五十一話-大きくならないかな
シャリオがいなくなってからも、トオルたちはまだ湯船につかっていた。
ひと悶着あったおかげで、トオルはようやくこの状況に慣れた。どうにか股間に血流を溜めなくて済んでいる。
リーリエたち以外の客も物色することができた。水着の女性が闊歩しているのだ。目の保養である。
流石はお金持ちということか、会員制のシャボンでは美人が多かった。美容に気を使っているのだろう。
それに、日本でいう温泉とネメスの公衆浴場での大きな違いがある。それはシャボンでも同様だ。
ネメスでは女性同士の恋愛が神聖なもので、ほとんどの人が憧れている。
つまり、日本でいう所の異性の目が、ネメスでは同性の目なのである。
女性は男性に見られるよりも、同性の女性に見られる方が意識してしまうのだ。
だから、垢すりは男性が行うのだろう。意識しないでいい相手に洗わせるのであれば何の気兼ねもないのだ。
同性、女性となると意識せざるを得ないのだろう。
トオルはそこまで考えて、もう一つ気づいた。
公衆浴場が裸でないのは、見られると恥ずかしいからに違いない。
女性にとって、女性こそが真の性愛の対象なのだ。
トオルは、その辺りの価値観が日本とネメスでごっちゃになっているなと自覚した。
ネメスの人らしい視点は中々身につかない。
「胸って浮くんですね」
セネカがぽつりと言った。
その目はリーリエの胸に向かっている。確かに浮いていた。
先にステラの胸で見ていなければ、危うかった。爆発していただろう。
「その胸であれだけ運動できるってどういうことですかね?」
そう言うセネカは焦点の合わない目になっていた。のぼせているわけではないらしい。
「何かと不便だよ」
「はあ」
リーリエの発言に、セネカは即座にため息で反応した。
「胸がない利点と考えていた剣の腕でさえ互角なんですよ。これでは不便な所を聞いても、共感はしませんよ。ないものの悲しみはわからないのです」
リーリエは苦笑してトオルを見た。
トオルも生憎フォローできない。彼もそれなりに胸はある。手持ち無沙汰の時、自分の胸を触る事さえあった。
だから、あるとないとでは大きく違うだろうと納得はできる。
「はあ、大きくならないかな」
セネカの願いを聞いて、トオルは笑いそうになった。馬鹿にしているのではない。可愛らしくて、微笑ましいのだ。
剣一筋と思っていた彼女も、そういう所が気になるのかと思ったのだった。
そんな話をしていると、周りから注目されていることにトオルは気づいた。可愛らしい話をしていたせいだろうか?
何故だろうかと聞き耳を立てていると、リーリエとセネカのアクセサリーだった。
湯船に入るのに、アクセサリーの類をつけるものは滅多にいない。あるとすれば結婚指輪ぐらいはあるが、それだけだ。
ただ、ごくごく少数だけ持っているアクセサリーがある。それが神旗だった。
リーリエは首に、セネカは左腕に宝石のついたアクセサリーをつけている。神旗を収納しているアクセサリーは肌身離さず持ち歩く。
神様から頂いた武具なのだ。万が一、紛失などしないよう付けておく。
今回の場合、神旗を持っているということはどこのご令嬢だろうか、という話のようだった。
神旗の有無は権力に直結する。神様に認められていないと神旗は受け取れない。
そんなものをトオルは持っていると偽ったわけだが、まだ誰にもバレていない。だが、時間の問題ではあった。
人騎も収納するとアクセサリーになる。トオルの場合指輪だ。形だけでは見分けはつかない。
しかし、神旗の総数は決まっていて、問い合わせればどこの誰が持っているか確認できるという。
嘘としては杜撰なものだ。
何もかも嘘だらけ。
だからこそ、リーリエ・イノを攻略して生活の安定を目指しているのだった。
「トオル」
「あ、はい?」
「ぼーっとしてどうしました。もうのぼせました?」
セネカが挑発的に尋ねた。
そうくるなら、とトオルも応じる。
「大丈夫だよ、大人の体だから」
そう言って湯船で胸を張る。その動きでしっかりお湯が波立った。セネカでは同じ運動でも無理だろう。
トオルは自信満々だった。自画自賛になるがメリドでの彼は中々のプロポーションである。
「言いましたね」
そう言い、セネカは立ち上がろうとしたが足を滑らせた。
今まで話していて顔を向けていたからか、トオルの方へと顔から飛び込んでくる。
トオルはどうにか上半身で受けとめた。
「あっ」
セネカの呟きの後、同じような声があちこちから聞こえる。
その理由はセネカの顔がトオルの谷間にあったからだ。
笑い話になるのではなく、恥じらいや戸惑いや後ろめたさが混じった声が皆から出ていた。
トオルはなるほどと思った。
この世界では女性同士抱き合うというのは、それなりに刺激的なことなのだな、と。
日本のネットスラングで言う所の、キマシタワーという奴だ、と。