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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
二章-剣術大会
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六十四話-長くなるわよ

 バイル学園とネメス学園の勝負は、バイル学園の勝利で終わった。今回は連携など取らず、リーリエはシャリオと、セネカはおかっぱの子と対戦したが、どちらもバイル学園が勝った。

 彼女たちの試合が最後だったため、すぐに優勝学園への表彰式が行われる。トオルはそれを見ずに、ネメス学園の控室に向かった。

 トオルがノックをして入ってくると、シャリオは怪訝な顔をして立ちあがった。

 

「ごめん、コルトン。席を外すわね。先に見といてくれていいから」


 相方のコルトンにそう言い、シャリオは控室を出た。そのままトオルと二人して黙って、バイル学園の控室に入る。


「ご主人様の表彰式見ないわけ?」


 控室に入った途端、シャリオが言った。


「ああいうのは退屈だからね。一時間以上もあるだなんて信じられない」

「優勝者は表彰式の後、ネメスの騎士長との対戦があるから。騎士長の活躍を見るのも貴重なことなのに」


 シャリオは肩をすくめた。皮肉を言う元気はあるらしい。

 他の出場者は表彰式には出ない。一位の表彰はあっても、二位の表彰はないのだ。四組しか出ないとはいえシビアな話である。


「あくびだなんて、本当に眠そうね」


 日が昇るギリギリまでリルと戯れていたので、トオルは眠たかった。

 当分、首都に来ることもできないので念入りにしておいたのだ。

 これからは手紙で連絡を取ることになっている。リルはあまりにもトオルに従順すぎたので、適当な役割を与えないと暴走しそうだった。

 もちろん、間者との手紙なので、細心の注意を払う。

 リルへのオーダーは、これまで通り任務を続けること。そして、集めた情報をトオルに直接伝えること、とした。

 物的証拠が残らぬよう、手紙は世間話程度に留め、何かあった時だけ決められた文言で知らせる形を取っている。

 いくつかパターンを用意しており、情報をある場所に隠しただとかそういう指示もできるよう教えておいた。


「選手じゃないとやることがないしね」

「じゃあ、何をしに来たの?」

「それは」


 トオルは言い淀んだ。

 やけになったりしていないかと気になったが、それは自分のためでなくシャリオのことが気になっただけだった。

 心配だっただけなのだが、そのまま言っても通じないような気がしてトオルは黙ったままだった。


「何? 完敗だったな、って馬鹿にしにきたの?」

「いや、いい試合だったよ。謙遜じゃなく」

「そうかもね。あんたのおかげで吹っ切れたから」

「そりゃあよかった」


 トオルがそう言い黙っていると、シャリオは顔を前に出し目を細めた。


「まさか、本当に無駄話をしに来たの」

「そうだよ。これが終わったらすぐ帰るからね。シャリオと話せるうちに話したいだろ?」

「リーリエが憶測もなく、友達だなんて言えるようになったのはあんたのせいね」

「どうだろう? そういえば、リーリエ様といつ知り合ったの?」

「長くなるわよ?」

「大歓迎」


 シャリオは唇を曲げて笑った。


「リーリエの姉であるフィオーレ様がイノ家に関わりのある貴族の子供たちに礼節などを教えていたの。だから、イノ家にはリーリエと同世代の子供たちが良く集まっていたわけ。その子供たちはリーリエに親切だったわ。彼女もそのことに喜んでいた。でも、ある時気づいたのよ。それはリーリエ自身ではなく、彼女の肩書を見ていることに」


 シャリオの言葉はあらかじめ用意されていたかのようにスラスラと出てきた。


「それもそうよね。月に一度あるかないかの礼節会でしか会わないんだもの、肩書から判断するのは不思議なことじゃない。関係なんて徐々に深めるものなんだから。まあ、子供のころから大人だけでなく同年代の子にまで、そんな風にしか接してもらえなかったのは同情するわ」


 突き放したような台詞だったが、シャリオの声には隠しきれない暖かみがあった。リーリエのことを何度も考えたのだろう。

 なのに、という言葉が思わずトオルの頭をよぎってしまった。


「とにかく、子供だったリーリエは自分を見ない人々を友とは思わなかった。彼女もそういう人には外向きの態度で接し続けたから、仲良くなることもなかった。だから、彼女は貴方に会うまで、物語に書いてある友情こそが友達の全てだと思ってたんだと思う。身分を超越した関係みたいなものをね。その詳しい定義を知るために調べものをしたりして。次第にイノ家はリーリエを他人に会わせないようにしたから、その癖は拍車がかかったみたい。友という概念を膨らませすぎちゃったのよ」


