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008_第1章-3_現世の英雄たち

パーティー会場となった広場に女性の笑い声が響いた。


アンはエルザ姫と昔からの友人のように馬が合った。

エルザは王族とは思えぬ気さくな方で、食い付き気味で迫ってくるアンに対しても落ち着いた態度で接しくれた。

エルザはアン達が食事もままならず迷宮に駆け付けたと聞いて、ありったけのパーティー菓子を用意してくれた。

一口サイズのパイやスコーンが銀製の皿に並べられた。


「本当はお食事の方が良いのでしょうが、直ぐに進軍になりますから、我慢してください。満腹になると動けなくなりますしね。

その代わりお菓子は遠慮せず召し上がって。生菓子は長くもたないから残しても仕方ないの。できれば皆の力に変わってほしいから」


エルザの言葉が終わる前からセリーヌが両手を使って菓子を次々に口に運んでいた。

それを見てピーナとピオの姉弟も遠慮気味に食べ始めた。

ガズバーンは近くの小兵に酒の催促をしていた。

ロイは我関せずと壁際の窓枠に腰かけて、目を瞑っていた。


「すすすいません。うちのメンバー育ちが悪くて」


「気にしなくて良いのよ。ここは貴族主宰のパーティー会場ではないのですから。

ほら、えーと、セリーヌ?ジャムをたっぷり付けて食べると尚、美味しいわよ」


名前を呼ばれて、一瞬目を丸くしたセリーヌだったが、直ぐに山盛りのジャムにスコーンを埋没させた。


ヘンリー王子にエスコートされたアン一行は、エルザ姫に引き合わせていただいた。

その際ヘンリーから「アンとそのメンバー」と紹介を授かった。

そこから自然な流れで会話が始ったこともあって、セリーヌ達一人一人をエルザ姫に紹介しそびれてしまった。

にも関わらず、エルザはセリーヌを名前で呼んだ。きっとアン達の会話から推察したのだ。

一国の姫にして名も無い冒険者に対する心遣いに感激を覚えた。

世間では、機嫌を損ねると即断で焼き殺される激情の魔女と恐れられていたが、それがどれだけ無責任な噂であったか実感した。


今、憧れの人を横から覗き込むように拝見して思ったことは、やはり美しい方だということ。

筋の通った鼻の稜線と吸い込まれそうになる蒼い瞳がおりなす立体的な顔貌は、左右全てにおいてシンメトリーを形成している。

サイア王家の血脈を示す銀髪は一本の極めが細かくしなやかだ。

今は肩口で切り揃えてあるが、アンが耳にしていた情報からは腰に届くロングで、華やかな社交界でも一際映えて映っていたそうだ。

また、その銀髪から覗く美しい角である。

ルビーのように赤みがかっており、炎の能力が顕現しているかのようだ。


「急に黙ってどうかされて?」


エルザが小首を傾げてエルザを覗き込んだ。

アンは突然の見つめ合う展開にうろたえた。

セリーヌではないが、初恋の乙女でもあるまいに少し落ち着く必要がありそうだ。


「いえ、角の色が素敵で見とれてしまいました。こんなに淀み無い赤い色は初めて見ました」


「ありがとう。ですがあなたの角の美麗さには敵わないわ。私も立場上、異国の方と顔を合わす機会が多いですが、濃緑の角は初めて見ました。生まれはどちらなの?」


「グリーン・ゲイブルス王国です」


「まあ、それでは・・」


「はい。ご想像のとおりかと・・」


「大変でしたね。気持ちを乱すようなことを聞いてしまいました。許してください」


「そんな、エルザ様は何も悪くはないです。私は気持ちの整理はついております。むしろ故郷の無念を晴らす気持ちで戦場に出ておりましたので」


グリーン・ゲイブルス王国は魔王が最初に蹂躙した場所だ。以前は緑豊かな海山の幸に恵まれた観光立国だった。

それが魔王軍の襲撃を受け、三日と経たず山は炎に焼かれ、町は放置された骸の腐臭漂う廃墟と化した。


