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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
二章-剣術大会
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四十九話-公衆浴場


 トオルたちは荷物を整理し、一段落してから夕食を外で済まし、公衆浴場に向かっていた。

 トオルの足取りは重く、リーリエとセネカが五歩ほど前を歩いている。二人は談笑していて、トオルの異変には気づいていないようだった。

 ため息に近い呟きを彼はもらす。


「公衆浴場か」


 スラムでも公衆浴場はあったが、トオルはここ数年利用していなかった。なぜなら、女性らしい体つきへと変化したためである。男と偽って入ることができないからだ。

 両性具有、悪魔の子という迫害の対象であると知らしめる可能性がある。

 そうあくまで可能性だ。

 なぜなら、公衆浴場といえど日本のように裸で入るわけではないからである。

 メリドでは公衆浴場に入る際、専用の肌着――ワンピースというより浴衣のような形状の薄い服だ――を着る。そのため、可能性なのだ。隠せないわけではない。そうでなければ今回は断固拒否している。もっとも、そうした常識を知ったのはごく最近だった。スラムだけは例外だからである。金銭面の関係で肌着が買えない人がいること。買っても肌着を洗わないため、それを着ていては風呂の意味を成さなくなること。その二点から、肌着の着用はなく裸で入ってもいいため、隠すことができなかった。

 なので、トオルはステラの屋敷でわざわざ借りていたのだ。スラムの権力者は公衆浴場を使わない代わりに、豪華な風呂場を家に作ることが多かった。

 トオルはステラに出会う以前は、隠れて水を浴びをするか、わざわざ高いバイルの公衆浴場に行くしかなかった。余分なお金はなかったので、女性らしい体つきになってきてからは水浴びしかしていなかったのだ。

 つまり、トオルはまともな公衆浴場初心者というわけである。

 今まで何度も悩まされてきた風呂問題であるが、今回が一番不味い。既に断れない所まで来ている。肌着を着るので誤魔化しは効くかもしれないが、自制できる自信はなかった。何せ、リーリエの裸体が傍にあるのである。

 百パーセント避けなければならない案件ではないのが悩ましい。できるかもしれない、これが厄介だ。

 とはいえ、どう考えてもリスクが高すぎる。どうにかして断ろうと、トオルは前方を歩くリーリエとセネカに目を向けた。


「リーリエ、そんなに楽しみなんですか?」

「ああ、もちろんさ。あの宿を選んだのは予算もあるけど、浴槽がない所をわざわざ探したからね」

「どうしてですか?」

「私は首都のシャボンに入りたかったんだ。でも、宿に浴槽があるのに使わないのは申し訳ないから、初めからない所を探したのさ」

「シャボンって、有名な公衆浴場ですよね」

「そうだ。セネカもきっと気に入るよ」


 セネカと話すリーリエは鼻唄を歌うほど楽しげである。そんな様子を見ると、逃げ場がなくなったような気がしてトオルは背を丸めた。


「そういえばシャボンって、独自のルールが」

「ああ、そうだよ。セネカが思っている通りだ」

「だから、あんなものを用意させたんですね」

「驚いたかい?」

「ええ、もちろん。泳ぐのかと思いましたよ」


 やれやれ、という声でセネカは言った。全く話についていけていないトオルだったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。地獄はすぐそこにある。そして、そこに踏み込もうとしている。

 リーリエの言うシャボンに到着したトオルは、間抜けに口を開けていた。彼が想像していた公衆浴場とは全く違うし、出入り口を通過する人が見当たらない。。

 スラムやメリドにある公衆浴場はシンプルな構造の建物で、公衆浴場と書かれたデカデカとした看板があるだけだ。

 しかし、目の前にあるのはアミューズメントパークのような絢爛さで、城のような佇まいの大きい建物だった。これが公衆浴場だって?

