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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
二章-剣術大会
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五十二話-自由時間

 朝からリーリエたちが大会の会場の下見に行っていた。

 選手しか入場が許されないため、トオルは自由時間ができた。ステラへのお土産も約束したし、首都も見物したかったので外をぶらぶらと歩く。ネメス神がいる塔、神殿が真ん中にあり、そこを起点に螺旋状になっている。都市の作りは変わっているが、建物はバイルのものとそう変わらない。決まりでもあるのか白がメインの建物ばかりだ。

 制服ではなく、私服で街に出ている。リーリエに与えられたドレスなので、首都で歩いていても変な目で見られることはない。

 ネメスのファッションセンスは日本とそこまで変わらない。裁縫技術が進んでいるのだろう。

 庶民の女性の私服はズボンと肌着にチェニックというスタイルが主流だが、スカートの女性もそれなりにいる。半数以下ぐらいだろうか。

 首都となると一目で違いがわかる洗練された服装の女性も多い。シャボンのような施設があるのだから高給取りがそこら中にいて当然だ。

 だが、今日は普段の服装の参考にはならないかもしれない。なぜなら、剣術大会というお祭りの前だ。ほとんどの女性が濃い目の化粧をし着飾っていた。

 人が集まる祭りごとがあるので、商人たちも盛んに商品を宣伝していた。ステラだけでなく他の面々にもプレゼントを買うつもりだったので、流行り廃りに疎いトオルにはちょうどいい。

 早速、店を覗きたいところだが、その前に両替をする必要があったので両替屋に行く。


 国から発行されているの通貨は大小の金貨と銀貨の四種類ある。小の銀貨が百枚で大に、大の銀貨が十枚で小の金貨になり、小金貨百枚で大金貨十枚だ。

 が、それだけでは細かい精算ができないので、スラムなど限定的な地域で流通している通貨も存在する。それは首都にもあった。

 首都は物価が高いが、食料品など小銀貨で買えないものもあるので、首都で流通している硬貨に両替する必要があるのだ。

 トオルの給料は小金貨一枚と大銀貨二枚で平民街の平均所得より僅かに高い。学生の身であることを考えれば破格だ。

 さらにリーリエの屋敷に住んでいるから衣食住にお金を割くことがほとんどないので、トオルは日常生活を送るだけなら給料を使う用途がなかった。その点を踏まえると、このまま働き続けるだけで小金持ちにはなれる。続られればの話だが。

 両替を済ませ早速店を見て回るが、トオルは何週もする羽目になった。あれこれ勧められるが決め手に欠ける。


「何が似合うのだろうか、というか何が喜ぶのだ?」


 女性としての生を謳歌していないので、贈り物には疎いトオルだった。

 前世は言うまでもない。

 参考にするウェブサイトなどあるわけがなく、店先で唸る。


「あら、どうかなさいました?」


 声がしたので振り返ると、シャボンで水着を売っていた店員がいた。店にいたとは少し印象が違った。半袖のジャケットと長ズボンを穿き、右手だけズボンのポケットに入れて立っている。今の方が健康的ではあるが気だるげな感じがする。


「ああ、贈り物を迷ってまして。一応、首都のお土産もかねて」

「よければお手伝いしましょうか?」


 断りの言葉が喉まで出かかって、トオルは思い直した。頼ることを恥じるより、自分の見立てで失敗する方がまずい。前世ならまず頼らなかった。しかし、自分にできないことを認める重要性をトオルはメリドで学んだのだ。ようやく学習したと言うべきかもしれないが。


