004_序章4_人類史上最強の戦士
「兄さま!ご無事で!」
エルザは敵味方入り乱れた最前線で兄ヘンリーに駆け寄った。
崖上からの砲撃を見た後、居ても立っても居られず飛び出した。
魔導兵団をララザードに無理やり預けて。後方から彼女の制する声も無視して。
「お前、何故出てきた!ここは危険だ。早く下がれ!」
盾で押し返されたが引かなかった。兄の背後に迫る狂獣の如き敵兵に炎弾を放つ。
「これはどういう状況ですか!」
「お前は戦場でも人の言う事を聞かぬ奴だな」
ヘンリーは自分の背後にエルザを隠して守りながら剣を振るった。
「後一歩で敵将に迫るところだったが、突然、敵が死兵となって襲いかかってきた。
このような兵を戦場で見たことがある。人間の進化する前の脳を活性化させ、知性の欠片もない野獣に変える魔法だ。鬼畜にも劣る所業よ」
「やつら両腕をもがれたとしても、噛み殺そうと襲ってくるわ。
混戦は不利です。一度引いて立て直しましょう」
「いや、敵の大将はここから目と鼻の先にいる。そこに魔法をかけたやつもいるだろう。私が出る!」
「ダメ!危険です。兄さまに何かあったらサイア軍はどうするのです!」
「私がどうかなると思うか?」
ヘンリーは不適に笑うと、今にも一人戦場を駆けようかと四肢に力を込めた。
その前にエルザが静かに立ち塞がった。
「兄さま、ご冷静になられませ。先は長いのです。ここは優秀な家臣に任せるのです」
ヘンリーと向き合ったエルザは落ち着きを払った口調ながら、兄を思う気持ちを込めて諭した。
ヘンリーは実の妹の真摯な瞳を見て鼻白んだのか剣を下した。
「わかった。そのかわりお前も下がれ。親衛隊も心配するから」
知らぬ間にエルザの周りを4人の剣士が守っていた。
「第一王女付き親衛隊!エルザの暴走を止めるのもお前達の役目!我が配下に案山子は要らぬぞ!」
「面目次第もございません!」
「さっさと姫を連れて下がれ!」
親衛隊最年長の初老の剣士がエルザの腕を取った。
「トット爺、ごめんなさい。私、下がる気ないの」
「いいから下がるのです!」
その時、あらゆる物質を振動させるかのような咆哮が響いた。
エルザから離れること40メートル先に巨獣が姿を現した。
サーベルタイガーの牙に羊の角、狒狒の身体を揺さぶり足元の兵士が見えぬかのように歩を進めていた。
その目は鼻のすぐ上にただ一つだけあり、巨大な瞳孔を開いて周辺をなめ回していた。
人ならざる邪悪な姿。異世界の住人、魔人だ。
不意に魔人の目がエルザを捉えた。いや捉えたのは兄ヘンリーかも知れなかった。
背に備わる巨大な烏の翼を羽ばたかせた。
こちらに来る。本能からエルザは魔法を詠唱するべく身構えた。
「俺が狩るからなにもするな」
すぐ横を、町中を闊歩するような無防備さで歩いて前へ出る男だった。
3メートルを超える巨体を重量級の鎧で覆い隠し、肩に立て掛けた斧には10人分の首を乗せることができそうだ。エルザには風にたなびく戦旗に見えた。
全身武装で唯一兜だけはつけていなかったので、精悍な顔を見ることができた。
その顔はエルザにとって決して忘れることができない者だった。
男は唐突に左右へステップを踏み走り出した。
重装備を忘れさせる軽やかさで、一歩毎、急激に加速度を増し魔人に迫ったかと思うと、幅跳び競技者のように思い切り後ろに仰け反りながら跳ねた。
巨大な砲弾と化した男は魔人に着弾する瞬間、海老反りの身体を解放した。
その両腕の鉄の塊を魔人肩口に振り下ろし袈裟懸けに両断した。
強く憎らしく、時に争い、時に目的を共有する戦友だった男。
そしてこの世でただ一人、エルザが愛した男・・。
エルザと共に救国の6傑のひとりにして歴史上最強の戦士の異名を持つバリスタスであった。