 トオルの疑問は尤もだった。『シャボン』と書かれた看板があるだけで、どこにも公衆浴場という表記はない。建物の大きさはこの際置いておくとして、リーリエの言う通り公衆浴場ならあまりにも客入りが悪い。夕食後は公衆浴場のピーク時間なのだ。出入り口に人がいないというのはおかしな話である。

 リーリエはセネカと混乱しているトオルを入り口で待たせ、一人中に入っていく。数分して出てきたら、三つの黒い腕輪を持って来た。


「これが入場証になるから、腕につけて」


 リーリエに手渡された黒の腕輪にはワンポイント花の模様が小さく入っていた。リーリエとセネカはその模様を腕の内側に来るようにつけているので、トオルも倣う。それを付けたまま、シャボンに入っていった。

 外観が豪華なら、中も豪華である。

 床も天井も趣向を凝らしてあり、照明器具やソファなどの置物一つ一つが違和感なく配置されていた。その手のプロが時間をかけて作ったものなのは明らかだ。

 中に入り受付の所にあった注意書きによって、トオルの疑問はある程度解決された。ここは会員制の浴場だった。そんなものがこの世界にあることを知らなかったので、まだ混乱したままだが、ひとまず落ち着きを取り戻す。

 注意書きによると、会員であっても施設の全てを利用できるわけではなく、会員の階級で入れる場所の制限があるらしい。腕輪にあった模様はそれの区別で、花の模様は一番上だった。種が一番下なので、花の栄華を象徴しているのだろう。

 改めて、イノ家の大きさを知る機会になった。

 リーリエは勝手知ったるといった様子でずんずん進んでいく。分かれ道につき、そこには案内図があった。脱衣所と売店へ別れている。

 案内図によると大きな風呂自体は、湯の張ったタイプが三つ。蒸し風呂が四つあるらしい。風呂以外の施設も豊富にあり、食事施設、リラクゼーションサロン、衣類など買い物ができる場所、階級次第では宿泊も可能らしい。

 公衆浴場というより、ホテルか大型のショッピングセンターといった方がいいかもしれない。


「トオル、早く入りに行こう」


 リーリエの声がし、トオルは顔を上げた。彼が案内図をじっくり読んでいる間に、リーリエたちは脱衣所に向かっていたようである。

 目の前はもう脱衣所で、肌着を持ってきていないし、借りてもいなかった。トオルはスラムの公衆浴場しか入ったことがなかったが、肌着は白の物が多く浴衣のような服で、持っていなければ有料で脱衣所に入る前に借りると知っている。


「あの肌着は?」

「しまった。それも知らなかったか。ここは肌着ではなく、水着で入るんだ」


 リーリエが苦笑まじりにそう言った後、セネカが言葉を足す。


「一種の社交場ですからね。それも上級国民の。だから、同じものを着る気にはなれないのでしょう」


 街中でデザイン豊かな水着が売っているのをトオルも目にしたことがある。なので、この世界にも水着があることは知っていた。

 トオルが見たのはスラムの商品のものなので、きわどくそちらの方面の機能に優れたものではあったが。


「セネカには事情を話さず用意するように言っておいたし、私はもちろん持ってきている。でも、トオルには何も言わなかった。まさかシャボンを知らないとは思わなかったけれどね。日頃のお礼に水着をプレゼントしたくて黙ってたんだ。だから、トオルは買ってくるといい。会計は腕輪を見せれば済むから。ここの物は質、デザイン共によく、ここで着ても浮くことはないよ。いや、美しすぎる君には釣り合わないかもね」


 さらりとそんなことを言ってのけるリーリエにトオルは最後の抵抗をすることにした。流されるままここに来たが、逃げれるものなら逃げたい。


「従者ごときがこんな場所にいるのは――」

「主人としての甲斐性が問われてしまうよ」


 トオルが話している最中に、リーリエが言う。それはトオルの耳には死刑宣告に聞こえた。


「諦めるべきですよ、トオル。リーリエは悪戯好きなんですから、あの手この手で逃げ場は封じられます。付き合いの短い私でさえ、気づきますよ」


 セネカの諦念の笑みには、トオルも同意できる。足舐め以降、ぎこちないもののリーリエは少し強引になっていた。友達としての態度なのだろう。

 入るのは避けられないのなら、せめて着替えだけは別でしたい。着替える瞬間さえ見られなければ、水着でどうにか誤魔化せる、はずだ。肌着よりかはマシだろう。不幸中の幸いという奴である。


