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009_第2章-1_女神の迷宮

3人がやっと横に並べるスロープ状の一本道を抜けると視界が開けた。

最初に眼に飛び込んできたのはそびえ立つ高い岩壁だった。

そこは周囲を崖に囲まれた底に位置した中庭のような空間だった。


迷宮内部とはとても思えず、まるで山奥の渓谷に迷いこんだと錯覚しそうだ。

レオンは絶景に圧倒されるも、

しかし指揮官として警戒の為、魔法の眼を四方に飛ばす事を忘れなかった。


女神の迷宮。世界最古にして最大の迷宮である。

その名の由来は1500年前に遡り、人類生誕神話における2神闘争の神話からくる。


破壊の女神と創造の女神が各陣営の眷属を率いこの星の覇権を競いあった。

それは言い替えれば人類の滅亡を賭けた戦いであった。


破壊の女神は世界に芽吹く生命の抹殺を意義とする高位の存在だ。

対して創造の女神は混沌の世に知性を持った生命体を創りだし、宇宙に新たな価値を付与する存在である。


伝承では創造の女神が緑豊かなこの星に自分に似せた造形で人類を産み、その他の生命を創ったとある。

そこに混沌を欲する破壊の女神が現れ、生まれ落ちたばかりの人類を滅ぼそうとした。

そこで自身の手で創ったばかりの人類を護るべく創造の女神が立ち上り、天地を割った神々の争乱が勃発した。


最終的に互いが相手の力を封じる形となり、まるで一本の柱のように絡まり動きを止めた2神。

以来、1500年の時間、眠りについている。


その場所こそ、この迷宮の最深部であった。


「ふーん、だからバハナスギャバンの国教である創造神教の聖地になってるわけね」

前を歩くアンと一行の会話が聞こえた。


「正確には『祈りと幸運の創造教』じゃな。生きたいという生命の祈りと、ほんの少しの幸運が創造の女神に届きたもうたり。破壊の女神を押さえ込みトリアの裂目に沈みゆく、と」


