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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
二章-剣術大会
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四十三話-噂話

 トオルは帰ってすぐリーリエの自室に行って、剣術大会のことを切り出した。


「リーリエ様、剣術大会って」


 リーリエは勉強中だったが、突然入ってきたトオルを咎めることなく微笑んだ。 


「そういえば知らせていなかったね。私は君に出てもらいたいと思ってるんだが、どうだろう?」

「大変、光栄なことなのですが、私よりも相応しい者がいます」

「誰だい?」

 

 リーリエは特に怒った様子もなく訊いた。


「セネカ・ローウェルです。彼女の剣の腕は卓越しています。私より適任かと」

「確か、彼女の家は代々騎士の家系だからね」


 トオルは知っていましたよ、というような顔で頷く。スラムに住んでいた彼はそういう事情に疎かった。騎士の家系など当然知らない。この国に騎士団が存在しているのは知っていたが。


「でも、以外だな。君は勝負事が好きだと思っていたけれど」

「私情よりもバイル学園の勝利の方が重要です」

「残念だなあ。私は君と出たかったんだが」


 そう言われれば無下にできないのがトオルの身分であった。さて、どう切り抜けるかと思案しているとリーリエが吹き出した。


「意地悪すぎたかい? 少しは私も理解しているつもりだよ。武道に優れていながら、利口な君が文官を目指している。つまり、戦いに向いた加護をあまり持っていないということだろう。剣術大会は剣の腕だけではないからね、無理強いはしないさ。滅多にトオルが慌てないから、ついね」


 リーリエの悪戯だとわかり、トオルはホッと息をついた。

 ここまで理解を示してくれるのはもちろん、加護の検査をしないというのも珍しいことだ。主人として、従者の加護を知りたがるのは至極当然のことである。能力の把握は必須とも言えるので、しない方が可笑しいと言っていいぐらいだ。

 でも、リーリエは違った。そのおかげでキスを強行しなくていいから、丁寧に攻略できる。じっくりと毒を流し込める。恩を仇で返すとはまさにこのことだった。


 翌日の昼、中等部の掲示板に剣術大会にリーリエとセネカが出るといった紙が貼られた。

 正式に決まったので、トオルに回ってくることもない。

 そんな思いからトオルはホッとしつつ、構内を一人で歩いていた。リーリエだけその時間に講義があり、一人の時間を満喫できるのだ。

 大会の代表から外れて嬉しそうにしているわけにもいかない。一人でだからこそ、笑顔満面で歩ける。昼食後ということもあって、トオルはかなり満たされていた。心の底から微笑みが滲み出ている。


「トオル!」


 トオルはすぐに外向けの笑顔を作って、声がかけられた背の方向を向く。


「ああ、セネカ」

「どういうことだ?」


 セネカは声を荒げて、トオルに詰め寄った。

 それを見ているのがトオルだけならよかったのだが、学園の構内ではかなり目立つ。

 自然と周囲の目が集まった。


「またトオル様に詰め寄ってるわよ、セネカ」

「もしかして、代表の座って脅したんじゃ」


 ひそひそと噂話が広がっていく。

 せっかく代表でなくなったのに、面倒事ができたなとトオルはため息をついた。

 いらぬ噂が出回る事態をトオルは避けたかった。

 やましい事がたくさんある彼にとって、叩かれる機会はできるだけ減らしておきたかった。

 そのため、トオルはセネカに用事があると嘘をつき、その日の放課後話し合いの場を設けることであの場を収めた。

 セネカが何に腹を立てているのか知らずに、話し合いの場にでるほどトオルも無策で生きていける人間ではない。情報収集するぐらいにはマメな男であった。


 ニ十分ほど聞きこみをしたが、成果はないに等しかった。セネカと親しいという人間が誰も出てこなかったし、ろくに会話もしたことがない生徒が大半だった。

 皆がセネカについて口を揃えて言うのは二つ。ジュ―ブルとの国境付近にあるイリツタに住む騎士の一族ということと、剣の腕ばかり磨いていてニコリともしないということだった。

