五十五話-お時間をもらっても?
無事勝利を収めたバイル学園だったが、その後の試合も気が抜けない。
総当たり戦のため、出場校全てと対戦することになる。相手の情報を得るのは重要なことだった。
選手には専用の控室があり、そこから試合の様子を見られる。
トオルもそこにいるものだと思っていたが、リーリエがせっかくだから闘技場を見て回ってくるといい、と勧めてくれたので闘技場内にいた。
この世界にもポップコーンがあったので、その感動からトオルはポップコーンを買いブラブラと闘技場を歩いている。
今は劇が行われていた。
砂地の上に舞台を設置し、その上で演者が劇を披露している。
それ自体は日本でも見られる光景だったが、ネメスならではのポイントが一つある。それは同じ劇を同時に前と後ろで演じている所だ。
剣術大会の後に会場整備をする暇がないから、一面でやると見えない席が発生する。それを防ぐために劇は二面でするらしい。
朗読や歌唱などであれば時折回転すればいいだけだが、劇となると装置の関係で難しいのだろう。
劇も人気の面と不人気の面、よく見える席、見えない席で値段が変わる。その辺りは日本と変わらない制度だった。
トオルは立ち見だ。選手の関係者は観客席に入る事が許されているが、席までは用意されていない。
「アルリル。貴方が好きなの」
そう叫ぶのは金髪の女性だった。今の題目はネメス神とアルリル神の恋の物語らしい。
金髪の女性がネメス神だった。
アルリル神は赤髪の女性だ。
何となく、自分とリーリエみたいだなとトオルは思った。足を止めて劇を見る。
「僕も好きだよ。ネメス」
そう言いネメス神とアルリル神は抱き合う。
その後すぐに幕が閉じ、次に開いた時にはアルリル神は無数の男に取り囲まれていた。
アルリル神が男たちにもみくちゃにされ倒れた所に、ネメス神が駆け寄る。
そして、ネメス神は泣きながら男たちを罰していく。
トオルは見るのを止めた。神様への思い入れがない男には退屈な話だった。
見ていて思ったのは一つだけ。
人が演じているせいか、復讐なんて神様も俗っぽい考え方だなと。
「トオルさん?」
後ろから声をかけられ、トオルは振り返った。
そこにいたのはパルレだった。彼女はハンカチを片手に観客席に座っていた。目元が濡れていることをトオルは指摘せず微笑む。
「パルレじゃないか。劇を見に?」
「そうです。実家に釣られたんですよ。いい席があるから首都に来いって」
「あまり来たくなかったの?」
「まあ。武官の家なので、こういう行事は見るようにって。私は剣に興味ないんですけどね。あとは挨拶回りも面倒だし」
「そういうのは疲れるだろうね」
トオルはそう言って、パルレの頭を撫でた。金髪のおかっぱ頭は毛の先までしっかり撫でられる。
「トオルさん、お時間ありますか?」
「あるよ。自由時間なんだ」
パルレが何かに誘おうとしているのをわかった上で、トオルは黙った。
後ろに回した手でハンカチをパルレが弄っているのをじっと見つめる。
緊張からか、注目される恥ずかしさからか、パルレの耳が赤くなっていく。
「じゃあ、あの、お時間をもらっても?」
「ボクの時間なら、喜んで献上するよ」
パルレは口元をハンカチで隠して笑った。