十一話-ですって
トオルは熱気に蒸された苦しさで目を覚ます。下の中の覚醒である。体が重い。
汗でシーツが湿る程ではないが、衣服が肌に張り付いている。汗のかき始めなのだろう。汗をかいた爽快感がまるでない。
体に力を入れようとした時、背の熱さに気づいた。
「あ、起きた」
「おはよう、エニティン」
エニティンは先に起きると、抱き付いて待っている。いつものことなので、トオルが不機嫌さを顔に出すこともない。
「学園だから」
トオルはエニティンの脇腹をもみ、力が緩まった所で肘を立て立ち上がろうとする。
「くふふふ、ひひひひ、まだダメ」
エニティンは笑いながらもがき、トオルの肘を引っ張った。
トオルはすぐさま手をつくが、既に動き始めていたエニティンに背に乗られる。
彼女はそのままトオルの肩に頭から肩までべたりとくっつけ地面に押す。
エニティンは加護がない。スラムでの暮らしで身を守るため、体の扱いは上手かった。
「降参」
トオルがそう言うと、エニティンはエヘヘと笑って馬乗りになり尻を浮かす。トオルがうつ伏せから仰向けに変わると、トオルの首筋に顔を埋めた。
そのままスンスンと鼻を鳴らして嗅いでくる。時折、鎖骨に唇が当たったりしてトオルは体を震わせる。するのは慣れても、やられるのはまだ不慣れだ。
といってもエニティンの行動は性的なニュアンスは薄く、子供がじゃれている様に近かった。触れ合いが楽しいのだろう。出会って半年も経っているが、エニティンとのやり取りは微笑ましいものだ。
だから、性的に攻められるとたじろぐ。そうでない部分は無邪気で甘えんぼなのだ。親はおらず、加護なしの女性として誰にも頼れず、触れ合いに飢えているのだろう。
体力を使うものの、相手にするのに悩む必要がないのは楽ではある。聞き分けも悪くない。
時間ギリギリまでエニティンの相手をして、トオルは学園に向かった。
主目的は玉の輿であるが、講義も手は抜かない。
バイル学園では講義項目がまず二分される。文か武である。
文は読み書き計算から歴史や地理、社会制度などの知識を身につける。
武は戦闘のための講義だ。座学もあるが、ほとんどが実際に体を動かす。他国との戦争があり、現在は停戦中だがいつ再開するかわからない。予断を許さない状況である以上、軍備増強は必要不可欠であった。
トオルが重視するのは文である。加護のない彼では、武の講義は加護がないと発覚する恐れがあるし、講義が本格的な戦いになればより危険となる。リスクが多すぎるため選ばない。
文の講義を大切にするのは、知識を蓄え武器にするためだ。
ネメスから亡命も視野に入れ、他国の情報を知りたいのもある。ネメスを含め四か国あることしか知らないのだが。
それに成績が良ければ、貴族から話しかけられるだろうという打算もあった。
玉の輿への道が定まっていない以上、今出来ることをしていかねば。
トオルは実年齢がわからないのと準備に時間がかかったため編入となっている。卒業まで一年もない。
焦りが足に出て、早歩きで門を潜り校舎に向かおうとしたが、人混みで足を止める。
門を潜ると校舎につく前に、掲示板があった。何が貼られているのだろうと背伸びするが見えない。人の壁が出来ている。
いつもそれなりの人が集まっている。多くて二、三十人いる時もある。
だが、今朝はいつもの数とは比較にならない。前に進めないほど人がいて、何人か数えることもできない。
「リーリエ様が従者の募集ですって」
近づく前に誰かがそう言っていた。