「ぶらぶら見るだけのつもりで街に出てきたから。そういう趣味なんだよ。あと仕事まで時間があってさ、暇で暇で」


 トオルが言う前に、店員が舌を出して笑う。店員の時と違って親し気な口調だった。男勝りなお姉さんという感じである。トオルの好みの属性だった。しかも身の回りにいない。

 つまり、断るどころかお願いしたい。女性同士だと、そういう所で縮こまらず行動できた。


「お願いしていいですか、えっと」

「イオネだ」

「イオネさん。私はトオルです」

「トオルか。珍しい名前で忘れられそうにないね」


 イオネは短い青髪を髪を振り、手で梳かしてから歩き始め、くりくりとした大きな琥珀色の目で店先の商品を眺めている。その横顔から、本当に楽しんでいるのがわかる。

 彼女は背は高いものの体つきはどうみたって女性そのものだ。だけど、どこか男性として親近感が湧く。

 リーリエは美しくクールなので畏怖に近い強さを感じるが、イオネも同じクールだが雰囲気がどこか大雑把なものに感じるのだ。リーリエのようにきっちとした所作ではなく、だらしなくない程度に崩れているせいかもしれない。

 リーリエの場合、彼女がするから違和感がないだけであって、絵に描いたように完璧すぎる動きは他人がすれば気障だ、と思われるだろう。

 トオルを置いて店を見ていたことに気づいたのか、イオネは恥ずかしそうに笑った。その後こほんと咳払いをして、店員の時の上品な笑みを浮かべた。


「まず、贈り物をあげる相手は、どんな方ですか?」


 トオルが真っ先に思い浮かべたのはステラだった。彼女にはリクエストを聞いているが、それとは別に買って帰るつもりだった。サプライズ、プラスアルファ、そういう余分が大切である。


「黒の長髪を束ねていて。目が力強いですね。性格は生真面目というか、固いというか」


 そこまで言って、ステラもクールな女性だな、とトオルは思った。加えるなら、クロもそうである。彼女らは厳格な女性だ。

 第一印象ならセネカもそうだったが、今ではクールと言えない。彼女は子供っぽいというべきだろう。大人びた礼儀正しさも持ち合わせているが、クールではない。

 全面的に前世で言うところの女の子らしいのはニクルとパルレぐらいだ。エニティンは毛色が少し違う。


「大人の女性ってことか。スタイルは?」

「とてもいいです。背が高くて、女性らしさもバランスよく」


 ふむと口を開かずに言い、イオネは左拳を口に当て悩み始めた。右手は頑なにポケットに入れたままである。そして、店員口調でなくなっていた。

 

「定番だけど、マントはどうだ?」

「マント?」

「広げれば旗に見えるからさ。床に敷いたり、羽織ったり、用途も幅広いから貰って使えないってことも滅多にないよ」


 そこでトオルは納得した。メリドの人々は旗が好きなのだ。それは、神旗の存在が大きい。

 神旗は今ではアクセサリーとなっているが、昔は違ったらしい。昔は神に祈り、それを知らしめるため天に向かって旗を振ることで力を授かったそうだ。その名残で、神旗、と呼ぶ。今では権力の象徴のため旗、と呼ぶ説もあるそうだ。

 どう考えてもジンキは漢字の読み方をしているが、メリドの語句には英語やポルトガル語もあるので、今更日本語の音読み訓読みが出てきても不思議ではない、とトオルは無理やり納得したことにしている。どういう文化なのだろう?

 何度か湧いた疑問を考えていると、イオネが止まった。


「ここなら落ち着いた色合いの品が多いし、首都では有名な店だからピッタリじゃないかな。ネメス様が身につけられているものを売ったこともある」


 日本でなら眉唾物かもしれないと疑うが、ネメスでは不要な発想だ。神様絡みの嘘をつくことはない。実在し、罰を与えるからこそだ。


「首都らしいですね。へえ、神旗をモチーフにしたのもある」


 騎士団長に受け継がれる神旗が模様になっているマントだ。目につく所にあるから、よく売れるのだろう。

 トオルがイオネを見ると、彼女はトオルに左半身を向けて右半身を後ろにしていた。それはまるで何かを隠すような仕草だった。

 ふと、考えがよぎる。そういえば、彼女はずっと右手を隠していたようなーー。


「私はこの辺りをぶらぶらしているから中で見てきなよ。実はそれが仕事なんでね」


 イオネは左手をひらひらさせて、去っていく。やはり、右手は隠されたままだった。

 国がないころの民族が用いていたという変わった模様が特徴の布屋だった。商品と値段を見たが、悪くない。トオルは吟味し、ここでステラへのマントとクロとニクルにハンカチを購入した。