 シャリオは終わり、と手を叩いた。が、トオルは追及をやめない。


「それでシャリオとの関係は?」

「やっぱり聞くのね。わかったわ」


 白々しくため息をついてから、シャリオは話し始めた。


「私もフィオーレ様の礼節会に参加していたの。そして、イノ家に仕えていた元騎士の方にリーリエと一緒に剣を習っていた。私はリーリエがイノ家の人間であることよりも先に、彼女の剣の腕に惚れたの。だから、リーリエを睨むことすらあったわ。何故、勝てないのかと思ってね。それが、リーリエにとってはよかったみたい。彼女の望む対等の関係だった。でも、私たちは友達、って言われなかったし、言えなかったのが気になってたらしいの。変な話よね。熱心に友達について勉強したからこそ、友達だと言われないと友達だと思えなかった。物語みたく何でも書いてあるわけじゃなく、本当は自然に曖昧になってるものだと知らなかった」


 昔からリーリエとシャリオはお互いを見て育った。恐らく、シャリオがリーリエのことをこれだけ話せるように、リーリエも話せるだろう、とトオルは思った。


「あんたもわかるでしょ。あの子ってば凛々しく振る舞っているくせに、いざとなったらウジウジしてるの。それでいて不器用なんだから救われないわ。自分の持っているものを誇らず、ただひた向きに進むなんてことをずっと続けられるくらいだもの。ほんと、不器用」

「そうだね。でも、私はそこが良い所だとも思うよ」

「そうね。私も今なら認められるわ。今更、というべきかしら」


 シャリオはトオルから視線を外し、拳を握りしめた。トオルは何も言わず、ただ待っている。ここで抱きしめたり、頭を撫でたりするのが恋愛ものの王道だが、シャリオに手を出す気にはなれなかった。心情的にもそうだし、トオルはリルにキスしてから能力に疑問を持っていた。好感度を増幅させる、という今までの推論を信じられなくなっていた。

 トオルが考え込むと、シャリオが謝ってきた。彼女のせいで、顔を曇らせていると勘違いしたらしい。訂正はせず、曖昧に笑っておく。


「それで、リーリエは友達になるきっかけを探してたの。その時、私が彼女に剣で勝ちたがっていると聞いて、わざと負けた。喜ばれると思って。キラキラした顔で、これで友か、なんて訊いてきたわ。当然私は怒った。こう言ったわ。あんたなんか友達じゃない、ってね。だって、そうでしょう? 私たちの間を結んでいたものを、私の思いをズタズタにしたのはあの子なんだから」


 シャリオの慟哭が響く。トオルはこれをリーリエに訊かせてやりたかった。君はこんなにも思われているんだ、と教えてやりたかった。そして、巡り合わせの悪さを憎んだ。なあ、神様、どうして見えるところにいるのに働かないんだい?


「次に会った時に訂正しようと思ったけれど、遅かった。私よりもリーリエが先に非礼を謝って、私に外向きの目をしたわ。そのことを悲しんだし、怒った。でも、私も子供だったから、今更、発言を撤回するのも嫌だった」


 リーリエが悪いだけでなく、自分も幼かった、とシャリオは非を認めている。誰かさんのために理路整然と話す準備をしていたのだ。彼女は何度もリーリエとの思い出を思い返し、後悔し、そのことを糧に剣を振るいながら。

 その想いがくるりと反転してしまったが、そのことはトオルとシャリオだけしか知らない。

 ひた向きな努力の結末が、敗北であったとしても挑み続ける。それがリーリエに見えるシャリオの姿なのだ。

 そう、シャリオは諦めていない。勝てないことであっても、諦めるつもりはないらしい。それは件の反転への負い目かもしれないし、それとは関係なく目指そうとしているのかはわからない。でも、彼女の目がまだ挑戦すると告げていた。出会った時と同じように、情熱的に。

