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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
小話、一つ目
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六十七話-セネカ・ローウェルの放課後

 講義が終わり、私が席を立つと今まで帰り支度をしていた生徒たちの手が止まりました。

 いつものことなので、気には留めず外に出ます。寮に戻るまでの間、数人の生徒とすれ違いましたが、彼女らは私が現れると端に寄ります。

 リーリエと共に勝利した剣術大会の後でコレです。それ以前は露骨な中傷も投げかけられたものでした。


「男に負けた恥さらしのくせに」


 誰かが言いましたが、誰かはわかりません。

 これぐらいの陰口ぐらいは今もあります。事実だけに反論できず、私は前を見て歩きます。

 改善されたと思うのは強がりです。正直、剣術大会に出てもコレか、と落胆すら感じます。

 リーリエが相方で、勝って当然だということ。元々トオルが出るであろうと考えられていて、彼女とリーリエの二人を見たがっていた者が多かったから私はお邪魔だったこと。この二つが原因でもあるのでしょうが。


「セネカ」


 背後から私の名を呼んだのはトオルでした。彼女は私に手を挙げると、小走りで近寄ってきました。暗めの赤髪がふわふわと揺れます。

 今年から転入してきた彼女は一見すると、可愛らしい女の子です。

 トオルが現れたことで周囲の空気が変わりました。

 リーリエ・イノの従者で、気さくで面白みがあって親しみやすい彼女は人気者でした。おまけに学業も優秀だとか。友人として人気も頷けます。


「何だか浮かない感じだね」


 どうかした、と目を丸くしながら微笑みかけてきます。

 私は頬が緩むのを感じつつ、気を引き締めます。トオルに私の悩みは話せません。これは私の問題で、私の剣が解決しなければならないものなのです。


「実は課題が」


 今日中に作成しないといけない課題があるのは事実でした。勉学は正直、苦手ですから嘘は言っていません。


「手伝おうか?」

「それなら気分転換につきあってもらっても?」

「いいよ」


 トオルは何をとは尋ねませんでした。

 荷物を寮に置いて、中庭で木剣を振るいます。

 加護を使わない剣技の応酬。鍛錬に近い遊び。トオルとは時折、こうして付き合ってもらっています。彼女の太刀筋は独特で刺激的ですし、やはりリーリエには少し頼みにくい所があります。

 いえ、どちらかというとトオルには頼みやすいのでしょう。彼女と話していると、昔に家族と話していた時のような身軽さがあるのです。

 井戸で湿らせた布で汗をぬぐいながら、私はトオルに礼を言いました。


「ありがとうございます。これで課題に励めます」

「そう? ならよかった」


 トオルは目じりを少し下げて笑います。よく笑う人ですが、彼女の表情は落ち着いていて学生さを感じられません。

 どこか飄々としていて掴みどころがなく、気づけばこちらに近づいています。

 トオルを見送ってから、部屋に戻って必要な道具を取り、学園の図書室に向かいます。

 皆、調べ物をしているため静かな空間なのですが、今日は浮ついていました。理由はすぐわかります。

 同じ方向を向いているから、そちらに目をやればいいのです。

 リーリエは本を読んでいたので、こちらからは横顔しか見えませんでした。片手でページをめくりながら、耳にかかった金髪を整えています。彼女の座る机は長机なのですが、誰も近づきません。彼女の周りには人がいませんでした。今まで何度も見てきた光景です。

 今ではリーリエと友人となりましたが、正直初めは緊張しました。大神官の娘で、さらにリーリエ自身、神に愛されている子です。親からの引継ぎではなく、神自ら彼女に神旗を与えた特例中の特例。

 初めこそトオルに失礼なことをしたから怒られるのかと身構えましたが、リーリエは優しい人でした。今でも緊張がなくなったわけではありませんが。以前のような堅さは取れました。

 リーリエは読んでいた本を閉じ、真っすぐ私を見ました。手を挙げ、隣の部屋にある談話室を指さします。


「やあ、課題かい?」

「ええ」


 談話室に入って、リーリエは私の目的を言い当てました。


「私は調べ物をしていたんだ。よければ手伝おうか?」

「いえ」


 リーリエ残念そうに唇を閉じました。容姿は大人びているのに、子供っぽい所がある人です。そして、親切。


「トオルのも断ったんです。お二人にしてもらうと、私は身に付かないから。何せ、学業は赤点ギリギリなこともあるので」


 パッと明るい顔をして、リーリエは素晴らしいことだね、なんて言います。

 他の人が言えば大袈裟に聞こえることも、リーリエに言われると照れてしまいます。


「じゃあ、頑張って。私は帰るよ」

「ええ、また」


 リーリエと別れ、私は資料を取り、談話室に戻りました。

 誰かと話すためではなく、メモを取るためです。談話室は個人用の机があるため、勉強するにもいい場所でした。

 普段の談話室はそれなりに静かです。はしゃぐような生徒はまずいません。それが今日は皆、声が弾んでいました。


「楽園の日、リーリエ様選んでくださらないかしら」

「私も崇めはするけど、そういう対象には見れないな。というか恋愛対象ってわからないし」

「ええー、誰でも?」


 私の隣の机に座る三人組の会話は筒抜けでした。

 私も恋愛なんて興味もないので気持ちはわかります。


「そうよ」

「じゃあ、目を閉じてみて」

「なによ」

「いいからいいから」

「そうそう。ケミ―の言う通り、大人しく従って触れたりしないから」

「わかったよ」

「貴方は寝ています。大きなベッドでとても心地いい」

「それで?」

「近くに熱を感じて、目を開けます。そこには女性がいて、貴方はまた眠りに戻ります」

「え、戻るの?」

「そう二度寝。……どう? あ、目を開けていいよ」

「どうって?」

「誰か想い浮かばなかった?」

「あ、顔真っ赤」

「うるさい!」


 集中できず、私は息を整えます。目を閉じ呼吸を意識する。精神統一です。

 ふと、私も考えてしまいました。目を開けると、誰かが居て、私はまた眠ってしまう。母が、姉が、兄が浮かびましたが、その次にトオルが浮かびました。


「え?」


 私が急に立ち上がったので、みんなに見られます。

 頭を下げ、まだ満足に読んでいない資料を戻しに行く振りをするのでした。

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