ニ十八話-新聞部
「あの、いいですか?」
トオルが学園の構内を一人で歩いている時、声をかけられた。
足を止め、振り返るとこじんまりとした少女がいた。この学園の一年生だった。左右均等に切りそろえられた金髪のおかっぱ頭で、薄い唇を強く結んでいる。
緊張している様子だったので、トオルから微笑みかけた。
「あの、バイル学園新聞部です。学内新聞の記事にトオルさんのことを書きたいんですけど」
「そういうことか。いいよ。今なら時間があるから」
「ありがとうございます」
少女は勢いよく頭を下げた。ランドセルでも背負っていそうである。
「名前を聞いていいかい、記者さん」
「あ、パルレ・シュッフと申します」
「パルレ記者ね。じゃあ、外のベンチに行こうか」
「了解であります」
トオルたちは構内からベンチに移動した。
トオルの人気は一旦、落ち着いた。未だに話しかけられはするが、追いかけ回すほど熱心ではない。
リーリエ・イノの情報収集は結局上手くいかなかった。姉が二人いて、そのうちの一人は学生で、もう一人は神官であること。公にされている家族構成や、神官の長女、母親の話ばかりだ。役には立つが、目新しい情報が少なくなっている。
屋敷でもクロの攻略が進んでおらず、二の足を踏んでいた。
「あの、リーリエ様は?」
「先生と討論してるよ。次の時間は私も彼女も講義がないから」
「そうなんですね。私もないのでたっぷり取材できます」
「ところで取材って?」
「学園の有名人の方のインタビューを毎号載せているんです。今回は時の人、トオルさんです。何たって戦いに勝ったんですから」
「ジンキを使って勝っただけだからな。ちょっと卑怯だった」
「神様に与えられた力を使う事は卑怯じゃありません」
パルレは断言した。
それはトオルへの慰めなどではなく、そういうものであるという価値観だった。
ネメスではそれが当たり前なのだ。神様から力を与えられたという事は、それだけで価値のあることなのである。
「では早速、質問させてもらいます」
「どうぞ」
「あ、質問する形式があるので、答えてもらえないとわかりきっていることも質問します。なので、答えたくないものには適当に」
「わかった」
「トオルさんは神旗を使ってましたが、その誓約は?」
パルレが前置きした理由がわかった。
神旗という超常の兵器を扱うには代償が必要である。それが誓約だった。
誓約とは神様との約束事で、それを守り続けないと神旗を使う資格を失ってしまう。
それは神旗の弱点とも言えるので、公言することなどあり得ない。
「人々に感謝することだね」
「そうなんですね」
パルレはニッコリ笑った。冗談が通じたようで、トオルも笑う。
当然、人騎には誓約などない。人騎は錬金術で編まれた人工物だ。誓約などトオルには縁遠い話だった。
「剣術をなさっていたんですか?」
「少しね」
「セネカとの戦いの時に使ったのは剣術? それとも加護ですか?」
「あれは加護だね」
ふむふむと言いながら、パルレはメモを取っていた。
トオルには加護がないが、加護と似た超常の力が二つある。
一つはキスで、もう一つが加速だった。
キスは大っぴらに言えるものではないので、加速の方を見せて加護があると信じ込ませている。
検査されれば終わりなので、賢い策ではなかった。リーリエの従者になる際に、検査を求められれば強引にキスするつもりだったぐらいだ。杜撰も杜撰である。
トオルは便宜的に、自分の謎の力をスキルと名付けていた。加護と区別するためである。
それに加護ほど使い勝手がよくないという、卑屈な意味もこもっていた。
「それでもすごいですよ。あのセネカに勝つだなんて」
顔を上げてパルレが言った。これは雑談らしい。
「セネカとは知り合いなの?」
「ええ。セネカのローウェル家とうちのシュッフ家は親交があって。彼女、子供の頃から剣ばかり振るってましたから」
「そうなんだ」
「はい。あ、質問に戻りますね。えっと出身地は?」
「ここだよ」
「誕生日は?」
「三月八日」
「ありがとうございます。以上で終わりです」
トオルは笑っておいた。出身地も誕生日も嘘だ。
そのため嘘を準備しておいた。この程度であれば、寝起きでも嘘をつける。
「気さくなんですね、トオルさん」
「意外だった?」
「いいえ。その、編入生ですのでトオルさんの人柄がよくわかっていなくて」
「確かに友達もいないからなあ」
トオルは入学早々リーリエの従者となったため、友達を作ることもなかった。
スラムと違って、加護を持ち教育の行き届いている少女たちを協力者にするのも難しい。
なので、世間話程度しかしていなかった。
パルレをトオルはジッと見る。
細い体躯にも関わらず、頬などは柔らかそうだ。子供の特徴そのものである。
新聞部のパルレ・シュッフェか。協力者にするにはもってこいの人材かもしれない。トオルの勘が告げている。彼女の目からは好意の色が見えるぞ、と。
「記者さん、謝礼はないの?」
「えっと、謝礼ですか」
予期せぬ反応に戸惑っているパルレにトオルは近づく。
パルレは移動しようとするが、ベンチの手すりに阻まれた。
トオルは密着したまま、パルレに囁く。
「じゃあ、君を食べようかな。美味しそうだし」
「へっ、食べるんですか」
「うん。食べる」
トオル自身馬鹿げた台詞だと思うのだが、勢い任せにこういうことを言うと効果があると学習していた。
人として如何なものかとは思うが、相手に考える隙を与えず攻めるというのは効果的な手なのだ。
ただし、嫌悪感を与えない範囲で詰め寄らないといけない。
見た所、パルレは少しの恐怖感と期待感を抱いているようだった。冗談だろうと思っているが、何をされるのかわからないという具合だろう。悪くない反応である。
「だめ?」
「だめです。美味しくないですよ」
「じゃあ、ご飯に行くか、お茶でもしない?」
「それならどちらでも」
トオルはパルレの手を優しく、けれども確かな力を込めて握った。
「ありがとう。じゃあ、また誘いに来るよ」
「楽しみにしてます」
「私もだ」
トオルは立ち上がり、ベンチに座ったままのパルレに手を振って構内に戻っていった。
少し私生活が立て込んでいまして、次回の更新は8月の15日か16日に行います。