を始めますね」

「ああ、そうしてくれ」


 パルレがノートを持って前に出た。

 質問文は決まっていて、名前と学年、自分の魅力的だと思う部分、この選考に対する意気込みを尋ねられた。

 初めの三人は魅力的な部分に髪だとか笑顔だとか言い、意気込みは推薦してくれた人たちのために頑張るといったような趣旨の事を口にした。

 トオルも似たような文面にしようと決め、退屈が顔に出ないようにする。


「学年とお名前をお願いします」

「他の方々と違って今さら言うまでもないでしょうけど」


 おかしなことを言うので、トオルは質問されている相手を注視した。

 隣に座っていた金髪の少女だ。髪はストレートで短く、背が平均よりやや高い。体は折れそうなほど華奢だった。

 イセラとラウがキスをしていた時はトオルと同じく騒いでいなかったので、大人しい人なのかと思ったがそうではないようだ。


「高等部二年のルシル・ラーチ」


 高圧的な言い方が似合う冷たい目をしていた。

 他の参加者のことをトオルは知らなかったが、ルシルの事だけは知っていた。

 以前、学内一の美人は誰だというランキングでトオルは彼女に負け三位だったのだ。

 そして、この学園で同性愛が許されている二人のうちの一人。

 片方のイセラはラウという相手がいるが、ルシルにはいないという噂だった。

 確かに超有名人なのは間違いない。


「自分の魅力的だと思う部分は?」

「全てね」

「意気込みは?」

「意気込むも何も勝つのは私よね」


 トオルはルシルに感心していた。彼が見習いたいほどの強気っぷりだったからだ。

 ルシルは答えたあと、トオルを一瞥して鼻で笑った。

 特に気にせずどういう意図だったのだろうと考えていると、パルレが少しルシルへの敵意を目に秘めていたので笑ってしまう。

 自分のことを思ってくれていることがトオルは嬉しかったし、そのことに応えたいと思った。

 パルレは他の参加者と同じトーンで質問した。


「お名前と学年をお願いします」

「中等部三年のトオルです」

「自分の魅力的だと思う部分は?」

「容姿に自信がないので、消去法になってしまうのですが心でしょうか」

「意気込みは?」

「戦うからには負けたくはありませんね。勝つだけです」


 わざとルシルを見てトオルは言った。

 パルレの前で売られた喧嘩なら買おうではないか。


 トオルはインタビューが終わり、講義へ向かう。

 中に入ると、いつも座っている前の座席からリーリエが手を振ってきた。


「天使選考おめでとう、トオル」

「何が何だかと驚かされています。こんな催しがあるんですね」

「だろうね。私もそうだった」

「殿堂入りですもんね」

「それは言わないでくれ」


 照れたリーリエは首を揉んだ。

 リーリエは本来参加条件がない中等部に入る前に優勝している。

 何も知らなかったトオルよりも、自分は絶対に参加することがないと思っていた少女が当日参加させられた方が驚きは大きいだろう。

 頼まれたら断りにくいリーリエ、それも恐らく面識がない年上の学生に頼まれたのだ。

 トオルはリーリエの想像した境遇をなぞっていていたが、目の前に本人がいるのだから聞いてみればいいのだと思いついた。


「聞きましたけど、どうしてここに来る前に参加することになったんですか?」

「代理だよ。当日に一人の生徒が急病でね。そこにジョゼットお姉様が来年参加することになるのだからって無理やり。急病の生徒と背丈が近かったから衣装のサイズもあってね」


 目頭を押さえてリーリエが言った。心底疲れたという様子を前面に出すのは彼女にしては珍しい。


「どんなことをしたんですか」

「それは」


 リーリエが顔を伏せ、言いよどんだのでトオルが繰り返す。


「それは?」

「いや、言わないぞ。秘密だ秘密」

「当時の生徒の前でやったんでしょう?」

「それとこれとは別だ」


 顔を真っ赤にしたリーリエが面白かったが、これ以上追究するのは酷だったのでトオルも黙る。よほど隠したいことなのだろう。

 元の表情に戻ったリーリエは、それにしても、と切り出した。


「天使選考に君が選ばれて、喜ばしくもあり残念でもある」

「残念ですか?」


 気づけば口にしていたようで、リーリエは口元を手で押さえた。


「私にとってということだよ。ほら、天使選考は降臨祭の日にあるだろう。着替えなどがあって忙しいから、時間がないだろうなって」


 降臨祭を一緒に過ごすという話だ。

 手紙をもらった相手と一緒に過ごすという風習があり、トオルはリーリエとパルレのダブルブッキングに困っていた。

 が、今それを回避する策がリーリエの口から語られた。

 降臨祭の忙しさを言い訳にできる、と。


「もし少しでも時間があれば、私のことを思い出してほしいかな」


 悲しそうな顔で言ったリーリエだったが、トオルはにやけてしまいそうだった。


「もちろんです」


 神妙な表情を浮かべたトオルだったが、内心はしめたという気持ちでいっぱいだった。

 これで大きな問題が回避できた。

 天使選考面倒だと思っていたが、一時間も経たずにやったぜと思う現金な奴だった。



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