ガズバーンがとつとつと、聖典の一節を詠い聞かせた。


「その後、動かなくなった創造の女神を地下で発見した人類は、周辺に神殿を建立し、守人として住み着いたそうじゃ。この者達を眷属の末裔・神人と呼ぶ」


「ガズバーン、博学ねえ」


「アンが物事を知らなすぎるのよ。教徒でもない私でも知っているわ。童話にもなってるし、誰でも少しは聞いたことがあるでしょう」


ピーナの横やりを無視してガズバーンは続けた。


「だが神々の戦いに刺激されたトリア山系が次々と噴火した。神殿や神人の村は、その時の地殻変動で地下に沈んでしまったのだな。

では今我々が居るここは何だ?この迷宮を潜っていったとして、はたして女神の所在に辿り着けるものなのか?そう考えるのが普通じゃな。

否、心配は無用。何故なら一度地下に没した神の神殿は神人の末裔が苦難の末、発掘したからじゃ。

更に長い年月をかけてそこへ至る道を整備した。盗掘に備えるための罠満載な大迷宮としてな。それが今居るこの場所じゃ」


「迷宮を創った神人って、創造の女神側なんでしょ。なら破壊の女神側の敵だけ排除する罠を仕掛けていないのかな?それなら、私達の仕事も楽になるわ」


「そんな都合のよい罠なんてあるわけないよ」


小柄な男の子ピオだ。たしか魔術師だったか。


「そもそも2神はお互いの力を封じあって眠りについている状態だから、片方を復活させることは則ちもう片方も復活することを意味するが道理じゃ。

信仰心の高さ故に創造神を復活させようとする試みも危険で阻止せねばならんと考えられておる」


ガズバーンの説明に耳を傾けながら、レオンは言い伝えどおりならそうだろうと考えていた。


「それにしても迷宮の規模が破格すぎる。ここみてよ。ちょっとした渓谷を歩いてる感じだわ。ピクニックに来てるみたいで、とても地下とは思えない。

迷宮ってもっと岩肌が露出した狭っくるしい迷路がひたすら続いていると思ってたわ」


「ほんとよね。ほらあそこなんか、陽の光が差し込んでて素敵。まるで故郷の森の中にいるみたい」


確かに高い天上から薄暗い丘陵に幾数本の光線が落ちている光景は神秘的であった。

レオンは遠隔魔法で索敵を続けながらアン一行の会話に割り込んだ。


「今、話があったからこの迷宮について補足しましょうか。まずこの迷宮は世界一広い。何しろ最下層どころか有史以来、人類は半分の地点すら踏破したことがない。

今居るここは迷宮第1層と呼んでいる場所なんですが、下へ進むに従い第2層、第3層とその特徴によってナンバリングされている。

人類が完全に掌握しているのは第2層まで。第3層は何度も探索隊を編成して挑み続けて、約100年前に辛うじて第4層の入口を確認したにすぎないんだよ。

まさに人類未踏の未知に溢れた最後の迷宮(ラストダンジョン)だよ」


「何それ。今ここは、第1層で第4層まであるのがわかってる?それって、その先に5、6って続いてるかも知れないってことじゃない。絶対、一番下まで行けっこない」


呆れた表情でセリーヌが言い放った。本心はレオンも同感だ。


「その認識は正しいね。ただ我々の任務は最下層に到達することではない。最下層を目指している敵に追い付いて殲滅することだよ」


前を歩いているアンが、半身を後方に向けつつ手を挙げた。


「あのう、今の話しですと、とても人類が神様の居る最下層にたどり着けるとは思えません。

それは敵にも言えますよね。なら、ほっといても良いのではないでしょうか。

勝手に潜って、勝手に全滅するのではないですかね」


そう思うのは当然だ。

現に対策会議でもその主張は少なからずあった。


「では、無視したとして皆は平常心でいられるかい。魔王を倒し、地上にようやく平和が訪れたと思った矢先、破壊の女神が復活しました。こちらは魔王の比ではない力を持っており、人類では立ち打ちできません。こんな状況が僅かでもありえるのに放置できるかい?」


「んー、魔王を倒してもモヤモヤが残るかも」


「だよね。だからこそ、魔王軍との決戦前の大事な時期にも関わらず、戦力を割く決断をしたんだよ」


そう言うレオンは、全ての本心を話さなかった。

遠征軍の選抜を強く主張したバハナスギャバンは、明らかに動揺していた。

バハナスギャバンにとって、敵の最下層到達は充分可能であると本気で考えているのだと肌で感じた。

それほど敵を指揮するミカの存在を恐れていたのだ。


元バハナスギャバン所縁の人物であるミカについて、我々にも話せない情報を握っているのは明らかだった。

他国もそれを悟ったからこそ、遠征軍に賛同せざるを得なかったのだ。


「ちょっとお聞きしてもよろしいですかな、司令官殿」


ガズバーンがレオンに寄ってきて尋ねた。


「ぶっちゃけ、第何層で敵に追い付けそうなんでしょうかの?」


「敵の本体は第2層に陣取っていると考えています。そこが次の戦場かと」


「第2層のジオフロントですな。ここで主力が待ち構えてるのは確かじゃろうが、肝心の敵のボスは、どうなんじゃろうか。

何しろ我々より1月も先行しているのじゃろう?いつまでも第2層に留まっているかのう」


途中からガズバーンは声のトーンを落とした。表向きの意見ではなく、本音が欲しいのだろう。


「情報が無いので分かりかねます」


「私ならとっとと精鋭募って第3層の探索に出ているだろうな。司令官殿ならどうじゃろう?」


「司令官という呼び名は堅苦しいですね。戦時以外はレオンで構いませんよ。それで私の考えでしたか。答えはガズバーン殿と同意見です」


「ふむ、ではレオン殿、相手の最前線は、第3層にいるか下手したら第4層に踏み込んでいるかも知れないという訳だな。

となると、我々も今の段階では、第3層、第4層まで入ることを想定している、でよろしいかな」


「さあ、情報が不足してますから、判断できかねますねえ。例えば、ガズバーン殿の言うように第3層より下まで進軍する場合、あなたはどうしますか。逃亡する?」


「儂にその判断は下せん。決めるのはリーダじゃ」


ただ、と声のトーンを更に落として、ガズバーンが先を続けた。


「今のパーティーは楽しいから失いとう無いんじゃ。まして歳で言えば、皆儂とは孫くらいの差がある。この歳で先のある若者を看取るのは切ないからの。悔やまぬよう、皆に進言はするよ」


悪く思わんでくれと肩を叩いて離れて行った。


中々喰えない方のようだ。

まあ、優秀なパーティーには、あらゆる確度の情報を統合してチームに提供する軍師役が居るものだ。

それは得てしてリーダーではなくバックアッパーたる魔術師であることが多い。アンのパーティーでは年長のあの御仁というわけだ。

過去、自分がそうだっただけに、レオンはガズバーンの立場を理解した。


出来れば、第3層で蹴りを着けたい。第4層に進むと帰還の確率がぐんと低くなるからだ。

だが、それこそあらゆる確度の情報から予測しても、それは無理からぬ話しだと考えていた。

決して皆には言えないが。


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