終わるときは二人一緒に
脱出用宇宙船の格納庫。
そこまであと少しという所まで来た。
車両も失い、エレベーターなどの移動手段も避けて、ひたすら歩いてきた。
持っていた食料も食べきり、あとは脱出用宇宙船に備えてあるものを口にするまでお預けになる。
それでも二人は、ただひたすら歩き続けた。
幸い襲撃はなかった。
残った者達の足止めのおかげか、敵の追跡はない。
それだけが救いだった。
途中、鍵がかかった扉などが行く手を阻むが、それは携帯型コンピューターに入ってる人工知能が解除してくれた。
大がかりな事は出来ないが、扉の開閉くらいならどうにかなるようだ。
おかげで、道を塞がれる事はなかった。
そんな二人は、宇宙船の外殻沿いの部屋までやってきていた。
巨大な宇宙船のあちこちにある休憩所の一つだ。
予定通りに移住先についていたなら、ここにも再生された人々がいた事だろう。
そして、新天地に降り立つ順番を楽しみにしていたはずだ。
しかし、今ここにいるのはシュウとヒロミだけ。
予定されていた状況とはかけ離れている。
しかも、船内には敵対勢力がはびこっている。
(どうしてこうなった…………)
疲れた頭に疑問が浮かぶ。
そんなシュウの前に、星空が目に入る。
外殻沿いだけに、外の様子が見えるようになっている。
大きな窓は、さながら天然のプラネタリウムだ。
瞬くことのない星空がシュウの目に飛び込んでくる。
「きれいだね」
隣に座るヒロミが声をかけてくる。
「ああ」
短くシュウは応えた。
確かにきれいだった。
状況にかかわらず星の姿は変わらない。
「あの時みたいだ」
ふと、過去を思い出す。
地球にいた頃。
いつだったか忘れたが、同じように星を見ていたと思う。
それはどこでの事だったか。
自宅でだったか、軌道上に作られた建設基地からだったか。
それは分からない。
でも、確かにこうして星空を見ていた記憶がある。
ヒロミと並んで。
「いつだったのかな」
「なにが?」
「一緒に星を見たの。
前の人生の時にもあっただろ?」
「そうかな?
おぼえてないな。
その部分の記憶は再生されなかったのかも」
「そりゃあ残念だ。
急いでいたから仕方ないけど」
緊急再生の場合、肉体再生から記憶の移し替えまでが短時間で行われる。
その為、記憶の転写は必要な部分にだけ限られる。
こういった思い出は、必要ではないと判断されたのだろう。
「俺はおぼえてるんだけどなあ」
「えー、いいなあ」
残念そうにヒロミが言う。
「しょうがない、それは再調整の時までお預けね」
「そうだな、早くそうしたいよ」
緊急再生の時に施されなかった処理。
それを再び行う事を再調整という。
そうする事で、本来持つべき記憶や能力などを完全に備える事が出来る。
その為には、再び再生槽に入らねばならない。
この近くだと、脱出用の宇宙船の中になる。
脱出用の宇宙線は、小規模ながら人類再生に必要な機器が搭載されている。
恒星間宇宙線が故障しても、人類が他の星で復活出来るようにするためだ。
当然ながら、再生するべき者達の記憶や記録も転送されている。
それを用いて、あらためて記憶を思い出していく。
「早く思い出したいよ。
おまえと一緒にいた記憶を」
「私も。
あなたと一緒だった頃の記憶、早く取り戻したい」
今の二人には不完全な断片的な記憶しかない。
なので一緒に過ごした時間のほとんどを失っている。
それを早く取り戻したかった。
そしてまた二人で、同じように星空を見上げたかった。
同じ思い出を持つ者同士で。
例え、見上げる空の正座が違っていても。
隣にいる人は一緒なのだから。
展望室というには素っ気ない、休憩所の窓。
そこから見える星空に、二人はしばし現実を忘れた。
追跡者がいる事も。
捕まればどうなるか分からない事も。
それでも休んでるのは、体が疲れて動くことも辛くなってきたからだ。
敵の襲撃はないものの、歩きづめだ。
気持ちも張り詰めている。
そんな状態で先に進むのは不可能だった。
疲れのせいか、どうなってもいいという自棄っぱちにもなってる。
いっそ、敵に捕まっても、殺されてもかまわない。
その方が楽なのではないかと。
そう思うくらいに追い込まれていた。
ただ、それでも最後の最後まで二人でいたいとは思った。