 トオルの心配は不要なようだった。とっくに立ち直っているらしい。

 それもそうかと笑う。何せ、自分よりもしっかりとした子なのだ。


「だからこそ、勝って、仲直りしたかった」


 そう言った声は小さかった。できれば、トオルに聞かせたくなかったが、つい漏れてしまったかのような声量だった。

 トオルはわざわざ反応せず、シャリオの言葉を飲み込んだ。


「全部吐き出しちゃった。悪いわね、色々と」

「じゃあ、私たちは友達だ」

「当たり前でしょ。リーリエみたいな事、言わないでよ」


 シャリオは喉を鳴らして笑った。気さくな少女である。


「ところで、どうしてリルのことを知ってたんだ?」

「リル?」

「夜中の子だよ」


 シャリオは考え込むように黙った。


「わからないの。私がどうしてそんなことを知っているのか。昨日のリーリエの試合を見て焦って、気づけば依頼していた。リルって名前も知らなかったし、私は彼女を見た記憶は一度しかないの。というか、あの子そんなに強かったの?」


 記憶の欠落。これはリルにも共通していたことだ。催眠のようなことができる加護があるのかもしれない。

 これでリルが嘘をついていたという線は薄くなる。二人して口裏を合わせている可能性もあるが、それはそれで不自然だ。

 仮にシャリオとリルが他者に操られていたとなると、危機はまだ去っていないことになる。リーリエを、イノ家を狙う輩がいることを肝に銘じておいた。

 突如、会場が揺れるような歓声が響く。


「そろそろ、終わりみたいね」

「始まりじゃなくて?」

「違うと思うわ。毎年の恒例なのよ。騎士長が圧勝するの。リーリエであってもそれは変わらないはず」

「恐ろしい話だ」


 リーリエとセネカの力を信じ切っていただけに、トオルは騎士長の姿をゴリラか何かだとしか思えなかった。加護の関係で女性のはずなのだが、可憐なイメージは湧かない。


「じゃあ、戻るわ」


 トオルは控室でリーリエらを待つので、シャリオを控室の出口まで送り扉を開けた。が、シャリオは扉の前に立ち、すぐ外に出なかった。


「最後になって格好悪いけど、ありがとう。私は貴方に感謝しているわ」

「どういたしまして」


 そうトオルが言うと、シャリオは振り返って扉からトオルへ視線を移した。


「謙虚ね。リーリエの所が首になったなら、うちに来なさい」

「ありがとう。そうならないように努力するけどね」

「頑張りなさい。それって、結構難しいから。それじゃあ、またね」


 冗談にしては意味深な言葉をシャリオは言い残し、今度こそ控室から出て行った。

 数分して、リーリエとセネカが帰ってきたので、汗を拭うタオルと水を渡す。礼を言って椅子に座ったきり、二人の顔が険しかったので、結果はすぐわかった。

 シャリオの言っていたことは事実らしい。


「流石はネメスの騎士長ですね」

「ああ、二人がかりで簡単にあしらわれるとは」


 リーリエの言葉に、トオルは驚かないようにするので必死だった。それほど強いとなると、姿が浮かばない。やはりゴリラか?

 シャリオの話を聞いても、まさか二人がかりで負けるほどの相手だとは思っていなかった。てっきり、一人ずつ戦うものだと、トオルは思っていたのだ。

 リーリエは悔しそうであったが、どこかさっぱりとしている。勝負自体が楽しかったのだろう。

 が、セネカは吐きそうな顔をしていた。表情だけでなく、目もどんよりと曇っている。怪我をした様子はないから、よほど精神的にくる負け方をしたのだろう。


「あれが今の騎士長」


 セネカはそう言って、膝に顔を置いた。

 優勝したのに陰鬱な雰囲気のまま、ネメスを後にすることとなったバイル学園であった。

ひとまず二章が終わりました。

二月、三月は公募の小説を仕上げなければならないので、三章のスタートは四月以降になると思われます。お待たせして申し訳ありません。

進捗状況の報告も兼ねて、その間は月に一回か二回、小話を更新する予定です。

誰の話にするのかすら未定ですがお待ちください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 投稿お疲れ様です! 長いようであっという間なようで、そんな印象を抱く章でした! 新しいキャラクターもみんな魅力的で次の章も楽しみにお待ちしております! [気になる点] 少し気になったのです…
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