007_第1章-2_戦場のティーパーティ
レオンがヘンリーの不満の聞き役に徹していると若い女性が歩いて来るのに気付いた。
その額にある特徴的な角を見て誰なのか思い出した。
正直、ヘンリーの愚痴の相手に飽きてきたところだったので、都合がよい割り込みだった。
女性の名はアンと言い、レオンが戦場でスカウトしたパーティのリーダだった。
燃えるような赤毛から覗く美しい翡翠色の角が人々の目を引いていた。
お世辞にも美人とは言えないが、若干たれ気味の目元は愛嬌を、落ち着いた眼差しで周囲を観察している素振りは知性を感じさせた。
パーティのリーダーは強烈な個性が外見に滲み出ている者が多いが、アンからはそういった自己主張は伺えなかった。
こんな幼い女性がリーダー?といった印象が全てだった。良い悪いは別にして。
もちろん実力を見て遠征のメンバに誘ったのだが、遅延を詫びるアンを見ていると戦場で見た姿とのギャップを感じてしまう。
「アン、何よりよく来てくれたね。半ば諦めていたから嬉しい誤算だよ。
さてせっかくの機会だから紹介しておこう。この方はサイア王国第二王子ヘンリー・サイア殿だ。
この遠征軍の第2軍指揮官様だよ」
「えっ、ではエルザ様のお兄様であらせますの!お会いできて感激ですわ」
「面白い方ですね。初対面でエルザの兄と認識されたのは初めてだ」
ヘンリーはレオンに目配せしてお道化てみせた。
「失礼しました。ヘンリー様のご武勇は存じております。
その、私、エルザ様の大ファンでして・・。此度の遠征でご一緒できるのが嬉しくて、つい」
「ああ、こんな茶会を開く変わり者ですが兄としては嬉しい。後で本人に紹介しますよ」
アンが満面の笑顔を見せると、ヘンリーもレオンもつられて笑ってしまった。
この笑顔は良い。周りに伝播する力がある。
「ヘンリー殿、アンはこう見えて実力ある戦士なんだよ。噂で聞いていませんか。魔王と互角の勝負をした無名のパーティの話」
「それは、魔科学都市ツクバに魔軍が侵攻したときの?」
「うん。その時、魔王に挑んで足止めに成功したパーティがいたんだけど、それがアン達なんだよ。後ろがメンバだね。覚えているよ」
「ほう、実力ある戦士に失礼な事を言うが、こんなに可愛らしいお嬢様がね。人は見かけによらないな」
「仲間とその時の話しをしましたが、きっと魔王は体調が優れなかったんです。私たちは実力以上を出して命を繋ぐのが精一杯でした」
悠長な物言いにレオンは吹き出しそうになるのを堪えた。
「前日に腹にこたえる物でも食べたのかな」
そう言うヘンリーも楽しそうだ。
「ええきっと。私たち戦いの後で魔王の弱点が分かるかも知れないから調査を希望したんです。まったく取り合ってくれなかったのですが」
「いやあ、あのときの戦いを見た者として言うけど、君たちの実力だと思うよ。自信を持って」
ヘンリーは側にいた小兵にエルザの居場所を聞き出して、アンたちを紹介するべく奥へエスコートして行ってしまった。
一向を見送りながら、レオンはお茶に口を付けた。
あらためて面白い女性だと感じた。周りの人々を自然に取り込む雰囲気を持っている。
現に意外と人見知りで、初対面の人間とは積極的に絡みたがらないヘンリーが率先して動いている。直前の不機嫌さも忘れてだ。
エルザ姫同様、殺伐とした軍隊内で人気がでそうだ。
レオンは一人で笑いながら、まあ、実力さえあればそれもありかなと考えていた。
人を見る目はあると自任している。貧乏くじは引くが、不思議と持ち駒は充実しているんだ。
人混みに消えた一行を見送ると、レオンは思考を切り替えて状況を整理した。
北の蛮族との開戦は第2軍の活躍もあり、人類連合の圧勝だった。
こちらの被害は死傷者180名、相手は1800を越えていた。
ただ族長と精鋭100名あまりは迷宮内に逃れた。現在、討伐隊が追跡しているが、捕らえたとの報告は受けていない。
初戦快勝の勢いそのままに進軍したかったのだが、内部で問題が発生した。
バハナスギャバンの指揮官が第1軍のみ別行動をとると言い出した。ヘンリーが不満を漏らしていたのはこのことだった。
迷宮地下3階にある創造の女神の祭壇へバハナスギャバン全軍で拝礼に詣るらしい。
迷宮探索の許しを女神に乞うとの理由であった。
時を急く追跡行で何を非常識なことをと抗議する間も無く、全軍を率いて地下へ潜ってしまった。
これに激怒したのがヘンリーだ。
気持ちは分かる。元々、今回の遠征軍の発起はバハナスギャバンの教皇だった。
