十五話-君となら楽しそうだ
窮地に立たされているのに、トオルはリーリエに見惚れてしまった。
まるで創作物みたいに出るとこは出て、引っ込むところは引っ込むという抜群のプロポーション。輝きすら感じるセミロングの金髪。そして特徴的な青紫色の瞳。
その瞳が真っ直ぐ、トオルを射抜く。当てずっぽうや鎌かけなどではなく、確信を持って突きつけてきていると悟るに十分な目力だった。
見惚れている暇はない。トオルの脳裏にステラの顔が浮かぶ。驚いた彼女の顔だ。
「正気ですか?」
ステラが正しかった。
トオルは自身の誤りを認めるも後悔はしない。今すべきことはこの場を逃れることだ。思考のリソースは余計なものに回すことはできない。
と言っても、打てる手は限られている。
リーリエ・イノからトオルが武によって勝利をもぎ取るのは不可能だ。加護の有無はもちろん、リーリエは神旗を所有している。何万回やろうが、一度の勝利もない。
口で言いくるめるのも不可能だ。どのような理由をこねくり回しても、神様から与えられたものを愚弄したことは事実だからだ。
このまま諦めるか、さらに博打を重ねるかだ。
トオルの選択肢は一つ。後ろに引けぬ以上、一か八かである。切り札であるキスの魔力、これに賭けるしかない。
命令と魅了、どちらも三秒以上の口づけが必須だ。
まずは近づかないといけない。いきなり距離を詰めてもやられる。大人しく押さえつけられ油断させ、唇を奪う。武で敵わぬ以上、騙し討ちしか通用しない。
「はい」
トオルは肯定し、力を抜く。衝撃に備えられるようにしつつ、抵抗を諦める。次の一手に温存する。
しかし、リーリエは動かなかった。
彼女はソファに座ったまま、やや唇を開いたままにし、それを人差し指と中指で隠した。そのまま数秒、トオルを見つめ続け、指で隠していた口元の端が吊り上がるのが見えた。
「いいね。合格だ」
「へ?」
トオルは自分の口から間抜けな音がしても、恥じらうことすらできなかった。
それほどまでにリーリエの答えが予想だにしていないものだった。
「聞こえなかったかな。合格だよ、トオル。君となら楽しそうだ」
リーリエはそう言ってソファから腰を上げると、トオルに手を差し伸べた。
トオルも立ち上がって、その手を躊躇なく握った。リーリエの思惑を疑ったところで、どうしようもない。そんなもので怯んでいては、わかりやすい隙になるだけだ。
しっかりと握り合ってから手を離し、リーリエは立ったまま続けた。
「それじゃあ、明日から家に来てくれるか?」
「家に?」
「ああ。住み込みで頼めるかな?」
従者が住み込みで主人と四六時中一緒にいる者もいれば、そうでない者もいる。住み込みは珍しい事ではないが、トオルにとっては好都合だ。接触が増えれば、その分、チャンスは巡ってくる。
「わかりました」
トオルはにやけないよう注意しつつ返事をした。
そして、ステラとエニティンの事を考えた。これからは彼女らの所で泊まれなくなる。
二人の駒をどうするか、決断を下さなければならない。
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