真相
「行ったな」
沢鳴ヨシユキはなんとはなしに口をつぶやく。
空を見上げながら。
その先に何が見えるというわけでもないのに。
だが、見つめる先にあるもの。
それを見送っていく。
「そうね」
隣にいる伴侶も頷く。
星空。
そこに夢を抱くような者達はいない。
既に未来がないのだから。
この先どんな夢をいだけば良いのか?
既に星は、地球は終わりの状態だ。
自然環境もそうだし、地下資源ももう掘り尽くした。
あとは終末がくるまで終わった世界で朽ち果てていくしかない。
残った者達はそれを覚悟していた。
あとはそれをどう迎えるかだ。
悲惨な末路をたどる前に、まだ余裕のある今のうちに自ら命を絶つか。
自殺をするだけの度胸がない者同士、互いに急所を付き合って絶命するか。
あるいは、悲惨と分かっていても最後の瞬間まで生きていくか。
どれを選んでも最悪というしかない。
ただ、そんな中でも寄り添う者と最後まで一緒にいたい。
そう願う者もいる。
そんな者達の一人である沢鳴ヨシユキは、隣にいる伴侶を抱き寄せた。
そうしてる間だけは、ほんのわずかだが安息を得られる。
相手もそう思ってるようで、ヨシユキに身を寄せる。
そうしながらも思い返す。
これまでの事を。
ヨシユキは底辺の労働者だった。
日銭を稼ぎ、ようやく暮らしていた。
いや、日銭という言い方も正確ではない。
衣食住を提供され、あとは嗜好品が少しばかり配給されるだけ。
そんな刑務所・監獄のような生活をしていた。
しかも、住居はカプセルホテル並の空間。
風呂とトイレの共有は当たり前。
食事も衣服も配給品で、選ぶ自由はない。
娯楽も提供される嗜好品だけで、それも幾つか定められたものの中から選ぶのみ。
それも菓子のようなものしかない。
タバコや酒などは一切無い。
音楽に漫画・映画などもない。
運動もない。
ただ、日々労働をするためだけに生かされている。
それは生きているだけだ。
活動や活躍、生活というものがない。
だが、それでもまだ幾らかマシではある。
こうした労働に住持できないものは、それこそ荒野に放り出されている。
水も植物も枯れ果てた砂漠の中に。
もはや食い物はそこになく、たまにふる雨で水を得るのみ。
その雨も、ほとんど降らなくなって久しい。
まとも…………とは言いがたいが、こんな最悪な環境でもまだマシなのだ。
寝て食って生きていく事だけは出来るのだから。
それに少しばかりの希望もある。
ヨシユキ達が従事してる仕事。
それは巨大な宇宙船の建造だった。
それが完成すれば、それに乗ってこの星から脱出出来る。
宇宙船に乗って、星の空の彼方に向かう事が出来る。
居住可能な星に向かい、そこで新たな人生を送る事が出来る。
その為にヨシユキ達は日々の作業にいそしんでいた。
起きてる時間をほぼ全て宇宙船建造に費やして。
一日でも、それこそ一秒でも早く完成させるために。
科学力をもってしても回復不可能なまでに壊滅した地球から逃れるために。
そんな日々がどれだけ続いてるのか。
時間の感覚さえ忘れて働いていた。
楽しみなど何にも無い日々だった。
ただ一つ、宇宙船による地球脱出。
それだけが希望だった。
それだけが楽しみだった。
船にのって星の彼方に向かう事が。
また、ヨシユキにはもう一つ心の支えがあった。
寄り添ってくれる相手だ。
同じような底辺の女。