 お喋りな生徒によると、元々嫌われてはいなかったが不気味に思われてはいたらしい。

 それがリーリエの従者募集の大会の後から、態度が悪いと目がつけられ悪評が重ねられているとのことだった。

 昨日、セネカがトオルたちの講義に乗り込んでいた時も礼儀正しいとは言えない態度ではあった。誤解は招きやすいだろう。

 変な奴に目をつけられたと、トオルに同情する声が多かった。セネカの味方はいないようである。

 だが、放ってはおけない。この騒ぎでセネカが出場しないとなるとトオルに出番が回ってくるのである。

 学内の情報と言えば、聞き込みよりも有力なパルレがいる。

 それに彼女はセネカと知り合いだと口にしていたのを、トオルは覚えていた。


 パルレが何の講義を受けているのかトオルは把握していた。

 今日はもう講義がなかったので、寮に戻っているだろう。場所は以前に聞き出してある。

 そう考え部屋を訪ねると、パルレはいた。彼女は嫌な顔をせずトオルを中に入れた。噂になるのを避けるためかもしれない。彼女はそういう機転が利く。

 部屋に入ってすぐトオルは呟きをもらした。


「本が多いね」


 パルレの部屋は窓がある一面以外の三面が本棚で埋め尽くされていた。

 窓がある面に小さなクローゼットとタンス、机と化粧台がある。

 整理整頓されていて、本棚にはいくつか小さな置物や、綺麗な柄の布が敷いてあったりしていて可愛らしい部屋だった。


「どうにも捨てられない質でして。その、ご用件は?」

「セネカのことをちょっと聞きたくてさ」

「聞きました。トオルさんに詰め寄ったそうですね。彼女の友人として謝らせて下さい」

「いや、いいんだ。嫌な気持ちになったわけじゃないし」

「そうですか。悪い子じゃないんですよ、本当は。あ、どうぞ」


 パルレに勧められ、トオルは彼女と並び合ってベッドに腰かけた。


「セネカは話せば伝わる人です。冷静ですからね」

「そうみたいだね。それで、どうしてボクにはあんな風なんだろう?」

「セネカは幼いころから剣を振るっていて、相当な腕前です。ひいき目じゃないんです。剣術大会に出るのはセネカだと、彼女がトオル様に負けるまで新聞部の調査でも大多数を占めているぐらいでしたから」

「騎士の家系なんだっけ」

「ええ、以前は騎士長も務めていました。だから、剣を重く捉えているんだと思います。一戦一戦、真剣なんです。それがリーリエ様の従者を募集する大会、あれは剣術大会の相方を探す目的もあって剣で競い合う形をリーリエ様が提案されていたんですよ。そんな大事な試合でセネカは負けた。その結果を悔やんではいるでしょうけど、妬みはしていないはずです」


 パルレは親指と人差し指を擦り合わせながら言葉を探っていた。


「きっとあの戦いを大事に思っているからこそ、怒っているのではないでしょうか?」

「あの勝敗を重く受け止めているからこそ、か」


 セネカはトオルのことを認めている。そんな人間が代表の座を、負けた相手に譲るというのが我慢ならないのだろう。

 腑に落ちる説明だった。

 この件を面倒だと思っていたのが軽減される。

 話せば伝わるとパルレが言っていたし、悪いようにはならないだろうとトオルは思った。

 彼はマメでありながら、大雑把でもあった。


「ありがとう。しっかりボクの考えを伝えてくるよ」

「そうでした。どうして辞退を?」

「ああ、知らなかったんだ。その、従者募集の大会が剣術大会を見越してのものだったなんて」

「リーリエ様も大会に出る相方をとりあえず従者にして、合うかどうかを見極めるつもりだったそうですよ。大会の目的と共に公言されていたわけではありませんから、わかりませんが」

「噂だったのか」

「というか聞き耳ですね。学園長に話していたのを新聞部がちょっと。そういう加護の持ち主がいるんです」

「なるほど、話を戻すよ。ボクは武官じゃなくて文官志望なんだよ。戦いに向いた加護が少なくてね」

「そうだったんですね。それでもセネカに勝つという事は相当ですよ。文武両道とはまさにトオルさんのための言葉ですね」


 セネカに勝ったのは一度限りの不意討ちだったからなのだが、嘘だと訂正するわけにもいかない。

 トオルは曖昧に笑いながら、話題を変えるネタを探す。

 こういう時に便利なのは、相手のペースをかき乱すネタだ。


「そうだ。情報料を払わないと」

「いえ、そんな」


 パルレは首を振っていたが、途中で止めトオルをじっと見つめた。


「あっ」


 そう漏らしたのを機に、パルレの目尻が下がっていく。空腹時にご馳走の匂いを嗅いだときのような、物欲しそうな目になる。

 言葉はなく、彼女はそっと目を閉じた。

 トオルはパルレの金髪を撫で、彼女の左耳の輪郭をなぞりながら囁く。


「ついでにさ、この後のお願いの分も今支払うよ」


 そう言ってトオルはパルレの両耳を塞ぎ、唇を奪った。


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