006_第1章-1_アン・フィッツジェラルド遅刻する
迷宮へ続く中庭は負傷者を手当てする野戦病院と化していた。
等間隔に簡易テントが張られ、所狭しと医療班が行き来していた。
「アンの趣味のせいで完璧に出遅れたわね」
前を行くセリーヌ・ジェン・ジェンが、わざわざ歩きなら360度回転して非難を浴びせた。
セリーヌが指摘しているのは、港町サリンジャでの振るまいだ。
一行はとある戦場でレオンに引き抜かれ迷宮遠征に参加することになったのだが、サリンジャで定期船に乗り遅れてしまった。
お陰で集合場所には一人も居らず、自力で現地に辿り着いた次第だ。
当然だが、馬と案内人の費用は自腹である。
「私ひとりのせいじゃないでしょ。みんな楽しんでたじゃない」
「アンがサリンジャの海鮮料理フルコースが食べたいなんて言いださなければ、集合時間には間に合ってました」
「うん、確かにレストランの予約が1週間後とわかった時点で諦めるべきだったな」
最年長の魔術師ガズバーンがすっかり白くなった自慢の顎髭を撫でながら頷いた。
「メインディッシュの近海ロブスターのホワイトソース添えは良かったでしょ?もう口の中でぷりっぷりに弾ける感触は忘れられないわ。
ガズバーン、あなた白身魚の刺身を誉めてたじゃない。ワインにあうって」
「どちらかというとワインを誉めてたんだが。ワシは堅苦しい店より大衆酒場の方があっている。酒は質より量を重んじる」
「つまらない人ね。ピーナとピオは楽しかったよね」
まだあどけない姉弟に思わず同意を求めた。
弟のピオが表情を変えず周りを見回しながら口を開いた。
「海蜥蜴のスープは美味しかった」
「ほーら、頭の良い子は味覚も発達してるものよ。美味しいものは率先して食べないと人生を謳歌できませんよ」
「でもアンは食べ過ぎで太ったから下着がお腹に食い込むって言ってたよね」
ピーナが皮肉を込めて付け足すと皆が笑い出した。
「もういいです。まったく、何でこのパーティには私と趣味の会うメンバがいないのかしら」
アンが嘆いていると先頭を歩いていた戦士のロイが、前を指差しながら振り向いた。
「どうやらそこが迷宮の入口のようだ。中が騒々しいな」
大理石の大きな門が入口だった。
左右に剣と杖を持った巨大な女性の彫刻が旅人を歓迎していた。
迷宮は破壊の女神と対の存在、創造の女神を信仰するバハナスギャバンが管理しており、聖地として巡礼者が絶えない。
一般人は戦を嫌い避難しているだろうから、騒いでいるのは遠征軍だろう。
門を通ると開けた空間が現れた。そこは広大な拝廊だった。
天井には天使をモチーフにした一枚絵が全面に展開し、足場は全て黒曜石で鏡のように磨かれていた。
大聖堂と勘違いしてしまいそうだ。
さらに建築以上に驚いたのが、広大な広場全域で兵士達がティーカップを持って談笑していたからだ。
セリーヌも状況がつかめず、立ち尽くしていた。
「何これ、勝利の宴?そんな感じじゃない・・よね」
「宴というより貴族様の午後の茶会といった趣じゃな」
ガズバーンの言葉でアンは思い出した。この遠征軍にサイア王国の姫君エルザが参加していることに。
アンがレオンの勧誘にのった理由の大部分が憧れのエルザと共に戦うためであった。
「ああ、エルザ様の計らいよ。きっとこれが戦場のティーパーティね」
「あー、そういえば。エルザ姫きてるんだっけ?」
「ちょっとセリーヌ何言ってんの。散々エルザ様が遠征軍に参加するって言ったじゃないの。知ってて言ってない?」
「アンがいい歳してエルザ様、エルザ様言ってるからでしょ」
「いいじゃない。美人で優雅で優秀で何より最強の炎使い。大国のお姫様なのに危険な冒険にお出になられて救国の6傑にもなって」
「アン、ちょっと興奮しすぎ」
ピーナが苦笑しながら手綱を引くようにマントをひぱった。
「レオンさんがいる」
ピオが指で示すと一同、一斉にそちらを向いた。
「リーダ、ちゃんと遅延のお詫びするのよ」
セリーヌは口に手を当ててにやけている。完全に他人事で腹がたった。
「分かってるわよ、セリーヌ。ああ、顔を合わせずらい」
アンは重い足をレオンの居る輪に向けた。
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