ここで終わるにしても、最後は一緒にいたかった。
どんな終わり方になるとしてもだ。
「前世の、前の俺たちはどうだったんだろうな」
「なにが?」
「最後」
「最後って」
「最後だよ。
俺とおまえが死ぬとき。
どんな最後だったんだろう」
この状況で口にするのはどうかという発言だ。
だが、危機が迫ってるからこそ気にもなる。
「記憶は一応あるけど。
でも、全部じゃない。
最後に一緒にいたとき、俺とおまえはどんな風だったのかなって」
「そうね」
微笑みながらヒロミは応じる。
「記憶が全部戻れば分かるんでしょうね」
「ああ、そうだな」
「でも、前の人生がどうだったかが分からなくても」
「うん」
「この人生がどうなのかは分かるわよ。
ずーっと先の事だけど」
「そうだな、ずっと先だな」
寿命を考えればずっと先。
何十年と後の事になる。
「その時に、答えが分かるんじゃないかな」
「そうかな?」
「うん、たぶんだけど。
多分だけど、前と同じような最後になるんじゃないかな」
「なるほど」
同じ人間なら同じような最後を迎えるだろう。
その時に、同じような状況を再現するかもしれない。
「なら、その時に確かめるとするか」
「うん、そうしよう。
その時まで、ずーっと長生きしようね」
「ああ、もちろん」
そう言って二人は笑った。
それが望みの薄い可能性だと分かっていたから。
せめて今だけは笑っていたかった。
「それにしても……」
不思議である。
この事態はどうして起こってるのか?
計画通りに進んでいたなら、なぜこのような危険な状態になってるのか?
なんで敵対的な存在がいるのか?
そこが分からなかった。
(計画が推進されていくうちに、何か問題でも起こったのか?)
ありうる話だ。
たとえ目的が同じでも、多少の考え方の違いで摩擦が生まれる。
派閥争いなども発生していたのかもしれない。
そういった情報は残念ながら頭に入っていない。
再生後にそこまで情報を入れる余裕がなかったのか。
少なくとも個人の記憶ではないだろうから省かれたのか。
何にしても、今は想像するしかない。
それが正解なのか間違ってるのかも分からないままに。
そんな思索も強制中断される。
休憩所の扉が開き、何かが投げ込まれた。
それに対応する事も出来なかった。
瞬時にまぶしい光があたりにひろがる。
目を焼かれるようだった。
同時にすさまじい音も耳に突き刺さってくる。
それらがシュウとヒロミの意識も焼いた。
閃光手榴弾。
猛烈な閃光と音響で相手を無力化する非殺傷武器。
それが休憩所に放り込まれた。
密閉された部屋でそれを使われたら抵抗する事も出来ない。
シュウもヒロミも、神経に直接をズタズタにされるような苦痛を味わっている。
床にうずくまって、それ以上何も出来ない。
そんな二人に侵入してきた者達は、念入りにスタンガンなどを使っていく。
完全に身動きがとれなくなるのを確認していく。
その上で、手錠などで拘束していく。
猿ぐつわなどで、舌をかみ切らないようにしながら。
「ようやく捕まえられたか」
シュウを引きずりあげてる者がいらだたしさを隠さずにぼやく。
「手間かけさせやがって」
「でも、ようやくだな」
「ああ、これで最終段階だ」
シュウとヒロミを捕まえて安心してるのだろう。
襲撃者達は饒舌になっている。
その声を聞きながら、シュウは全てが終わったと感じた。
自分たちは終わりなのだろと。
同時に不思議な事に気づいた。
多少の調子の違いはある。
だが、喋ってる男達の声が気になった。
(全員……同じ声?)
似たような声質の人間が集まってるのかもしれない。
だが、それにしてもよく似ている。
目がようやく開けられるようになると、更に驚くものを見た。
自分たちを引っ張っている者達。
それらは全員同じ顔をしちた。
年齢に違いはあるが、ほぼ同じ顔立ちをしている。
(クローン?)
一人の人間を複数作った……そう思えた。
だが、何のためにそんな事をしてるのか?
それが分からなかった。
分かったとて、状況を改善する事は出来なかっただろうが。
ともあれ、こうしてシュウとヒロミは捕まった。
これをもって、恒星間宇宙線の指導部は壊滅した。
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