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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
二章-剣術大会
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五十八話-これでよかったのかなって

 パルレが案内したクレープの店は屋台のものだった。

 食べるスペースがなかったので、トオルたちは近くの広場のベンチに座って食べることにした。


「人が少ないな」


 バイルであれば広場にはいつもそれなりに人がいるものだが、首都ではちらほらといるだけだった。


「普段ならともかく、今日はお祭りですからね。みんな何かやっている所に行くんです。何の屋台も出店もない広場には寄り付きませんよ」

「街中で楽しむものなんだな」

「そうですよ闘技場だけでなく、首都の至る所で催し物が行われますから」


 ふうんと相槌を打って、トオルはクレープを食べる。

 生クリームがふんだんに使われたものだが、思ったほど甘くない。それでいてまろやかな風味がしっかり広がる。

 生地もしっかりした弾力があってよかった。パルレがオススメすることだけはある。


「そういえばさ、神様から許可をもらっている人って、バイル学園でどれくらいいるの?」

「高等部に二人ですね。一人は恋人もいて校内で最も有名なカップルでしょうね」

「もう一人は?」

「トオルさんも名前を知っていると思いますよ。ルシル・ラーチさんです」

「ああ、バイル学園の美人ってやつ」

「そうです。トオルさんを押しのけて二位だった人ですね」


 パルレが恨めしい声で言うので、トオルはにやけて歯が出てしまう。


「そんな顔をしないでください。トオルさんが負けたのは、ルシルさんが相手を決めてないからなんですから」

「相手を決める?」

「許可を得ている人から選ばれれば、その人は女性と子を成せるわけでしょう。それが自分ではと、生徒の期待を煽っているんです。色んな人にちょっかいを出しているんですよ」


 パルレの怒りは、トオルにも向けられるべきものだった。

 トオルはちょっかいどころではない。それ以上の事を何人にもしているのだ。

 黙ってこの話題をやり過ごそうと、トオルはクレープに専念する。一息に三口食べて、クレープを完食した。


「おいしかったよ」

「トオルさん」


 トオルが首を傾げていると、パルレは立ち上がってトオルの頬を吸った。


「へへ、クリームついてましたよ」


 パルレが口元をクレープで隠してはにかんだ。

 ベタな攻めだがトオルはくらっときた。

 トオルは食べ物がよく口元につくことがあった。彼が男性であった頃と違って、今は口が小さくなったことを忘れて、一口で食べようとしてしまうのだ。いつもは意識しているが、ふとした時に男性であった頃の名残が出てしまう。

 スカートを履いている時は足を閉じるだとか、髪の手入れだとかは既に体に染みついているが、食事は体が変わろうと変化ない所作のためまだ昔の名残があった。

 そんなことを考えてしまうくらいには、パルレのことを直視できないトオルだった。

 パルレという女の子は、思いの外甘え上手だった。


「トオルさんも照れたりするんですね」

「当たり前だ。幻滅した?」


 されたと思っていなかったが、冗談としてトオルは尋ねた。


「まさか。トオルさんは私の思った通りの方です」

「どんなことを思っていたの?」

「あ、ええっと」


 墓穴を掘ったという顔をするパルレが可愛らしくて、トオルはベンチを尻で移動し、わざとパルレに密着した。

 肩が触れ、頬に髪が当たる距離まで近づいて囁く。


「何?」

「従者を決める戦いの時から、軽そうだなって」

「え、軽そう?」


 思ってもみなかった答えにトオルは素で驚いた。演技ではない。

 軽そう、というのが褒め言葉には到底思えなかった。


「違いますよ。その、軽薄みたいな意味じゃないんです。ぴったり当てはまる表現が思い浮かばないのですが、近いのは飄々としているかな」

「そうなんだ」


 きっと神様を敬わず、自分本位に生きているからだろうとトオルは自身の軽さについて推測した。

 原因がそうであると知れば幻滅されるだろう。


「私の直感ですけどね。揺らぎ見の加護があるわけじゃないですし。本当に見て、そう感じたんです」


 揺らぎ見の加護というのは、人の考えていることがぼんやりとわかるという効果のものだった。

 便利そうな力なだけあって、授かっている人数は少ないらしい。

 トオルはこの加護の持ち主には会いたくなかった。やましい人間には天敵に近い存在である。


「悪口じゃなくてよかったよ」


 トオルが肩をすくめると、パルレは首を横に振った。


「まだです。この際だから全部言いますよ」


 パルレはそう言い、残ったクレープを食べきった。


「軽さは憧れというか、羨ましいという感情だったんです。いいなあって。そう思って目で追っていたら、トオルさんの目に気づいたんです」


 じっとトオルの目をパルレは見つめた。


「トオルさんのちょっと変わった青の目がね、ぞっとするような真剣さを帯びる時があるって。それからは本当に目が離せなくなって、新聞部の立場を利用してインタビューしたんです」

「それで結果はどうだったの?」

「私の目に狂いはありませんでした。それだけでなく、夢見ていたことまで叶えてもらえて」


 パルレはトオルの指先を握ってから続けた。


「いつもね、悩んでいるんです。これでよかったのかなって。付き合わせていていいのかなって」


 トオルはパルレに握られていない方の手で、彼女の手の甲を揉む。

 パルレは付き合わせていると言ったが逆だ。トオルが付き合わせている。

 少なくともトオルはそう考えている。

 許可なき恋というのは全てを失う可能性があった。トオルのように嘘ばかりで本当は何も持っていない人間は失うものがない。だが、パルレにはたくさんある。リスクは比べるまでもない。

 彼女はきっと常に不安だろう。


 が、トオルにも不安がないわけではない。魔法が解けてしまうのではないかという不安があった。

 キスのスキルは加護ではない。なので、どういう原理かわからない全く未知の力だ。効力も持続時間も不明。

 多くの人の心を奪っても不安でしかなかった。偽りの恋という脆い土台の基で生きている。

 だから、保険をかけてきた。魔法が解けても、迫害の対象である両性具有でも生きていけるように一つでも多く。上へ上へと高く。


 それでも、トオルはフェアじゃないと思った。自分の不安は大したものではないと。

 自分は能天気に何人もの女の子を口説いているだけだ。その間、パルレは怯えながら恋をしている。

 勝手な目的のために唇を奪うだけでなく、ずっと苦しめている。

 それは人の身には重たすぎるものだ。トオルの目の前にいる小さな少女は俯いていた。

 トオルは揉んでいた手をパルレの髪に移動させる。そのまま耳を撫で、顎まで動かす。

 そして、顎を上げさせ、自分の方に顔を向けさせた。

 パルレの小さな顔は涙で濡れていた。自分のために流れた涙だった。


「そんなことはないよ。本当にパルレには助けられている。君のことが好きだ」


 ベタな台詞を言うのは慣れたし、嘘をつくことも慣れていると思ったが、トオルは胸が締め付けられた。

 しかし、体は動く。パルレの涙を指で拭って、その跡を唇で触れる。

 少しでもパルレの不安が誤魔化されるようにと願うのだった。

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