十八話-保持(後編)
ステラの心配は口だけのものではなかった。
トオルと一緒に菓子を食べている時も、隣で座りあっている時も、彼女の瞳はトオルをずっと観察していた。
芸術品に傷がないかを確かめるみたいに、動作の全てが淀みないか見ていた。
心配だからだけでなく、トオルの言葉を信用していないわけでもある。その見立ては正しいのだが、トオルにとっては好ましくない。
疑われて喜ぶ詐欺師はまずいないのだ。
「トオル様、本当にリーリエ様のところで働くつもりですか?」
「千載一遇のチャンスだ。逃がす手はないだろう?」
「そうです。ですが、貴方様は」
ステラの視線が落ちる。気まずくて目を伏せたのではなく、トオルの股間を注視することで言外に示している。
お前は悪魔の子じゃないか、と。
同居となれば両性具有がバレる可能性が高まる。
だからこそ、トオルは無償の学園の寮を使わなかったし、エニティンと寝ても熟睡はしないようにしていた。寝込みを襲われても逃げられるように。
トオルの秘密を知っているのはステラ・ハイフだけだ。深い接続が出来ているからといって、いつ裏切るかわからない。そんな相手に弱点を晒すような真似をトオルはしない。
ステラにはバレるバレない以前に、隠す余裕がなかった。ステラと出会った頃の彼は、キスの魔力を知らなかったからだ。彼女を信頼しているのではなく、隠せなかっただけである。
「それでも、だよ。このチャンスを」
トオルは言い訳を続けようとしたが止めた。
ステラには言い訳を重ねても意味がない。彼女は曖昧な心配ではなく、危険度を認識して口出ししている。
そもそも、トオルの実験や学園への入学などなど、不審な行動に口出ししなかった彼女が強く引き留めているのだ。ステラは聡明な人間だ。スラムで成り上がってきた経験から来る賢さを培っている。その彼女がここまで危険だと言っている。
同じ屋敷で暮らしていて、悪魔の子であることを隠し通すのは不可能だ。いつかは見つかる。ステラの言い分は正しい。
確信を持って言っていて、その確信を覆すほどの言い訳を紡げない。
「ボクには勝算があるんだよ。策は用意してある。いつまでも続けるつもりはないんだ。目的を果たすまでだよ」
トオルは正直に話した。誤魔化し続ける事はできない。
キスで黙らせるか、このまま無視するかすればよかったが、ステラの機嫌を損ねる可能性がある。本気で心配している心を蔑ろにすれば、それは火種となり得る。ステラは持ち駒の中で最も有用だ。ここで失う訳にはいかない。
今後の方針は決まりきっている。
リーリエ・イノを蕩かす。
キスの魔力という切り札があるのだ。それが活きれば勝機はある。
逆に言えば、キスの魔力を使えなければ敗北だ。
その間、秘密を隠し通さねばならない。
それが困難なことだと理解している。だから、トオルはこの場でステラに下手に言葉を重ねないし、スキンシップなどで気を紛らわせることもない。目を見て覚悟を示す。
「わかりました」
一分以上思案して、ステラは頷いた。
トオルはステラの傍により、座ったままの彼女の髪だけを持ち上げ、匂いを嗅いだ。
ハーブ系の爽やかな香りを目一杯吸い込むと、やや乱暴にステラの前髪を掻き上げさせ唇を奪う。
ステラはエニティンに比べて楽だ。彼女には特段、好みがない。格好も雑でいいし、好みがないから変に取り繕う必要もない。完全に素とは言わないが、トオルが最も肩ひじ張らずに済む相手がステラだった。
ステラの特徴は少し被虐性があるぐらいだ。粗っぽく始めればいいだけだから難しくない。
彼女の熱に合わせてギアを上げていくだけ。
まだまだ、お前は手放さないぞと、強く触れるのだった。