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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
一章-プロローグ
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七話-狙うは玉の輿


 木製の汚い椅子と机しかない古いタウンハウスの一室に、二人の人影があった。一人は椅子に足を組んで座り、もう一人は地面に膝をついている。見ただけで力関係がわかる構図だ。

 だが、その二人の姿をよく見れば疑問を浮かべるだろう。

 椅子に座る人影は僅かに乳房が膨らんできたまだ幼さを残した少女で、格好がとにかく汚い。衛生的という意味ではもちろんのこと、着ている服はボロボロの布切れで、靴は履いておらず足が黒い。

 一方、地面に膝をつく人影は妙齢の女性だ。美しく年を重ねてきたのだと思わせる風格と気品を感じさせる。自身に似合ったセンスが良く、サイズがぴったりあった服を着ている。

 外見だけで判断するなら、この状況の間反対の結果が出るはずだった。


「それで用意はできたのか、ステラ?」


 少女は不遜な態度で女性、ステラに言った。


「はい、トオル様。全ての準備が整いました」


 ステラは少女、トオルを熱っぽい視線で見つめるが、目が合うことはなかった。

 しかし、そのことで淋しげな表情を浮かべることはあっても、怒るようなことはない。あくまで隷属の関係であることが伺える。


「それじゃあ、例の物もあるんだな」


 この部屋に入って、初めてトオルがステラの方を向いた。

 ステラは顔を紅潮させ素早く背に置いてあった包みを取り出し、トオルの方へ恭しく差し出した。

 トオルはそれを受け取り、綺麗な包装を雑に破って中身を確認する。

 その間、ステラは包みを渡す際に、トオルの汚れた手が僅かに触れた指先を愛おしげに撫で虚ろな目をしていた。

 包みの中身は制服だった。トオルのサイズに合わせた特注品である。

 エニティンとの一件があってから、早半年、ようやく計画が始動する。


「ファンタジーというより、お嬢様学校だからか?」


 黒を基調とした長いドレスに紫色のレース状の上着が制服の全てだった。東京で着ていたら学生ではなくコスプレだと思われるな、と少女は思った。

 ここはトオルが生きていた日本ではない。

 神が視認できるメリド大陸。ここでも学生は制服を着るというのが常識になっていた。

 トオルは思わず笑う。転生してから苦労の連続だったが、ようやく大きなチャンスが巡ってきたのだ。

 訝しげなステラの視線に気づいて、トオルは表情を戻した。


「ご苦労。服が汚れてしまうから、持っていてくれ」

「畏まりました」


 ステラは丁寧に制服を畳んで包みに入れた。


「やっとだ。やっと、俺はスラムから出られる。勝負の始まりだ」


 トオルは汚らしい部屋を眺め、しみじみと言った。ステラはその言葉に反応しない。なぜなら、この不可解な言葉を呟くのはトオルの癖だからである。

 かなり高等な学問を学んだステラだったが、トオルの発言が理解できないことが時折あった。


「ステラ」


 トオルが優しげに、ステラの名を呼ぶ。

 ステラは満面に喜色を浮かべ、はい、と返事をした。

 これは二人の合図だった。これから、報酬の支払いが行われる。


「今日はうんと優しく、狂うほど激しく、長い時間たっぷりと付き合ってやる。ほら、ステラ、何をして欲しい? いや、何がしたい?」


 トオルがステラの頬から顎にかけてそっと撫でながら、五本の指で一回一回、唇の端に引っ掛けるように触れた。

 それだけでステラは呼吸を荒くし、心身のスイッチを入れる。

 羞恥はない。全てはこのためにあったのだから。

 そうステラに思わせるほど、トオルは彼女を手懐けていた。

 身分や年の差という壁は、熱に溶かされた。

 汚らしいタウンハウスとそれなりに釣り合った乱れた嬌声が響く。

 トオルはそれを耳にしながらも、冷めきった心で強く呟いた。


「狙うぜ、玉の輿」


 スラムからの脱却。

 あてに出来ない安寧よりも、危険だとしても富を優先する博打。

 それは彼がネメスで『悪魔の子』と迫害される両性具有だからこその勝負。見つかればすぐにひっ捕らえられる存在だった。

 だからこそ、スラムの支配者であるステラを蕩かした所で、安心はできない。彼女の地位は不安定だ。無法地帯のスラムでは玉座は崖の上にあるようなものである。いつ襲われるかわからないし、貴族に叶うほどの権力でもない。

 トオルが『悪魔の子』だと知れ渡っても守り切れるほどの力がステラ・ハイフにはない。そして、彼女がトオルに魅了されているのも絶対的なものではない。

 だから、トオルは上を目指す。やる事は変わらない。


「トオル様」


 トオルの手技で弄ばされていたステラが、トオルに抱き付き唇を押しつけてきた。

 それにトオルは応じつつ、唾液を流し込む事を忘れない。

 彼に神様から加護が与えられることはなかったが、よくわからない能力が備わっている。

 それがキスの魔力。トオルの唾液を摂取した相手は、彼のことを良く思ってしまう。この力で、バイル学園にいる貴族の卵たちを騙して、キスして、蕩かすのだ。

旧バージョンのプロローグです。新規要素が少なく、ずっと読んで下さっている方は申し訳ございません。


進捗報告ですが、まだ毎日更新に間に合いませんでした。ですので、経過報告も兼ねて来週の八日に八話を更新します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いよいよ本格的にスタートって感じで次回も楽しみです! 早速タイトル回収もされていて今後の期待も高まります! [気になる点] リーリエなどの旧作でメインだったキャラがどんなふうに生まれ変わる…
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