宇宙船建造に携わってる者。
仕事で知り合い、そのまま付き合うようになった。
こんな世界であるが、一緒になった。
このご時世、結婚式を挙げるとか、役所に婚姻届を出すというわけではないが。
それでも、一緒に生きて言こうと決めた仲だ。
脱出した先にある星でも。
幸い宇宙船の建造は予定より早く進んでいった。
地球に残った資材のほとんど全てを費やしながら。
足りない部品は分子を組み替える事でまかなった。
その為に地球の大地を大きく削りもした。
ただの土塊を変換させて材料にしていった。
それが余計に地球を荒廃させていく。
だが、もうそんな事を気にしてもいられない。
どっちにしろ、地球はもう人が住める環境ではないのだから。
ならば、生き残るために材料にした方がいくらかマシである。
そうして出来上がっていく、全長5000キロの巨大宇宙船。
残った人類の全てを注ぎ込んだそれは、科学と汗の結晶だ。
それに乗り込み、地球を離れる。
その日が近づいてくる。
ヨシユキ達は自然と気分が高揚していった。
今は確かに辛く苦しい。
快適とはいいがたい。
だが、見えるところまできた終わりと、その先にある未来。
それがヨシユキ達を歓喜させていた。
「あと少しだな」
「ああ、あと少しだ」
そんな声があちこちからあがっていく。
ヨシユキだって例外ではない。
もう少しで荒野と砂漠だけの星から逃げる事が出来る。
新天地へ向かう事が出来る。
そう思うことで希望と期待がわいてきていた。
「あと少しだな」
女房ともそう話しあう」
「うん、がんばろうね」
お互い疲れて顔もしわだらけになっている。
それでも笑顔で未来について語り合う事が出来る。
そういう相手がいるというのも幸せを膨らませてくれた。
それに伴い、建造作業以外にも様々な事が行われていく。
宇宙船搭乗に共無く健康診断。
簡単な血液検査からはじまり、遺伝子情報を確かめるための口内粘膜の採取。
健康状態と体質の確認などが始まった。
長期間の宇宙飛行である。
その期間のほとんどは冷凍睡眠で過ごすことになる。
それを問題なく行うために、一人一人の体質を調べておく必要がある。
冷凍睡眠で失敗をしないために。
冷凍も解凍も問題なく行えるように。
確実に再び起き上がれるようにするために。
その為の調査が進んでいった。
それが宇宙に向けての出発を実感させていった。
そうして迎えた、宇宙船建造完了の日。
多くの作業員から歓声があがった。
みな、体力も気力も限界だった。
だが、とうとうやりとげたという達成感が勝った。
疲れも忘れて声をあげ続けた。
隣にいる者と抱き合った。
肩を組んで万歳を叫んだ。
ヨシユキも、女房と抱き合って喜んだ。
「やった、やったぞ!」
「うん!」
「これで────宇宙だ!」
「うん、うん!」
他の多くの者達と同様に、二人は喜びをかみしめた。
そして宇宙船は出発していった。
ヨシユキ達の目の前で。
多くの作業員を置いて。
地球軌道上に作られた、宇宙船の建造所から出発していった。
「…………え?」
残った者達は、呆然とその姿を見送った。
「なんで…………」
「おい、どうなってんだよ」
「俺たちはまだここにいるぞ」
「戻って、戻ってきてよ!」
悲痛な声がそこかしこから上がる。
ヨシユキはそんな元気もなく、ただ呆然としていた。
いったい何が起こったのか?
