十三話-思惑通り
朝から行われた試合は、日が落ちる直前まで続いた。
トオルはその全てを人気の少ない端で観察した。一回戦、二回戦まではそれなりの人数が見に来ていた。参加者だけでなく、高等部の生徒、講師、街の人々、騎士団員などなど、子供から大人までだ。
イベント事を愉しんでいる者も多いが、全員ではない。加護を用い戦う。武を重要視する職種の人々にとって、今後の有能株を確認するには持って来いのイベントなのである。スカウトのようなものだ。
だからだろう、リーリエの従者希望者は六十六人。これは中等部三年の半数以上を占める数である。既に進路が決まっているものは応募できないので、進路が決まっていないほぼ全員が参加したのだろう。それほど、リーリエの人気があるし、負けてもアピールの場になると一石二鳥だからとりあえず参加した者も多いはずだ。
一日目は三回戦がすべて消化したところで終わった。トオルは無事に勝ち進んでおり、明日の四回戦の相手はセネカ・ローウェルだ。
それも当然と言える。
トオルの戦法は全て同じだ。いきなりジンキを纏い、銃を突きつける。トオルは三回、全て一分に満たない勝負だった。
スポーツマンシップもくそもないが、この世界ではこの戦い方が称賛される。トオルを苦しめてきた歪みを利用していた。
決勝を含むと、あと三戦。だが、次の四回戦のセネカとの勝負が実質の決勝とトオルは捉えていた。
ほかの参加者は神旗を持っていないし、神旗にあらがえる技量も加護もない。
従って、敵ではなかった。
次の試合は時間の関係で、明日の昼からだ。まだ一日、時間がある。
肉体的疲労はなかったが、精神的には疲れていた。滅多に食べない砂糖菓子――この試合のために出店を出していて、そこで買った――を口にし、トオルは立ち上がる。
「毎回毎回、ハードモードは辛いっすわ」
彼はジンキで全て解決すると踏んでいた。
神旗はネメスで最高峰の兵器だ。トオルは正確な数字は知らないが、百も存在しない貴重なものとのこと。学生が所有していないと見込んでいたが、見当違いだったらしい。
一つ目の博打を打つのでさえ、かなり緊張したのだ。もしもバレれば、リーリエはおろか今後に差し支える。
まさか、さらに博打を重ねなければならないとは。
トオルは念のために、神旗を所有している場合のケースも考えてはある。
とはいえ、考えの段階だ。計画とは言い難い。成功率を上げるために、帰宅せずセネカの情報を集めることにした。
闘技場に残っている生徒たちに近づいて声をかける。
「ねえ」
「あ、トオルさん」
ある生徒がそう呟くと、彼女の近くにいた人々がトオルの方を見た。数にして七。彼女らが全員、トオルに駆け寄って来た。
万が一を警戒して、同性に近づいてこない彼女らが、だ。
それに声をかけてから気づいたが、彼女らは貴族である。
「ごめんね、少しいいかな」
トオルはにこやかに笑う。魅力的に見える笑顔の作り方は何度も練習している。
「はい、もちろん」
神旗というのは力の塊だが、神に選ばれた者という絶対的な価値がある。
ネメス神を信仰する人々にとって、その肩書はタブーすら乗り越えさせるのだ。
彼女らはまるでアイドルでも見るかのように、甘い視線を送ってくる。
キスは出来ないだろうが、スキンシップであればできそうだ。リーリエの件がなければ、チャンスとほくそ笑むのだが今は優先対象がある。
次に繋ぐために笑顔を振りまきつつ、情報を集めるのだった。
トオルは転校してきたばかりということで、変に注目を集めてしまい作業は捗らなかった。質問する前に質問されてしまうのだ。おまけに、トオルと話せると噂になって人々が集まってくるほどだ。
名字もない平民が神旗を持っているのがよほど珍しいらしい。
無理もない話だ。神旗は非常に希少なもので、一流貴族の象徴とも言える。貴族であっても全員所有しているわけではなかった。絶対数が少ない物なのである。
「女子中のノリは慣れねえな。さて、博打を打ちに行きますか」
トオルは生徒たちの輪から抜け出し、口汚い独り言をぼやきながら、唯一獲得した情報を活用することにした。
セネカは貴族だが、学園の寮住まいという情報だ。
端から神旗や加護について聞き回るつもりはなかった。そんなものを知って対応できる策はまずないし、メリドの人々は神から授かったものを吹聴するような真似はあまりしない。神聖な力を真に大切にしているからこそ、自慢の道具に使わないのである。
トオルの博打に必要な情報は相手がどこにいるかである。そして、どんな人物か。
結局聞けなかったが、聞けたとしてもそう変わらない。緻密な準備ができれば別だが、そうでなければ詐欺は勢いで行う。
寮の中でセネカの部屋を聞きだし、ノックした。
「どうぞ」
女性にしては低い声。冷たい印象を受けるが、拒むような調子ではなかった。
トオルが入ると、セネカは目を鋭くし、机に立てかけてあった剣を手に取り、いつでも抜刀できるよう構えた。
ガールズトークをしましょうという雰囲気ではない。
対戦相手が来たとはいえ、かなりの用心ぶりだ。先ほどまでチヤホヤされていたから落差も酷い。
何より、こうも警戒されていると博打が上手くいくか怪しい。動揺が顔に出ないよう意識する。
「何をしにきた?」
「少しお話を」
トオルは両腕を上げ、笑いかける。その間、横目で部屋の観察をしていたが、これといって面白いものはなかった。つまり、殺風景な部屋である。机とクローゼットにチェスト、あとはベットだけという質素ぶりだ。お貴族様が寮暮らしはそこまで珍しくないそうだが、質素にしていないのは共有しているらしい。平民の生徒がよく愚痴を話しているのを盗み聞いた。
「リーリエ様を踏み台にするのを聞いたか?」
思わぬ情報の開示にトオルは笑顔を崩さぬよう努力しながら、手を振って否定した。踏み台の件は興味深いが、すべきことがある。
初めはどうなるかと思ったが、付け入る隙はありそうだ。向こうも緊張しているのか、交渉が下手なのか、わざわざいらぬ情報を与えてきた。だったら、やりようはある。
「違います違います。提案です」
「提案?」
話が出来る相手で助かったと、トオルは弛緩した。神旗を持っていて警戒されていたら詰みだ。
「はい。今回の参加者でジンキを持つのは私たち二人だけ」
「その通りだ」
「ジンキで戦えば、間違いなく、どちらも傷つく。次の試合で使えるかどうかは怪しい。ですから、どちらもジンキを使わずに次の戦いをしませんか?」
「なるほど。良い提案だ。最大の敵を倒し、消耗した結果、他の相手に負けるというのは本末転倒だからな。私もあなたとの対戦が最大の障害だと認識していました」
セネカは構えを解き、トオルに笑いかけた。
彼女は笑っていても、二重瞼ではあるが目が鋭いままだ。辛うじて耳が隠れるほどの髪の長さで、背が低いので可愛らしく刺々しい。いつも無表情、もしくは怒っていると勘違いされそうな容姿である。
トオルもわざとらしく目を大きく開き、手を合わせてみせた。
「では?」
「ええ、その提案受けましょう」
二人はトオルが用意していた誓約書を交わした。
内容は、次の試合で両者は神旗を使わず、勝敗を決するというものだ。
トオルの思惑通り、事が運んでいた。
卑劣極まる嘘が完成してしまった。