にも関わらず、いざ遠征軍が組織されると、自分達の主張ばかり押し通し、足並みを乱していた。
そういった積み重ねがヘンリーを憤慨させているのだが、レオンはバハナスギャバンの真意を考えていた。
世界の歴史の裏でバハナスギャバンは暗躍する。
彼の国に裏が無いわけがないのだ。
様々な推測を立てているが、今それを問う時期ではない。
やるべきは出来るだけ迷宮の浅部で敵に追い付き殲滅することだ。
でないと底の知れない迷宮の深部まで我々も付き合わなくてはいけなくなる。
後方からクセルサザーがティーカップを片手に歩みよってきた。
立派な口髭を蓄えた都市国家連所属では珍しい貴族階級出身の軍団長だ。
先の初戦でも戦功をあげた有能な男だった。
「討伐隊から伝令が戻ったぞ。敗走兵には追い付けなんだと。奴ら迷宮第2層へ最短距離を進んだようだ」
「相手は事前に退路を把握してただろうから想定どおりですよ。
第2層にはバハナスギャバンの砦があるらしい。恐らく既に敵の手に墜ちているでしょう。そこが次の戦場かと」
「私はこの迷宮の知識に疎いのだが、迷宮内に砦とは?」
「聞いていませんでしたか。第2層は地下に広がる巨大な空間だそうですよ。
バハナスギャバンはそこに砦を築いて、第3層への出入りを管理しているのです」
「地下の空間?どのぐらいの広さなのかね」
「嘘か真かバハナスギャバンの皇都より広いらしい」
「おいおい、我が国家連最大の都市でも皇都の半分程なんだぞ。地下にそんな空間がある訳なかろう」
「常識的に考えればそう思いますよね。神代時代に人工的に造り出された地下空間だとか」
「まあ行けば分かるから良いか。そこに砦があると。状況によっては地上で開戦を行うのと同じ状況になる訳だな」
「相手は籠城するでしょうけどね。状況によってはそうなるかも知れませんね。時間が無い中で難儀な仕事です」
「こんなところで茶を飲んでる場合ではなかろう」
不機嫌そうにクセルサザーはティーカップを口に運んだ。
「美味いね」
「サイア名物のハーブティに濃厚な蜂蜜を入れてるそうですよ。これ香りが良くて美味しいですよね」
二人思わず笑みが漏れた。
クセルサザーはティカップに添えられた菓子を口に放り込んだ。
「この菓子もなかなか。餅状の皮でクリームを包んでいるのか」
「私も先ほど食べました。甘すぎずあっさりしているのが良いですね」
「まったくサイアの姫様のペースにはまりそうだよ。緊張感が削がれるなあ」
言いながら、指を何度も舐めまわす表情は満更でもなさそうだ。
貴族出身ながら気取らない性格のクセルサザーを昔からレオンは気に入っていた。
「エルザ姫に言わせると戦場での茶会は、仲間意識と目的意識を皆で共有するのに有効だそうですよ」
「ああ、君は姫とパーティを組んでいたんだっけな」
「パーティというと語弊はありますが、共に戦場を生き延びた仲間でしたね」
「救国の6傑だろ。そのくらいは知っているよ。ところで姫は結婚しないのか?もういい歳だろう」
「どうなんでしょうね。一国のお姫様であの美貌ですから、引く手がない訳ではないでしょう。ああ年齢は本人に聞いてくださいね」
「焼き殺されそうだから辞めとくよ。誰か心に決めた人でもいるのかね」
「いたとしても私ではない事は確かですがね。クセルサザーさんも家柄は良いのですから立候補されてはどうです?」
「丁重にお断り致す。抱きしめたら黒焦げにされそうだしな」
「みなが噂するほど恐ろしい人ではないですよ。話しをすれば分かると思いますけどね。
さて我々も仕事に戻りますか。まずは第1層を抜けなければ。
第1層は多少入り組んでいますが、踏破コースは確立されてます。ただそのコースを外れると面倒です」
「人道を外れた魔導士が待ち構えているんだっけか」
「魔導探究者ですね。昔と違い、今はバハナスギャバンが管理しているらしいので、無法は働かないでしょう。
彼らのテリトリーに入らなければ、問題にはならないはずです。第1層は無傷で素通りしたいですね」
クセルサザーがカップの残りを一口で飲み干すのを待ち、二人は並んでパーティー会場を後にした。
進軍の準備に取りかかるためだ。
「現在第1軍は不在ですし、第2軍には初戦で負担をしいてしまった。となると今度は我々が先陣を取るしかありませんね」
クセルサザーが口髭を撫でつつ頷いた。
「うちはギルド所属の優秀なパーティーを多く抱えています。彼等にとって迷宮探索は得意分野ですよ」
はげみになりますので、よろしければブックマーク、評価をお願いいたします。