 外に出ると、イオネが壁にもたれて待っていた。ずいぶん様になる格好である。気だるさがちょうどいい。


「買えたみたいだな」

「ありがとうございます。これで終わりました」

「いやいや、トオルと遊べて楽しかったよ。いいカモフラージュにもなった。一人でいると浮くからさ」


 それじゃあ、と左手を振って去ろうとするイオネをトオルは引き留める。


「これ、お礼です」


 包みを渡すと、イオネは驚いた顔をした。


「結構です、なんて私は遠慮しないぜ?」

「どうぞ。お付き合いしてもらったんだし、私も楽しかったから」


 一緒に街を歩いて気づいたが、イオネの言葉遣いは荒かった。店員として上品に振る舞えるから、マナーはあるのだが、あくまで荒い方が素なのだろう。

 イオネが包みを開けると、彼女がキョトンとした顔をしていた。物の用途がわかっていないらしい。


「腕につけるんです。右手に」


 トオルの言葉に、イオネは目を鋭くさせる。

 包みに入っていたのはリストバンドだった。しかし、リストバンドという商品があったわけではなく、トオルが注文して作ってもらったのだ。どうやら、リストバンドという商品が存在しないようである。

 しかし、リストバンドの用途がわからなかったから、イオネがトオルを睨んだわけではない。右手に付けるという意図に対して警戒していた。

 むしろイオネの反応でこの贈り物でよかった、とトオルは思った。


「誤解ですよ。それは汗ふきです。ついでに、腕も隠せますけどね」


 イオネが頑なに腕を隠していた理由を、トオルは神旗ではないかと推測していた。

 右手を隠していたのは神旗を身に着けていたから、と考えればつじつまが合う。

 そうでなければ、腕を見られたくないのだろう。それが手なら外れだったし、単に癖でポケットに入れていたのなら意味はない。

 が、イオネの今の反応が腕を隠しているのだと教えてくれた。カマかけだ。

 トオルは警戒する。神旗を隠し、自分に接近してきた存在。何かしらの意図があると思った方が自然だ。

 本当に仕事でトオルを利用している可能性もあるが。


「こういう発想はなかったよ。礼を言う」


 イオネはポケットから右腕を出した。トオルの予想通り、細い金色の腕輪があった。神旗のアクセサリーは形状が様々なので、リストバンドは大きめの物を注文してある。イオネの神旗は女性の指の細さほどで大きくない。隠すことは間違いなくできるだろう。

 そのまま、黒色で民族模様の入ったリストバンドをつける。実際に首元を拭ってみて、イオネは鋭くしていた目を元の丸い目に戻した。


「便利なもんだ。見抜かれたのは悔しいが、得たものは大きい。トオル、本当に会えてよかった。また会うだろう。楽しみにしてる」


 その声でトオルは警戒を一段緩めた。邪気がなかったのだ。本当に仕事があったらしい。

 それでも、変わった人間であることは確かだ。神旗を隠す。それはネメスの人々にはない発想だ、とイオネは言った。なのに、彼女は隠しており、リストバンドまではめてみせた。神様から授かったものを覆っているのだ。


「私もです。素のイオネさんといると気が楽でしたし、お洒落に詳しかったから」


 そう言うと、イオネは顔を赤くした。そんな反応をすると思っていなかったので、トオルの鼓動が速まる。タイプの女性が、勝気な女の子が恥ずかしがる、というこれまた好みの仕草をしたのだから仕方ない。


「仕事の方はよかったんですか?」

「空振りだが、休暇のついでみたいなものだったしな。時間つぶしが大半だ。けれど、気軽に話せるやつもいない。んで、トオルを見かけたわけだ。これで満足か?」


 トオルは笑った。

 トオルがイオネの神旗を見抜いたように、イオネもトオルの警戒を見抜いている。


「これ以上はよそう。お互い探られたくないからな」

「ええ、それじゃあ」


 二人は別れの挨拶をして、お互い反対方向に去って行った。

 

