十六話-保持(前編)
鏡台の前で肌の色を整え、薄く口紅を塗る。
それだけでトオルの顔は美しくなる。
転生して唯一、トオルが楽しめていることが自分の容姿についてだった。鏡を見るだけで思わず見惚れてしまう美少女が現れるのだ。おまけに自分で表情を、体を動かせる。
ステラに拾われてからは衛生環境もよくなり、手入れもできるようになったので肌触りも段違いだ。
男だった頃では味わえない。
自画自賛というわけではないが、客観的に見て今のトオルはかなり可愛らしい。
学園に入学するまでステラの元で半年間、あらゆる手入れをした結果、汚れていた原石が磨かれた。
どのパーツも気に入っている。青い瞳も、暗めの赤髪も、滑らかな白い肌も、華奢な体躯、どれもがトオルの理想通りだった。
ステラやリーリエも美人だが、自分も負けていないと確信できるほどだ。
もちろん、元々綺麗なのもあるが、手入れをしている結果でもある。
そのための制限や管理、化粧をするのも、髪を巻くのも楽しい。現代で女性が美容に熱中する割合が高いのは頷ける。自分が自分の好きな姿に近づけるというのは快感だった。
準備を入念に済ませ、トオルはタウンハウスを出た。もう、スラムで暮らす事もない。感傷はなく、ようやくかと口端を吊り上げる。
巻いた髪が風に弄ばれる。せっかく整えたのにと憂鬱な気分になりながら、トオルはエニティンの元に向かう。
今日は彼女の家に招かれていた。
ドアをノックすると、エニティンがすぐに出迎えてくれた。
「可愛い」
開口一番、エニティンが言った。
トオルは軽く微笑む。まずは部屋を把握する必要があった。家の場所は知っていたが訪れた事は一度もない。いつも、密会場所は変えていた。
エニティンの部屋は楽器類が壁に綺麗に飾られているだけで、あとはベッドしかない。人を招くことが少ないのだろう。配置を確認し終えてから、口を開く。
「ありがとう」
今日のトオルは甘めの格好だった。膝丈のスカートに、タイトな肩出しのニット。靴もステラに買ってもらった値段も踵もお高いヒールだ。
キスの魔力による魅了は好意の倍加だ。よって、トオルを好きになってもらう必要がある。いくら接続が済んだ相手とはいえ、これからも駒を保持するのであれば好意を保ち続けなければならない。好意が薄れれば、接続も途切れ魅了の力は消えてしまうのだ。
そのための格好である。これはエニティンの趣味だった。
「それで今日は――」
心配そうに問うエニティンを、トオルはベッドに押し倒す。エニティンには用件を伝えていない。話があるとだけだ。
話はもちろん、リーリエの屋敷で寝泊まりする件だ。それは今までのように一日置きに会えなくなることを意味する。
エニティンにはネガティブな内容だ。だからこそ、先に蕩かしておく必要がある。
「ほら」
トオルもベッドに腰かけ、自分の膝を叩いた。
エニティンはすぐに顔を浮かして、トオルの膝に置く。
彼女はこうしたスキンシップを好んだ。胸やけするような甘い時間が好物なのである。
その間、トオルはエニティンに、好きだとか、可愛いだとか、そういう言葉を投げかけ続ける。
恥ずかしさはあるが、駒を維持するためだ。この程度で、苦にもならない。
そう、もっと自分に溺れてもらわないと。
淡々とトオルは処理していくのであった。
ようやく休みになったのですが、体調不良につき短めです。
もしかすると明日の更新も出来ないかもしれません。申し訳ありません。明後日には治っていると思います。明後日も治らない場合でも、次回分は用意できているので明後日には更新します。