「なら、お言葉に甘えて選んできますね。待たせるのも申し訳ないですし、どうせなら、着替えた所を披露したいので、脱衣所の先でお待ちください」

「楽しい趣向だね。わかった、セネカと待っているよ」


 トオルは内心でガッツポーズをし、脱衣所の近くにあった水着屋に向かった。


「いらっしゃいませ」


 店に近づくと、店員が迎えてくれる。シャボンの従業員は女性しかいないらしい。受付の女性もそうだったが、水着屋の店員さんも美人だ。彼女に関しては、リーリエに引けをとらないスタイルの持ち主で、短い青髪がとても似合っていた。ネメスには多種多様な髪色の人がいるが、青色は滅多に見ない。

 店員に惚けている場合ではない、とトオルは商品を見ていく。置いてあるものはビキニが多い。メリドでも水着の造形は日本と変わらないらしい。

 トオルが選ぶ基準はボトムだ。下さえ隠せればあとはどうだっていい。

 パンツタイプのビキニが並んでいる場所を発見し、一つ一つ手に取っていく。


「これって上下で別のサイズを買うことはできますか?」

「可能ですよ。在庫がありますので、お声がけください」


 店員の女性は溌剌とした声で答えてくれたので、トオルは自分にあったサイズのトップを選んでもらう。ボトムだけ大きいのを選び、下半身に巻くとミニスカート程度の丈になるパレオも手に取る。


「試着させてもらっていいですか?」

「はい。少々お待ちくださいね」


 そういって、店員は腰につけたポーチから指輪を一つ取り出し、床に置いた。光と共に指輪は瞬く間に試着室になる。

 神旗をアクセサリーに収納していた神の技を、人間が科学で解明したためこうやって利用することが可能なのだ。人騎も同じである。といっても、それらの技術は一般的に学べはしない。ステラでさえ、メカニズムはおろか、どこで作られているかも知らなかった。ネメス神の助けと一般的には思われているらしいが、勝手に思っているだけで真相は知らないそうだ。何か不可解なことがあれば神様の仕業なのである。

 未知の技術は高価なので、試着室如きに使うのはここぐらいだろう。

 トオルが入った試着室は現代と同じようにカーテンで出入り口を隠し、中には鏡がついている。厳重にカーテンを閉め、トオルは服を脱ぎ、素早く装着していた。

 鏡を見ると、可愛らしい女の子がいた。もちろんトオルである。だが、自画自賛できる程度には可愛かった。水着を着ていると、魅力が三倍は増している気がする。どうしてフォルムだけで美しいのだろうか。

 トオルが選んだ水着は太い青色のボーダーの入った水着だった。トップは前を紐で結ぶもので、ボトムは同じ柄で少し大きめのパンツタイプだ。一見してわかることはないだろう。これに藍色のパレオ擬きを巻けば完璧だろう。


「サイズはよかったですか?」

「え、はい。ぴったりなので、このまま着て行っていいですか?」

「はい。もちろんです」

 

 トオルは試着室から出て、会計を済まそうと店員に模様が見えるよう腕輪を見せた。店員は深々とお辞儀するだけで、腕輪を取ったり、金額を読み上げることをしない。

 しばらく膠着していた二人だったが、トオルは会計は腕輪を見せれば済むから、というリーリエの言葉を思いだした。あの時は混乱していてしっかり覚えていなかった。他に手順を言っていたかどうか覚えていない。


「もしかして、会計は必要ないんですか?」

「え、あ、はい。花のお客様は館内のサービスは全て無料でお使いいただけます」


 困惑しながらも店員は笑みを忘れず、質問に答えた。

 健康的な明るい雰囲気がある。トオルはついつい口を滑らす。


「丁寧にありがとう。貴方の見立ては素晴らしい。触れてもいないのにサイズがぴったりだ」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。それではお楽しみください」


 店員は上品な笑顔で、トオルに礼をした。あしらい慣れている。

 ここで遊んでいるわけにはいかない。トオルはリーリエたちと合流するために、脱衣所に戻った。

 二章は毎日更新と告知していましたが、三日か四日ほどストップさせてください。

 というのも急な出張で駆り出され、家に帰れていないのです。病気の穴埋めで準備する間もなく、申し訳ございません。

 二日分しか予約投稿しておらず、毎日更新はひとまずこれが最後になります。二十三日か二十四日には更新再開します。

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