四十七話-酷い奴
トオルは案の定というか、いつも通りというか、夕食前までみっちりと剣を打ち合わせることになった。
リーリエとセネカが湯あみをしている間に、トオルは自室に戻った。
汗を拭くために用意されたお湯とタオルをクロが用意してくれていた。桶にバラが浮いているのが女性らしい気づかいである。食事といい、花といい、日本にあったものと同じものが存在している。不思議な感覚だった。
お湯を使う前にまずズボンを履き替える。万が一、股間にある男性器を見られたら困るからだ。
上半身だけ裸になって、桶で濡らしたタオルで身体を拭いていく。
首から、背、腹、胸の下、胸の谷間と移動した時、扉が叩かれた。
「トオル姉さま?」
「どうかした、ニクル?」
「あのお手伝いを、と」
「大丈夫、もう終わるから。今日も一人分料理が多いんだし、大変でしょ」
一度リーリエの屋敷を訪れて以来、セネカは毎日のようにやって来た。
リーリエが熱心に勧めたのもあるが、セネカも剣を打ち合わせたくて仕方ないらしい。
その後の食事やなどを初めはセネカも断っていたが、今では断ることもしなくなっている。無論、リーリエの勧めを断る方が大変だからだ。
セネカがやってくるようになって数回が経っているので、負担という負担はないことはトオルも理解している。だが、自然と遠慮していた。
そんなトオルに、ニクルは沈んだ声で返事をした。
「そうですか」
「今日は疲れたし、ニクルに肩を揉んでもらえると助かるな」
「まっさーじですね。頑張ります。入りますよ」
すぐにニクルの声は弾んだものになっていた。
あまりにわかりやすいが、トオルにとってはありがたいことだ。
入ってきたニクルは腕まくりをしていた。やる気十分と鼻息まで荒い。
トオルは手早く下着をつけ、鏡台の前に座った。
「じゃあ、よろしく」
力を抜くとニクルは親指を立てて、垂直に体重をかけて押し込んでいく。初めは弱く、徐々に強くと力加減を変える。
初めの頃は下手だったが、すぐに上達してしまった。やり方を教えたわけではなく、トオルにされたことを学習しているのだ。
「そういえば食事の用意は?」
「終わっています」
「クロは?」
「今はお姉ちゃんがリーリエ様とセネカ様のお世話を。きっと今日も長風呂でしょうね」
世間話をしているとトオルは眠たくなってきた。連日、セネカたちと剣を振るっているので疲れているらしい。
眠るわけにはいかない。万が一、秘密がバレたらという考えからだ。
寝ている間の股間というのは制御できない。
そのことを思うと眠りも浅くなっていた。
そこに疲れが加わり、とうとう眠ってしまった。
目が覚めて感じたのは温かさだった。
熱さではない。トオルはこの感じをよく知っていた。それはステラと共に寝ている時の心地よい温かさだ。人肌というのは体の内から暖かくなっていくような気が彼はしていた。
それと同じ感覚だった。
目を開けると服が見えた。膝枕をされていたらしい。見えるのはクロとニクルが着ている使用人用の服。二択だが、植物のスッとする匂いでわかる。
「お目覚めですか」
「クロか」
「はい。眠ってしまわれたので、先に夕食は済ませてしまいました」
「そうか」
それだけで話はわかった。クロはリーリエとセネカが湯あみを終えた後、夕食のためトオルを呼びに来た。
だが、トオルが眠っていたので、ニクルに料理を任せ自分はこうしていたのだろう。
クロとニクルはお互いにトオルの恋人だと思っているが、それを姉妹同士で知られぬよう釘を刺す必要はない。
神様に許可されていない恋愛は大っぴらにできないからだ。
その常識を利用して、妹からは肩を揉んでもらい、姉からは膝枕をされて甘やかされている。
全く、酷い奴だとトオルは自分を心の中で罵った。




