016_第2章-8_魔導騎兵
茨の壁と格闘し、苦心惨憺、ドーム内に降り立ったエルザが最初に目にしたのはバリスタスの立ち姿だった。
「あなた、今までどこに・・」
バリスタスに手で制され言葉を飲み込んだ。
バリスタスの背後に苦悶の顔をしたレオンがいた。
ミスミの肩を借りてはいるものの、自分の足で何とか立ってはいる。命の心配はなさそうだ。
エルザの居るちょうど反対側、第2の橋の前にはアン一行がいた。どうやら敵と対峙しているようだ。
無意識に1、2、3と人数を数えていた。欠員がいないことを確認し、胸を撫でおろした。
「お前がモルフェオだな。現在の魔導探求者の中で最も古株で年長。ざっと800年は生きているらしいな。
レオン、こいつらは反乱軍側についた。敵の大将ミカより神代時代の魔法道具を与えられ交換条件で我らの進軍の妨害をしているのだ。
交渉はミカが持ち出したらしいが関係ない。合意したのはこいつらなのだからな。遠慮はいらん。蹴散らして進む」
「ほう、誰から聞いた情報だ。それよりも貴様、人外のバリスタスか。我々は人類の能力を超越するために後天的に不死となった。
しかし貴様は人を辞めることなく不死を手に入れたと聞く。個人的に貴様に興味がある」
「ふん。俺は人を辞めたお前らに興味などない。この場で自死を選ぶか、俺に殺されるか、選べ」
「吠えておれ。確か貴様は氷の魔女と旧知の仲のようだが、おおかた奴が情報源なのだろう。
奴とミカの交渉は決裂したと聞いたがまだ生きているのかな?
まあ、興味はないがな。さて、貴様に魔工道具・神の欠片の能力をみせてやりたいところだが、試すのはまたの機会に取っておこう」
モルフェオが頭上に向けて光弾を放った。光弾は茨の天井を突き破り、遥か頭上で破裂すると赤い花火となった。
「援軍を呼んだ。貴様の戦いとくと見せてもらおう」
低空を這う旋風のようなびゅうううという音が第2の橋の先から近付いてきた。
茨の壁を突き破ってドーム内に飛び込んできたのはエルザの5倍はあろうかという巨人だった。
バリスタスが直ぐに巨人を目指し走り出した。
「魔導騎兵です!気を付けて!」
レオンがミスミにもたれながら叫んだ。
バリスタスと魔導騎兵。重量級の両者が正面から激突した。
エルザの倍は身長があるバリスタスの更に倍はある魔導騎兵の鉄拳が地面を穿った。
バリスタスは既に跳躍して回避済みだった。
魔導騎兵とすれ違う瞬間、肩口から大剣の一撃を頭に見舞った。
金属がぶつかり合う高音域が発生するが、少なくとも魔導騎兵にダメージらしきものは無かった。
魔導騎兵は全身を青黒い防具で被われており、その防具には隈無く幾何学的紋様が画かれていた。
呪術的秘文だ。秘文には魔法式が描かれていて、術者の意図した魔法を顕現させる手段となる。
物に付加魔法をかける際の定番だ。
エルザは魔法での援護のため炎弾を指にこめたが、モルフェオの言葉が遮った。
「無駄なことはやめておけ。あれは特殊装甲を施した魔導騎兵だ。炎弾程度では百発売っても傷一つつかぬよ。
見てみろ。あの装甲はダマスカス合金から造られている。ダマスカス合金は粘性が高く様々な形に加工可能だ。
しかも急速冷却することで高い強度もでる。現行、世に出回っている中では武器、防具に最も適した素材だ。
巨人に与える防具としては最高級のものになる」
「なおかつ、呪術的秘文で物理、魔法の両障壁を張り巡らしているのかしら?」
「そうだ。あの魔導騎兵の作成者は神経質でな。立錐の余地がない加工を施さないと気が済まないのだ」
言葉に僅かながら皮肉じみた笑いが込められていた。初めて人らしい感情を魔導探求者から感じた。
「かつて冒険を共にした仲間として言っておきます。バリスタスはあらゆる面で人智を越えた力があります。
魔族の王だろうが、古代竜だろうが、己の力のみで退かせてきた姿を私は見ています。きっと今回も乗り越えますわ」
「大した信頼だな。お手並み拝見といこう」
地を揺らす衝撃が2度、戦場を襲った。更に2体の魔導騎兵が第2の橋を渡ってきた。
これにはエルザも狼狽した。
バリスタスとて3体の魔導騎兵を相手にするのは困難だ。
現れた2体のうちの1体は、とても人形とは思えぬ速さでモルフェオに最短距離で近付いた。
その動きは足を動かして走るのではなく、地を滑るように進んでいた。
何かの魔法なのだろうか。エルザにはわからなかった。
魔導騎兵はすれ違いざまにモルフェオをその手に納めると、停止することなくUターンしてバゴダのいる兵器の門へと去っていった。
エルザは我に返ると思い出したようにレオンの元へかけた。親衛隊隊員も後を追ってきた。
「レオン!無事ですか?」
