五十四話-再認識
リーリエたちの初戦の相手はキンギ学園の生徒だった。
セコンドのトオルは選手の出入り口で待機している。
リラックスしているリーリエたちとは対照的に、キンギの生徒らは完全に上がっていた。
無理もない、とトオルは思う。闘技場はかなり大きな設備だった。楕円形に広がる客席には何と五万人も収容できるらしい。その視線が自分に降り注ぐのだから、相当辛いはずだ。リーリエたちが場慣れしすぎているだけである。十代の少女がいきなり放り込まれて上がらない方が珍しい。
客の九割は女性で、高音の叫び声が闘技場を揺らす。どの学園が勝つかの賭け事が行われているそうなので、熱心に声を上げているのだろう。
剣術大会の行う日は、学園同士の対決だけが見ものではない。神官のスピーチ、有名な劇、歌の披露など試合の合間に披露される。それらの人気もあって、チケットは即完売するらしい。
長時間いることが前提なので、男性のスタッフが食事などを売ったりしていて、試合と関係なく盛り上がっている。
観客席には屋根があるので、出入り口のある客席付近は陰が出来る部分も僅かにはあった。加護などで戦うことを想定しているためか、客席と競技を行うステージは高低差がある。客のことはそれなりに配慮しているらしい。
混然とした中で、砂地の舞台には選手たちと審判を務める二名の騎士の計六名だけが立っている。
六人には容赦なく日差しが、視線が、声が注がれる。
「それでは第一試合を行う。構えて」
騎士の号令で四人は剣を構えた。ギンキの生徒は大剣を持った子と小さな剣を持った二人組だった。
敵との距離はトオルの目視では五十メートルほど離れている。剣だけの戦いでなく、加護も使われるので妥当な距離だろう。
「始め!」
合図と共に、ギンキの生徒は砂礫を射出した。
セネカは即座にリーリエの前に立ち、大きな盾を二つ出現させる。
一つを斜めに配置し、その後ろで垂直に立てた盾を置いてセネカたちは身を隠した。
前の盾で勢いを殺し、二つ目の盾で防ごうという考えだろう。
砂礫の密度を増しても、セネカの盾はびくともしない。
その強さを見て、トオルは速攻を仕掛けてよかったとセネカとの戦いを振り返った。あんな盾を幾つも出されたら対処のしようがない。
強いのはギンキの生徒もだ。砂礫を放つことのできる加護は圧倒的な破壊力はないが、かなり厄介だ。視界は悪くなるし、軽い攻撃とはいえ確実にダメージを蓄積していく。闘技場のような隠れる場所のない場合、セネカのように防ぐ手立てがなければ我慢か避けるかしか手がない。そこに他の加護が加われば対処も遅れる。
ギンキの生徒もそれが狙いのようだった。
砂礫を放っていない生徒が、大きく跳躍する。セネカたちの盾から見えぬ程度の高さまで上がると、両手で持った大剣を振りあげながら落下する。
盾で前方が見えない今、死角からの強撃。盾も砂礫は防げても、落下速度が乗った大剣の一振りは防げないだろう。
砂礫で足を止め、大剣でトドメを刺すというのがギンキの作戦らしい。
文字にするとシンプルだが、戦術としてはかなり有効だ。砂礫を浴びて平気な人間はいない。盾以外の方法で守っても、足が止まる、もしくは遅くなるのは間違いない。そこにトドメの一撃を放たれる。
トオルがリーリエたちと同じ場にいるなら、絶対に対処できない。
これが加護のない人間の限界だった。加速だけでは出来ることが知れている。あまりにも手札が少ないから、その手を十全に発揮できる舞台でしか戦えない。
トオルは自分の弱さを実感した。
が、リーリエたちの勝ちは信じている。彼女たちは自分とは違うのだ。
大剣の少女が攻撃範囲に入った瞬間、砂礫は消えた。友軍を巻きこむわけにはいかない。
「っああああああああ」
少女が大剣を振り下ろしながら叫ぶ。
渾身の一撃が盾に当たる直前、盾の中から何かが飛び出した。
それは大剣の少女の体を穿った後前方に落下し、斜めに配置した盾を蹴って砂礫を放っていた生徒に強襲する。ものの数秒だ。トオルの加速と変わらぬ、もしくはより速い。一瞬で事が済んだ。
砂礫の少女が剣を振るうよりも早く、彼女の体は吹き飛んでいった。
代わりにその場に立っていたのは金髪の少女だった。
トオルの主人であるリーリエ・イノ。彼女はその場から動かなかった。
「そこまで。勝者はバイル学園」
騎士から判定が下る。
一試合目はたった二発で勝負が決まってしまった。
剣も何もあったものではない。あまりにも圧倒的な力の差にトオルは言葉を失った。
リーリエたちが手を振ってきて、ようやく思考能力が回復する。
真っ先に思ったのはネメスという国の常識だった。
これが神様の力を得た女性と、それを持ち得ない男性の差か、と。
加護もどきを持つ自分でさえ太刀打ちできないのだから、男性ではどうしようもないだろう。
だからこそ、男性は女性に隷属するしかなかった。
今さらそんな現実をトオルは再認識するのだった。