アンの家族も行方知れずとなった。ただアン自身は若くして島を離れていたので直接何があったのかは見ていない。


「強いのですね、あなたは」


「救国の6傑に数えられるエルザ様の足元にも及びません」


エルザは手を空中で平つかせ、おどけて見せた。


「それ、世間の過大評価なのよ。知ってる?魔人を退治してそう呼ばれたとき、私は15歳だったの。

今だから言えますけど、はっきり言って足手まといでした。他の5人が凄すぎたのです」


「エルザ様のお兄様がリーダーだったとか」


「ハッキリとリーダーを名乗ったことはなかったの。ただ私の兄のジョンは周囲を纏めるのが得意なの。仕切り屋なのね」


「それは姫様も同じですよ」


それまで横で黙っていた女性がごく自然な流れで話に入ってきた。

エルザの部下でララザードと紹介された女性だった。


「そうかしら。私は配下の者の意見には耳を傾けるリーダーだと思ってますよ」


「ねえアンさん、私は嘘を付けない体質なの。だからこういうときは言葉を慎むようにしています。

その代わり私の耳を見て。耳が動いたら嘘よーって心の声ですからね」


そう言ってララザードは両耳を前後に動かした。


「何それ?あなた人前でその変な特技を披露するのお止めなさい」


天を仰ぐ仕草で非難するエルザを見て、アンとララザードは淑女らしく手を口に当てて笑った。

エルザの部下らしいが、会話からは上下関係を感じない。明朗な声で落ち着いて話すところもアンは好感を持った。


「遠征軍はヘンリー様が指揮されていらっしゃると伺いましたが、ジョン様は参加されてはいないのですか?」


それまで婦人の会話を黙って聞いていたヘンリーにアンが話題を振った。

アンの知識だと救国の6傑で名を馳せたジョン・サイアが長兄で、ヘンリー・サイアが次兄、エルザ・サイアがその妹だ。

現サイア王の直子は3兄妹のはずだ。


「兄は魔王討伐に回った。今頃、魔都を包囲しているだろう。

正直、私が残りたかったよ。魔人との戦いは辛い仕事だが、やることは単純だ。

正面からぶつかって倒すのみだしな。こちらは色々考えることが多すぎて性に合わない」


「いいじゃない。面倒事はレオンに押し付ければ。あの人、人が良いから頼まれたら嫌でもやってくれるわよ。昔もジョン兄様にいいように使われてたわ」


アンの上司の名が出た。レオンが救国の6傑に名を連ねるのは、当然アンも知っていた。


「レオンをそんなに軽んじるのもお前ぐらいだぞ。昔は一介の魔術師だったろうが、今や世界最高の用兵術を誇る開戦無敗の司令官様だぞ」


「軽んじてはいません。6人の中で私とレオンはイジられ役だったの。

そのイメージがあるから真面目な顔で軍義の進行をしてると笑ってしまうのよ。悪気は無いのだけれど」


「レオンさん、イジられてたんですか?」


「ええ、そうよ。あの人攻撃魔法苦手なの。

いつだったか、彼以外のメンバーの手か開かなくて、ジョン兄様がレオンに指示したのよ。後方の敵を任すって。

そしたらレオンが火球魔法を放ったんですけど、それがそこのお菓子より小さいのよ。

しかも自分の足元にポトリと落ちて大慌てになって。皆、非難囂々でしたわ」


「それは良いことを聞いた。厄介事を押し付ける際のネタにしよう」


「ほら、ヘンリー兄様だって軽んじてるじゃない」


口許に悪戯っぽい笑みを讃えたヘンリーの肩をエルザがはたいた。

この兄妹、お互い我が強そうだが、意外と仲は悪くないようだ。


「他の3傑は今回参戦されていないのですか?」


アンは興味から質問した。


「魔術師のリューク・スターリングはジョン兄様と魔人討伐にまわったわ。魔法戦士のケルビムは行方知れず。

二人とも人智を超えた魔力を持っていたけれど、自分の素姓を話そうとしなかったの。