誰にも何も分からなかった。
ただ、宇宙船は出ていった。
自分たちは残ってる。
それだけは理解できた。
理解できたが納得は出来なかった。
「どうなってんだ!」
当然の疑問。
そして、当たり前の怒り。
それが渦巻いた。
説明はほどなく行われた。
宇宙船が出発して数日後。
狂乱状態になった宇宙船の建造所。
そこに設置された様々な画面に、一人の男の姿が映った。
作業員の大半が知らない顔だった。
その男の口が動く。
同時に、スピーカーから声があふれてきた。
「多くの作業員諸君」
重く、浮かない調子で男は話し始める。
「我々は諸君らをだましていた。
まず、その事を謝罪したい」
悲嘆に打ちひしがれていた労働者達。
それらが画面に目を向けていく。
「もともと、恒星間宇宙船は一部の人間だけが乗ることになっていた」
そうして始まる説明は多くの者達に衝撃を与えた。
「その一部の者達が生き残るため。
その為だけに宇宙船は建造された。
もちろん、生態系を作り上げるために、地球上のあらゆる生物の遺伝子標本はとられた。
植物や虫、微生物にいたるまで様々な。
無機物の功績や金属なども。
そうした標本はもっていく事にはなっていた。
しかし……」
そこで重々しいため息が吐き出される。
「乗せきれない人間は放置される事になっていた。
建造作業員として採用されなかった者達だけではない。
地表に残された人々だけではない。
建造に携わった君らもだ」
あたりで嘆きが炸裂していった。
「そんな……」
かすれた声をもらす女房。
その声をヨシユキはどこか遠い所の出来事のように聞いていた。
「そして諸君らの遺伝子標本は、血が濃くならないための材料として使われる。
それが当初の計画だった」
つまり、宇宙船に乗り込むことが出来る一部の者達。
それらの地を残すためだけの補填材料にされるというわけだ。
体質を調べるためと言われた血液採取。
細胞の採取も含めて、その為だという。
「……そんな事のために、俺たちは利用されたのか?」
ふざけるなと言いたかった。
だが、言うべき相手は既に飛び立っている。
もうどうしようもない。
やり場のない怒りを、ヨシユキは持て余していった。
「私もどうにかしたかった。
だが、どうにも出来なかった。
済まない、許してもらえるとは思えない。
許してもらおうなどと、思い上がった事も言わない。
だが、それでも謝罪はさせてほしい」
怒りの叫びがあがる。
謝罪になんの意味があるのか。
荒涼とした地球で生きていくのに、そんなものがどんな意味があるのか。
「だが、私もこれで良いとは思わない。
こんな事が許されるとも思わない。
諸君らを、そして地上に残した者達を捨て置くのが許せない」
そこから男の声には熱がこもりはじめる。
つとめて冷静さを保とうとして、それが出来ないでいる。
「だから、少しばかり仕掛けをした。
地球に残された諸君を救うことは出来ない。
だが、諸君らが少しでも報われるように」
そう言って男は説明をしていく。
男は科学者だった。
宇宙船内の施設の設計や建設に携わっていた。
その権限を利用して、とある設備を設置していた。
多くの者達を犠牲にした宇宙船の搭乗者達への報復として。
「上手くいくかどうかは分からない。
だが、成功すれば諸君らは遠い星で再び生まれてくる事になる。
クローンという形で。
諸君らそのものを救うことは出来ない。
だが、こういう形で諸君らの命脈をつないでいく。
せめて、それだけでも慰めになればと思う」
その方法は単純なものだった。
宇宙船に乗り込んだ者達は、寿命まで宇宙船で生きていく。
その為だけに、快適な居住空間を作っている。
食料なども用意している。
他の多くの者達を切り捨てて、自分たちだけでも天寿を全うしようとしている。
それらが死んだあと。
選ばれた者が再生される。
その者に宇宙船内での工作活動をしてもらう。
宇宙船を乗っ取るために。
ならば、機械を使えば良いという事になるだろう。
しかし、そうもいかない。
機械を動かすと、それに対しての警戒が出てしまう。
もとより、人工知能の制御下にあるものがほとんどだ。
動かせば確実に探知される。
そして対処されてしまう。
それを避けるために、人間に動いてもらう。
人ならば、船内にいる搭乗員としてごまかせる。
どこに居ても警戒はされない。
もちろん、搭乗員が寿命で死んだあとだと警戒されるだろう。
だが、そのあたりは上手く細工をしておいた。
何年経とうとも人間ならば素通りさせると。
もちろん、与えられた権限によって、出入り出来る所などは決まってくる。
さすがにこの権限だけはどうにもならなかった。
科学者に割り当てられた分担から逸脱してしまう。
なので、特定の作業や指示は拒否されてしまう。