 


 トオルはステラのリクエストにあった店を回った。日持ちをするものは先に購入し、日持ちのしないものは帰りに買うことにする。

 用も済んだので、休憩することにした。荷物を置き、噴水の縁に座ってトオルはあくびをした。疲れたし、心地よい陽気のせいで眠気が抑えきれなくなっている。おまけにここは静かだ。神殿に近いせいか、騒がしくない。黙とうをしている者もいる。

 心地いい環境だ。メリドに転生してから眠りが浅くなっているが、首都に来てからはほとんど眠れていない。リーリエと同室というのは辛いものがある。

 そのままうとうとしていると、急に歓声が聞こえてきた。

 寝ぼけたトオルの目には観衆が一ヶ所に集まっているのが見えた。百人以上はいるだろう。いくら首都とはいえ、簡単に集まる数ではない。

 眠気も覚め興味が出てきたので、トオルはそちらへ近づいていく。彼の目が捉えたのは宙に浮く人だった。

 不思議な髪と衣を着ており、目にする度、髪と衣の色が変わる。その絡繰りがプロジェクションマッピングと言われれば信じそうになるくらい幻想的な光景だった。

 その人が誰か説明されなくともトオルにはわかる。見た事もなかったが、どういうわけか理解していた。あれが神のネメスだ、と。

 神は浮かない顔で、虚空を見ていた。どこにも視点を合わさず、ただ浮いている。それが却って、神聖さを感じさせる要因になっていた。

 が、突如、ぎょろりとトオルの方に視線をやった。

 それが勘違いではない、と直感的にトオルは思った。自分は見られている。それはとてつもなく危険なことである。お前は逃げなくてはならない。捕まってしまう前に、逃げなくてはならない。

 そんな声がするほど、恐れていた。震えも止まらない。が、トオルは動けなかった。原因はわからない。でもはっきりしていることはある。こちらを見た神があまりにも美しく、その顔がリーリエと瓜二つだったことは遠目であっても断言できる。

 視線の先がトオルであると観衆が勘づく前に、幻聴が酷いトオルの気が狂ってしまう前に、神は高度を上げ神殿へと帰っていった。

 トオルはどっと疲れた。急に重力が倍になったような疲労感だった。


「美人の視線は恐ろしいもんだ」


 見惚れていたから疲れたのだ、とトオルは思っていた。

 首を回し、伸びをして宿に戻るために歩き出す。ちょうど、観衆たちも散り散りに別れ始めた。その中で一人動かない者がいる。

 人の波に逆らえば、揉みくちゃにされるのは当然だ。その人間のために誰も足を止めないので、蹴られ踏みつけられ、と散々な目にあっている。遠くともクッキリ見える赤い髪が、制服らしき服が汚れていくのが見えた。

 トオルは一旦人波に逆らわず人の少ない所に移動し、揉みくちゃにされ地面にうつ伏せに横たわっている少女の元へ行った。

 まず膝をつき、そこへ少女の頭を乗せる。トオルの方を向いた顔は、見知った顔だった。踏まれたのか汚れた真紅の髪を持つ少女、シャリオ・イグニスだ。

 呼吸は失っていない。が、これはチャンスなのでは、と思いトオルは唇を近づけていく。が、息がかかるほど近い所でシャリオは目を覚ましてしまった。


「大丈夫ですか?」


 トオルは何事もないように訊いた。昔から嘘をつくのは得意である。


「大丈夫。えっと、お祈りしていて、その後」


 シャリオは身を起こし、何やら考え事をしていた。その様子を見て、トオルは一先ず安心する。

 