この10年間、どこで何をしていたのかも私にはわかりません。私は戦友だと思ってますが、あちらの考えはどうなのでしょう」


そこでエルザが話をパタリと切ってしまった。皆は先を促すでなくただ沈黙で待ち続けたが、一向に言葉が紡がれなかった。

痺れを切らしたララザードが姫に進言した。


「大事な方を忘れておりません?」


「そうかしら?もう昔話はよろしいのではなくて?」


「もう、何を意識されてるのです。バリスタス様を忘れております。

巷間では6傑の中でもジョン様と並んで最強と噂されているのでしょう。

先の戦闘でも召喚された魔人を一撃で倒してしまわれたとか」


「うわあ、伝説の戦士ですね。遠征軍に参戦されているのですか。一緒に戦えるなんて戦士冥利につきますわ」


「バリスタス様はヘンリー様のご友人として、我が第2軍に同行頂いておりますの。それを知っていて姫様は、忘れたら振りをされているのです」


「知りませんよ、あんなヤツは!」


「おいおい、言葉が汚いぞ、エルザ。お前とバリスタスは昔から会えば口論ばかりだったな」


「礼儀知らずで頭の中は、いつも戦うことしか考えていないような男なのだから、仕方ないですわ。まだ蛮族の方が会話が成立します」


「あー、わかったわかった。バリスタスの話しはよそう。我が妹の情緒を乱すだけだ。良くも悪くもな」


ヘンリーはどういう意味かと迫りそうになるエルザを制するように「それよりも」と矛先を変えた。


「アン殿、実力者は救国の6傑だけではないぞ。特にあなたが属する第3軍は冒険者ギルドを傘下に置いているだけに有名無名の実力者が大勢参加しているよ。

例えば有名なところでは、あそこの男女2人組だ。いるだけで戦場の戦い方を一変させることから、戦略兵士と呼ばれているライヴァー&ビアンカだ。

積まれた金で昨日の敵にも寝返ると噂され、その節操の無さはいただけないが、ここ数年で最も名の通った傭兵だよ」


ヘンリーが指差した人混みの先には、細身で長身の男と、黒眼鏡をかけ派手なローブを纏った女がいた。

初めて聞いた名であったが、名前を記憶することより、彼らに支払われる報償金の多寡に興味を覚えた。


「私は話したことがないが、プライドが高く中々に取っつき難いらしいよ」


「噂では1日の単金が100万ダラーだとか」


意外にもメンバのピーナが発言した。


「あなた知ってるの?えっ、100万!私達なら精々5万が相場よ。20倍以上じゃない!」


「もう、アンの世間知らず。ギルドに席があって2人を知らないなんてありえない。金額はそれだけあの2人に価値があるんでしょ」


「戦闘になったら観察するとよい。少々特殊な戦い方で言葉で説明するなら女のビアンカが魔術師で遠隔攻撃担当、男のライヴァーが戦士で近接攻撃を担う。

このコンビネーションが彼らのスタイルだ。話を聞くより実際に両の眼で確認すれば、一目瞭然だ」


「あとはやはりガルディアンの勇者では?」


エルザの空いたティーカップを回収していたララザードが思い出したように口にした。


「そうだな。20年以上前の英雄で、私は幼くて名前くらいしか知らなかったがね。

ただ、先の初戦で圧倒的な武勇を見せてくれた。英雄譚に偽り無し。頼もしい戦力だ」


「ガルディアンの勇者って、放浪の勇者フレトニールのことですか?」


「そうだ。邪教徒からガルディアン王国を救った勇者本人だ。

これはレオンが言っていたが、既に齢50を超えているが語られた伝説そのままの力を保っているらしい。

私は直接戦う姿を見てはいないが、それが本当ならバリスタス級の戦士だろうな」


「私、放浪の勇者の舞台が好きで、新作は必ず観ているんです。

ええと、たとえ剣折れようとも神に捧げしこの虚手がある。神よ!我が右腕で御身の奇蹟を顕現されたし!