どうにかして、船内を自由に行動できるようにするのが精一杯だった。
ただ、そうして自由に動ける事。
それを利用して船内で作業をこなしていってもらう。
必要な機材を集め、部品を集め、時に作り出していって。
そうして当初は船内に持ち込めなかった必要な装置を作り出していく。
工作機械に人工知能に武器など。
それらを使って、宇宙船内部の権限を掌握していく。
最終的に、宇宙船を乗っ取る。
「そうして君らをおいて逃げ出した者達を排除する。
時間も手間もかかる。
だが、これしか方法がなかった」
そういって画面の中で男は深々と頭を下げた。
見ていた者達は、もう悲嘆も怒号もあげなかった。
静かにその画面を見ていた。
「とはいえ、私も諸君らを救えなかった。
放置したという部分においては、逃げていった者達と同罪だ。
わびにもならんが、せめてもの償いだ」
そういって男は銃を手にして、頭の側面に銃口をつける。
「やるべき事はやった。
これ以上生き延びるのは、諸君へのさらなる裏切りになるだろう。
宇宙船への搭乗を許されはしたが、これ以上生きることにしがみつくほどの恥知らずにはなれない。
これ以上のうのうと生きるよりも、ここで全てを終わらせてしまいたい」
そういって再び頭をさげる。
「諸君、本当に済まなかった。
せめて、諸君らの残りの人生が幸せなものであろうように。
遠い星で再生される諸君らの人生が、幸せに満ちたものであるように」
そういって男は引き金を引いた。
銃弾が頭を貫通し、男はそのまま画面から消えていった。
残された者達は、その最後を見て少しだけ落ち着きを取り戻した。
状況は改善されないが、男の最後を見て落ち着きを取り戻しはした。
それに、自分たちはここまでだが、自分たちの分身が再生される可能性はある。
自分たちがここで苦しい最後を遂げる事には変わらない。
だけど、自分たちの血(というのは少し違うだろうが)が残ると思うと、少しだけ安堵をおぼえた。
自分はここで死ぬが、自分を受け継ぐ者がこの先も生きていく。
生物としての本能が、そこに救いを見いだした。
「あなた……」
自分を呼ぶ声にヨシユキは振り返る。
苦労を重ねて皺だらけになった女房。
それが悲しそうな、でも何かを悟ったような顔をして見つめてくる。
ヨシユキもそんな女房を見て、小さく頷く。
「こんな終わり方になっちゃったな」
「ええ、そうね」
寂しそうに、でもどこかさっぱりしたような調子でお互いに語り合う。
「まあ、俺たちも向こうで再生されるかもしれないし。
そうしたら、また一緒にやっていけるかもしれん」
「上手くいってほしいわね、もう一人の私たちも」
「そうだな」
そういって二人は空を見上げた。
朝のない空がどこまでも続く。
そのどこかに、自分たちをおいて飛んでいった宇宙船がある。
憎しみも怒りもあるが、今はそれよりも仕掛けが上手く発動するよう願った。
こんな事をした落とし前をつけてもらうために。
そしてヨシユキは、寄り添う相手の方を向く。
「それじゃ、残りの時間を楽しもう。
もう、働く必要もない」
「そうね、ずっと一緒ね」
あらゆる事から、それこそ生きることからも解放された。
その時間を少しでも有意義に使いたかった。
たとえこれから先、残された時間が地獄であっても。
地獄であるからこそ、少しでも安息がほしかった。
それを求めて、二人は歩いて行く。
小さく狭い、自分の部屋に。
これからどうするかは考えてもいない。
悲惨な事になるのはほぼ確定だが。
残りすくない食料の取り合いもあるだろう。
そもそもとして、空気すらいつまで保つのかわからない。
最低最悪の末路しかないだろう。
だからこそ、ほんの少しでも安息を感じられるなら、それを楽しみたかった。
こうして地球上の人類はほろんでいった。
その最後は、ヨシユキが想像したような悲惨なものだった。
最後に残った物資を奪い合い、不毛な殺し合いに発展した。
そんな中でヨシユキと女房は、穏やかに最後を迎えていった。
せめて苦しみを感じないようにと、苦痛を感じる感覚の全てを遮断して。
医療器具の機能を使えば、そういう事も出来る。
だから、空腹も乾きも感じず、痛みもない。
そんな状態で、二人寄り添いながら死んでいった。
そんな地球から離れていく恒星間宇宙船。
その中では、残された者達の嘆きも悲しみも全くかえりみられる事もない。
ただ、寿命が来るまでの時間を享楽的に楽しむ者達の姿があった。
「長かったな」
老年の域に入った男が満足げに何度も頷く。
この集団の統率者で頂点に立つ男。
川妻シュウは、そういって安堵の息を吐く。
「そうですな」
周りの者も追従する。
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