「大丈夫です。心配かけて面目無いです」
「まさか数名の魔導探求者にここまで追い込まれるとは思いませんでした」
「バリスタスが言っていたように彼らはミカにつく対価に希少価値の高い魔工道具を与えられたようです。
私を襲っていたモルフェオは神の欠片という道具で肉体を強化していました。
今アンたちと戦っている小さい男はあの巨大な門です。あれは一種の極大召還魔法です。しかも無尽蔵に連発できるという非常識な代物のようです。
アンたちもよく抑えてくれていますが、はっきり言えば劣勢です」
そんな反則みたいな道具を相手にどうやって戦えばよいのだ?膠着状態で身動き一つしないアンパーティに目をやった。
「さらに今の魔導騎兵です。あれも何らかの道具が関与していると考えた方がよいでしょうね。速さが桁違いです。
特に走る際、足を全く動かしていない。おそらくですが足から空気を噴射して推進力としているのではないかと考えています」
2体の魔導騎兵を相手に剣を振るうバリスタスを見た。
しかし相手の装甲と物理障壁に阻まれてダメージを与えられないでいた。
「私も出ます!バリスタスを援護せねば」
「いやエルザさんはダメです。あの魔導騎兵はあなたの能力とは相性が悪い。
魔法が効かない場合、近接攻撃されたら一瞬で命取りになります」
「ではどうすれば!」
「まあ落ち着きましょう。先ほどエルザさんも言ってましたがバリスタスの力を信じるのです。
ほら次第にバリスタスが本領を発揮しだしました」
バリスタスの振るう剣が一層勢いを増した。
魔導騎兵の物理障壁の硬度を上回り破壊した。
その先にあるダマスカス合金の鎧に阻まれるも、装甲の上から相手を弾き飛ばす威力を見せた。
体勢を崩す魔導騎兵に追撃の打撃を1つ2つと加えていった。
バリスタスの連打で魔導騎兵は徐々に茨の壁に押し込まれていった。
「エルザ!壁を燃やせるか!」
バリスタスの意図を瞬間悟ったエルザは魔法を詠唱した。
「あいつ、やっと私が昔仲間だったことを思い出した?」
独り言ちて魔法を放った。
蒼白い炎が植物の細胞を焼き焦がし、壁の一部が消し炭に変わった。
絶妙のタイミングでバリスタスが魔導騎兵の腹に一撃を与えた。
吹っ飛ばされた魔導騎兵は灰とかした茨に突っ込むと、貫通。
漆黒の闇へと続く断崖に落ちていった。
純粋な力の凄み。これこそバリスタスなればこそと半ば呆れて、半ば快感が沸くのをエルザは抑えきれなかった。
何しろ休む間もなく2体目に剣を振るっている。
「ガードの上から殴り倒す。これぞ私たちの戦友の戦い方ですよ」
見上げながら言うレオンはどこか誇らしげだ。
エルザにその気持ちがよくわかった。
皆が絶望する状況でも、ただ静かに強く敵を粉砕するバリスタスの姿を見続けてきたのだ。
2人は過去、絶望から歓喜の瞬間に変わる様を何度も見せつけられていた。
「アンたちが動いたね」
これまでバゴダ相手に静観の構えを見せていたアンパーティが攻勢に出た。
アンと戦士のロイ、双子の姉の方が接近戦に持ち込もうとバゴダと距離を詰めた。
しかしバゴダに届く前にモルフェオが割って入った。
更に黒鳥のシルエットが上空から降り立った。
「あいつは!ジルドレか!」
エルザは咄嗟に駆け出した。親衛隊の静止の声も聞かずアンを目指した。
走りながら、門から不気味な黒い影が浮き出すのが見えた。
エルザの全身程あろうかという灰色の樽のような物体だ。
それを魔導騎兵が手に持った。
誰もが自分たちの戦いに精一杯で、気付いている者はエルザのみかも知れない。
エルザは心中でアンに謝罪しつつ、使命感から魔導騎兵を標的に変更した。
炎弾を魔導騎兵に放つが片手で防がれてしまった。
エルザの魔法を皮切りに、余力のある兵士たちの遠隔魔法攻撃が開始された。
しかし魔導騎兵は既にその場所には居なかった。
例の『足が可動していないのに素早い動作』で加速していた。
一瞬、正面衝突するかと思うほど近い距離を魔導騎兵とすれ違った。
眼を見開いてやり過ごしたが、相手はエルザを眼中に入れていないようだった。
振り向いて魔導騎兵の行先を確認した。その先には戦闘中のバリスタスがいた。
「バリスタス!」
ようやく2体目の魔導騎兵も力でねじ伏せ、崖下に突き落としたところだった。
バリスタスが振り向くと、既に灰色の塊を手にした魔導騎兵が迫っていた。
バリスタスが剣を構えた。
同時に魔導騎兵は塊を持つ右手を振り上げた。
「逃げろ!こいつは爆弾だ!足場ごと破壊する気だ!」
魔導騎兵が振り上げた手を地面に叩きつけると、灰色の物体が閃光を発した。
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