我に断罪の力を!光の刃を与えたまえよ!」


アンは右手を天使の絵画に向けてかざした。

救国の6傑と放浪の英雄は、舞台演目の定番だ。

アンはこの手の演劇が好きで新幕があがれば観劇に興じていた。


「私も観ましたよ。邪教団との最後の戦いの場面よね。

ふふ、台詞よく覚えましたわね。今度、一緒に観に行きたいわ。

アンとなら悲劇も笑いながら観られそう」


「わあぜひ!王立劇場のボックス席から観たら感動で卒倒してしまうかも!」


「恐れ多くもエルザ様、うちのリーダー、ほんっとに遠慮知らずで馬鹿正直ですので、社交辞令が理解できないのです。

本気で王城に押し掛けかねませんので、ハッキリ断って頂いた方がよろしいかと」


セリーヌがわざとらしく茶化した口調で、配慮という名の警告を示した。


「ふふ、ご忠告ありがとう。でも遠慮は無用です。

私、アンのようにハッキリと自分の意思表示する方が好きなのです。

王城にはぜひ入らしてね。その際はあなたもご一緒にね。深き樹界の民セリーヌ」


突然素性を当てられて驚きからかセリーヌが沈黙した。

エルザは左目にかかった前髪を摘まんで後ろに流すと、兄ヘンリーに向きあった。


「そろそろ、会もお開きにしませんと、皆がこの場に根付いてしまいますね」


「そうだな。レオンを掴まえて、第1層の踏破の算段をつけねば。行くか」


「それではアン、また後程。戦場での武功を期待しています。

でもそれよりも無謀な戦いは避けてくださいね。危険を感じたら逃げること。

あなたに何かあったら一緒に演劇を観てくれる友人がいなくなってしまいます」


差し出されたエルザの右手をアンは出来るだけ優雅に握り返した。

エルザに相応しい自分を見せたいという欲求が働いたためだ。

掌に汗が滲み出ないように祈りながら短い握手を交わすと、エルザはヘンリー、ララザードと供に広場から退場した。


「エルザ様、素敵」


エルザの姿が見えなくなると思わず口から洩れた。

気付くとエルザの感触が残った右手を眺めていた。


「セリーヌ、どうだった?私の言ってたこと、理解できたでしょう?」


隣のセリーヌは怪訝そうにアンに顔を向けた。


「ねえ、エルザ姫はどうして私の出身を言い当てたの?」


「えっ、ああ、樹界の民だって仰られたこと?うーん、雰囲気とか印象じゃない?」


エルザに想いを馳せていて、雑な回答になった。セリーヌが納得いく訳なく、不機嫌そうにロイの居座る壁際に行ってしまった。


「おう、やっとお偉いさんがいなくなったかあ」


会話の輪から外れていたガズバーンが突然背後から首を延ばしてきた。吐く息が酒臭い。


「もう、誰もお酒なんて飲んでないのに、よくありつけたわね」


「ひひっ、パーティーの主催者側はくれんかたったが、あの姫様の従者の老剣士が話のわかる人でなあ。こっそり持ち込んだ蒸留酒をわけてくださった」


「それはよございました。さあ、我々も身支度整えましょう。あー、ピーナ、はしたないからお菓子をくすねないで」


「だって、美味しいんだもの。そんなこと言ってるとアンにはわけたげないよ」


アンは会話に夢中で菓子に手を付けていない事を思い出した。銀皿に残っていたパイを口に運ぶと仄かに果実の甘酸っぱさが広がった。


「野葡萄かしら。美味しいわあ。ピーナ、持てるだけしまっといて!」


「また下着がお腹に食い込むね」


はげみになりますので、よろしければブックマーク、評価をお願いいたします。

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