五十六話-指と指を絡ませ合って
パルレに連れられ、トオルは闘技場の外に出た。
「ボクはリーリエたちと待ち合わせの時間が決まっているからよかったけど、そっちは出ていいの?」
「はい。昼の餌で連れてこられて、夜に捕獲されるんです」
「そっちも気にはなっていたけど、劇の方だよ。まだあるんだよな。もしかしてそれは見たことがあるとか?」
パルレは少し考え込んでから、首を横に振った。
「今日のメインの演者さんたちはとても有名なんです。バイルにまで遠征するようなことはなくて」
「それじゃあ劇を見よう。ボクは劇に詳しくないけれど嫌いなわけじゃないよ。むしろ物語は好きだ」
トオルは遠慮しているわけではなかった。前世では映画も見たし、漫画や小説だって読んだ。ここ最近それらに触れていなかったのは、ネメスの娯楽に触れる機会に恵まれなかっただけだ。スラムでは生きるだけで精いっぱいだった。
せっかくのパルレの楽しみを、勘違いの配慮で我慢されては申し訳ない。
「あ、そういうことじゃないんです。その、人目を気にせず外を歩けるなって。ここではバイルの生徒もいませんし」
ネメスでは神様の許可なき女性同士の恋は罰せられる可能性がある。ただの罰ではない。加護や爵位の剥奪という最底辺に近いところまで叩き落される大きな罰だ。
だから、地位のある女性はまずしない。代々築き上げた爵位がなくなってしまう恐れがあるからだ。憧れだけでそれらを破壊できる者は滅多にいない。
地位のない女性は、加護の剥奪だけで自分の身にしか罰を受けない。なので許可なき恋を育むことはあるが、それでも罰を恐れて大っぴらにはしない。加護を失うというのは、普段見下している男性以下になることを意味しているのだ。わざわざ失うようなことは誰だって避ける。
パルレは地位のある女性で噂になるだけで困るので、トオルとの関係も表面的には友達を装っていた。人目がある中でキスをしたり、そういう空気は出したりはしない。
以前、パルレは自分が罰を受ける分には構わないと言っていたが、できるだけ受けたくないというのが正確な気持ちだろう。
それは人としてごく自然な考え方だし、彼女が自分の保身だけではないことはトオルには伝わっている。好きな相手が困った事態に陥るのを見たくないのだ。
「駄目ですか?」
パルレが心配そうに、トオルを見上げた。
トオルが躊躇していると思っているのだろう。
女性同士で恋をするのが最も尊ばれる世界で、それが許可されるのは一握りの人間だけ。
許可のない人間は罰を怯えなければならない秘密の恋だった。
なので、いくら知っている人に出会う確率が少ないからといって、絶対とは限らない以上街中で恋人同士に振る舞うのは難しい。知っている人に見つからなくても、神様のおひざ元だ。バレる可能性は幾らでもある。
それらのリスクはパルレも承知しているだろう。それでも、トオルとデートをしたいと言うのだ。
トオルには家柄などないし、加護も持ち合わせていない。断る理由はどこにもなかった。
あるとすれば、嘘をついている点だ。自分が真の女性でないことを隠していることだ。
が、それは明かせられない絶対条件だ。彼は女性として生き、女性と恋をして、心を奪って安定を得るのだから。
故に微笑みを強めるしかない。
「じゃあ、思う存分楽しもう」
トオルはそう言って、パルレの手を握った。
指と指を絡ませ合って。