「思い出せないわ。どうして、気を失っていたんだろう」

「お祈りに集中していたのでは?」

「そうなのかしら?」


 シャリオは考え事を止め、トオルの方を向き、礼をしようと頭を下げようとし、視線を合わせると叫んだ


「あ、あんた、リーリエと一緒にいた」

「はい。リーリエ様の従者のトオルと申します」


 シャボンの時点ではトオルがリーリエの何であるかシャリオもわからなかっただろう。しかし、今日は大会の会場を見に行って、リーリエとセネカの姿を見ているはずである。

 そうなれば、自然とトオルの正体がわかるはずだ。

 シャリオがリーリエと因縁があるのはわかっていたが、無関係だとはぐらかしたりした方が厄介事を招くだろう、という判断だった。

 それが良かったのかはわからない。シャリオは、口を何度も開け閉めしているだけだ。混乱しているのか、怒っているのかもわからない。

 

「新しい従者になったのね。礼を言うわトオル」


 意外にもシャリオは落ち着いた口調で言った。


「私は何もしていませんよ。駆けつけてすぐ目を覚ましたので」

「善意に感謝できないほど私は愚かではありません。それがリーリエの従者であっても変わらないわ。前回の従者と違って話ができそうだし」

「前の従者はできなかったと?」

「全くね。その従者、家柄が私と同程度だったからか強気だったのよ。お嬢様を挑発するだけなら近づくな、ってうるさくてね。もし、私が転がっていても無視してたでしょうね」


 いや蹴っていたか、とシャリオは呟く。出会い方が出会い方だったので、シャリオが茶目っ気のある少女ということにトオルは驚いて笑ってしまう。が、シャリオはそのことを咎めるようなことをしなかった。


「それにしても周りに気づかないほど熱心な祈りだったんですね。大会のことですか?」


 シャリオはギョッとした顔をして、トオルから視線を切った。


「た、他国に攻められないように、よ」


 それが明らかに嘘であったことは分かっていたが、祈り内容をの追究するほどトオルも意地汚くない。


「ジュ―ブルの動きが怪しいそうですね」

「そう、そうよ。あの小人族に襲われないようにって祈ってたの」


 メリド大陸には四つの国がある。どの国も神がおり、その名が国名となっていた。ネメス、ジュ―ブル、フォルドア、アスクである。

 ネメスと友好関係なのがアスクで、その他の国とは戦があったほど関係が悪化している。今はどこの国とも戦っていないが、近い将来どうなるのかわからない。なので、シャリオの心配はネメスの国民全員が共有していると言っていい。

 

「それは殊勝なことですね。でも、明日から試合なんですから、怪我のないようにしないと」

「それもそうね。今年で最後だから」

「最後?」

「私は神旗を持っていないからね。悔しいけど」


 剣術大会は高等部から神旗も使用していいようになる。そうなると、神旗を持っていないものは出場資格すらないのだ。奇跡的に出られたとしても、神旗を持っている相手に勝てるわけがない。


「だから、今年は絶対負けられないの」


 怒気の籠った声でシャリオは呟く。リーリエたちの気迫に負けない強さだ。

 

「頑張ってくださいね」

「あら、リーリエを応援しなくていいの?」

「もちろん、リーリエ様の勝ちを祈りますよ。ただ、結果よりも、私は試合へ真剣に向かう人々の方が素晴らしいと思うので、つい声をかけてしまいました」


 心の底からそう思っていた。何かのために努力を積み重ねられる存在。トオルが憧れるだけで、手を伸ばさなかった存在に他ならない。そう在れることが、特別なことである、と感じているのだ。

 そんなトオルをシャリオは大きな声で笑った。


「ふふ、やっぱり、前の従者よりもリーリエに向いてるわ、トオル」

「どうしてですか?」

「リーリエと同じようなセリフを言うんだもの」


 シャリオの一言はトオルの心を揺らす効果があった。

 輝かしい存在を妬ましく思っていたし、綺麗ごとではのし上がれないと他者を犠牲にし続けてきた人間が、気障な台詞を何の抵抗もなく口にしていたのだ。そのことを突きつけられた気分だった。


「彼女には敵いませんよ」

「当然よ。別格ね」


 シャリオとトオルは笑い合い、別れた。


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