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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
小話、一つ目
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六十八話-トオル菊池のレポートその二(前編)

 剣術大会を終え帰宅した翌日、トオルは甲高い声で目を覚ました。長旅だったことと、リルの襲撃のせいで寝不足だったこともありまだ眠気が消えない。

 寝ぼけながらも聞きなれない声に耳を澄ませる。よく聞けば、自分の名やリーリエの名を呼んでいるようだった。不穏なものを感じながらも朝の支度をこなす。

 支度を終えた頃には、声の主、正確には主たちの目的がわかっていた。

 今日は『楽園の日』というネメスでのイベントがあった。神々が楽園でお互いの気持ちを打ち明ける日だったらしく、それが人間にも流れたのだ。

 内容は至って簡単で、この日専用の用紙に送る相手への素直な感謝の気持ちを書いて送るというものだ。

 トオルは既に書き記してあった。これを渡すついでに、首都のお土産も持って行こうと考えている。

 もちろん、トオルの名を呼んでいるのは彼が篭絡した女の子たちではない。

 あれは恐らく、バイル学園の生徒だろう。

 そう予測をしていると、扉が慌ただしく叩かれた。


「トオル、準備ができているかい?」

「できてますよ、リーリエ」

「それはよかった。気づいているだろうけど、屋敷に学園の生徒が押し寄せていてね」

「楽園の日ですよね」

「それもあるんだが、学園では別の風習があるんだ」


 トオルはその風習とやらを知らなかったので、扉を開けリーリエに尋ねる。


「風習というと?」

「バイル学園であるお祭りを一緒に過ごさないかというものだ。今日、手紙をもらうだろう。それに返事があればその日、過ごせるというものでね」

「じゃあ、屋敷に来ているのは」

「ああ。君と、まあ私も何だが一緒に過ごしたい人たちだ」


 まるでアイドルのような話だなあ、と他人事のようにトオルは思った。


「リーリエは毎年こんな風なんですか?」

「初めてだよ。昨年までは前任の従者がね」


 リーリエは何とも言えない顔をして言葉を濁した。

 それを察して、トオルは次の話題に移す。

 

「どうします?」

「それを聞こうと思ったんだ。ルシル先輩は専用の受け取り箱を置いて入れてもらうって話だけど」

「へえ、そんなに有名なんですか。ルシルさんって」

「有名だね。私は知り合いでもあるんだ。姉が彼女と波長が似ているのか仲が良くて、その縁でね」


 リーリエの話を聞きながら、トオルは窓を見た。


「五十人はいますね」

「見える範囲、だからね。これから増えるかもしれない」


 リーリエの声にはこれからのことを思ってか疲れのようなものがあったが、嫌な雰囲気は微塵も出していなかった。

 彼女の事だ。思いを込められた手紙を箱に入れてくれ、とは言わないだろう。

 きっと、手で受け取るというに違いないとトオルは予想した。


「トオルはどうする?」


 リーリエの質問は、トオルに意思決定をさせようというものではなかった。

 今回の場合は、トオルに合わせるというものだ。

 リーリエだけ受け取って、トオルだけ箱で回収となると印象が悪いからだろう。

 まったくとトオルは心の中で愚痴る。ご主人様なのだから、ちょっとくらい偉ぶるべきだ。


「お昼前まで受け取りましょう。お昼から用事があるので、それ以降は箱にという形で」

「そうだね。一日中となると辛いものな。区切りは大事だ」


 リーリエは満足そうに頷いた。




 昼になりトオルたちは手紙の受け取りを切りあげた。

 トオルは手紙を部屋に置いてすぐに荷物をまとめ、バイル学園を目指す。まずはパルレに手紙を渡すつもりだった。

 その後、セネカに渡してスラムへ。スラムでステラとエニティンにお土産と共に渡して帰宅。そこでクロとニクル、そしてリーリエに渡すつもりであった。

 手紙は楽園の日専用の規格がある。トオルの基準で言えば、手紙というよりメッセージカードだ。デザインは様々だが、紙の大きさは決まっている。書ける量は多くなかった。

 学園の寮に行き、パルレの部屋をノックする。


「はい」


 パルレは大きな声で返事をして、足音が聞こえるほど素早く扉までやってきた。


「あ、トオルさん」


 ニコリと笑顔を浮かべるパルレ。

 彼女はいつもより濃い目に化粧をしていた。左右対称のおかっぱの髪も綺麗に整えられている。

 待っていましたと言わんばかりだ。

 トオルとしてもここまで期待してもらえると嬉しい。


「部屋に入っても?」

「もちろんです」


 トオルは中に入ると早速手紙を出した。

 時間をとってやりたいが、後がつかえているので急ぐしかない。


「ありがとうございます。その、お願いをしてもいいですか?」


 金髪を揺らして尋ねられるとトオルもいいえとは言えない。

 肯定の証に、彼女の柔らかな頬を突いてから頷いた。


「読んでもらっても?」

「いいけど、パルレも読んでね」

「あ、はい」


 パルレが赤面して目を伏せている間に、トオルは手紙を広げて読み始めた。


「いつも素晴らしい時間を過ごさせてくれてありがとう。君は大人しく冷静で博識な子だ。第一印象からそう思っていたし、今もそう思う。だけど、それだけじゃなくて意外と情熱的でボクは戸惑うことがある。その戸惑いは悪いものじゃなく心地いいものだ。これからも君の色んな顔を見ていきたい。だから、よろしくね」


 トオルは噛むことも恥ずかしがることもなくスラスラと言ってのけた。

 何度も人を口説いているので慣れてしまった。悲しい経験値である。

 もちろん、嘘は言っていない。パルレは学内に協力者が欲しいということで落した小柄な子だが、彼女の実家であるシュッフ家はネメスで数少ない他国との貿易権を持っており国内外の情報に詳しかった。特に恋愛小説を好み、トオルが知らなかったネメス特有の恋愛事情を教えてもらっている。

 手紙に書いたように、彼女は大人しく冷静で博識ながら、恋愛となるとアプローチをかけたりする。そんなプラトニックな恋愛をトオルは楽しんでいた。


「今度はパルレの番だよ」

「あう。言いだしたのは私ですもんね」


 大きく息を吸って吐いてから、パルレは手紙を広げた。


「トオルさんは華やかな方です。仕草も言動も、行動も、その全てが輝いています。物語から出てきたかのような事をさらりとやってのけるのが、私の心臓に悪いです。トオルさんのことを考えているだけで毎日が素晴らしいものに変わります。ですから、そのお礼を少しでも返せたらと思います」


 パルレは手紙を閉じた後、トオルを二度チラチラと見て視線を自分の手にやった。

 トオルはパルレに近づき、彼女の髪をゆっくりと撫でながら語りかける。


「嬉しいよ。でも、硬いね。お礼だなんてとんでもないよ。ボクとパルレはそんな関係じゃないだろう?」


 目を見ながら言うと、パルレは僅かに顔を縦に揺らした。


「さっきも言ったけれど、これからもよろしく。もっと、色んな君が見たいもんだ」


 トオルはそう言い、パルレの額に口づけをした。

 三章のプロローグ、過去話の振り返りを兼ねた小話です。

 恋愛メインの章の予定ですのでお楽しみに。


 次回は九月七日の更新予定です。

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