014_第2章-6_神の欠片
レオンは漆黒のローブを纏う長身の魔導探求者が確かな足取りでこちらに向かってくるのを確認した。
既に壁際まで後退して後がない。
残った兵士が遠隔攻撃でモルフェオの歩を止めようと試みるが、全て左手の魔法障壁で落とされてしまった。
ここまで来るのは時間の問題だろう。
横で魔法を発動させていたミスミが顔を向けた。
「司令官、アン殿に援護要請送りました」
「うーん、彼女たちは小さい方の魔導探求者を押さえるのに手一杯でしょう。
厄介な骸骨を驚くほど手際よく退治してくれましたし、これ以上、負担を背負わせるのは酷というもの。
こちらで何とかする覚悟、必要ですね」
「そうは言っても大きい方は肉体派。接近されたら分が悪いです」
「私が何とかするしかないでしょうね。ミスミ、もう精神ダメージは回復しましたね。今、戦っている兵を連れて離れていなさい」
「指揮官を置いていけません」
「大丈夫です。伊達に6傑と呼ばれてた訳ではありませんよ。アンを見て一兵卒だった昔を思い出しましたよ」
「どれだけブランクがあるとお思いですか?無理ですよ」
ミスミを押し退けて前へ出たレオンはモルフェオに向けて叫んだ。
「探求者殿、一旦手を止めて2人で話しませんか!
それと勇敢な兵士たちに命じます。今すぐ戦闘を止めて壁際まで退くのです!」
レオンはミスミをその場に置いて歩きだした。
兵士たちはそれでも攻撃態勢を崩さなかったがレオンの柔和な笑みを見て退いていった。
レオン渾身の空元気だった。
身を守るべき壁も兵も無い状態でモルフェオと対峙した。
フードから軽く結んだ口元が覗いていた。本心はまったくわからない。
「これがあなたが望んでいたシナリオでしょうか。手違いがあれば今なら話し合いに応じますが」
「会話する気はない。我々の意思は行動で示している。そちらに行くからおとなしく命を差し出すのだな」
「あなた方は逆賊と手を結んだということで宜しいでしょうか」
「時間稼ぎは通じぬ。今の状況で有利なのはどちらか分からぬほど無能であはあるまい。まいるぞ」
取りつく島がない。
モルフェオが歩みを再開した。
こちらに迫りながら左右に両手を広げると、爪が短刀長に伸びた。
一本一本が鈍色を帯びており、高い硬性を想起させた。
牽制なのか手を振るうと、大気を切り裂く風音が響いた。
レオンはモルフェオと話している最中から魔法詠唱を始めていた。
何も声に出すのが詠唱ではない。手練れの者は心中で魔法を構築する印を練れる。
それは最終的に角や手といった外部と繋がりやすい部位から魔素に伝達して術式を完成させるのだ。
魔法は完成した。
特殊な条件を組み込んだちょっと複雑な防御魔法だった。
モルフェオが間合いを詰めて腕を振った。
鋭利な爪がレオンに振り下ろされた。
レオンは格闘家のような反応速度で半身になり回避した。
続けざまにモルフェオが爪を振るうがやはり掠りもせずかわした。
モルフェオの気配が変わった。
殺気の込められた一撃一撃がレオンの急所を狙ってきた。
しかしレオンはことごとく最小の動作で回避していった。
「ほう、行動制御魔法か。特定条件を発動契機として、条件が正となった場合、事前に規定した行動を自身の体に自動で取らせる。
術式の複雑さ、条件設定が少しでも甘くなると上手く機能しないといった欠点から実戦では久しく見てはいない」
「あっさり見破られましたか。さすがは魔法の専門家ですね。
おっしゃるとおり、この魔法は理論に傾いた者が実戦で使うと一瞬で死を招く傾向が強い魔法です。
私も頭でっかちなところがありますが、幸か不幸か昔から現場送りにされてきた過去がございまして、実戦で試行錯誤を繰り返すことができました。
術式には少し自信を持ち合わせております」
「ふん、視覚情報をパターン化して、各々のパターンに対する回避行動をプログラムするのがこの魔法の肝だ。
したがって、精度はそのパターン化の条件付けと、パターンの多彩さが重要になる。ではこれではどうか」
モルフェオが印を結んで真上に左手を上げた。
ドームの上空から凄まじい勢いで茨の蔦が迫ってきた。
蔦は目の前の地面に次々突き刺さっていき、レオンとモルフェオを隔てる壁となった。
すぐさま蔦でできた壁を突き破り、爪での攻撃が再開した。
レオンは行動制御魔法に身を委ねた。
運動能力は常人レベルを自任するレオンでもかすりもせず回避していった。
突如、レオンは回転しながら背後へ飛んだ。
上空から鋭利な棘を持った蔦が急降下し、自分がいた地面に突き刺さった。
爪により破断された壁からモルフェオが顔を出した。
「どういうことだ。最後の攻撃は視野に留めておらんだろう。どのように視覚情報を得た?」
「さあ、自分からトリックの種あかしをするほどお人よしではありませんので」
「そうか、千眼のレオンか」
モルフェオは周囲を見渡し、上空に光弾魔法を放った。
回避する間もなく、魔法の目が撃ち落とされた。
「貴様は魔法の目を駆使する無敗の指揮官だったな」
「バレましたか。でも」
レオンは次々に魔法の目を上空に飛ばした。
「この魔法だけは世界中の誰にも負けないですよ。たとえあなたでもね。全て撃ち落とせますか?」
「・・素直に殺されなかったこと、後悔することになるぞ」
モルフェオは数歩後退すると、首にかけた白い羽のアクセサリーを手にした。
詠唱を終え羽を自身の角に当てると、羽の質量が膨張した。
1本の羽が数秒後には体全体を覆うほどの本数に増大し、モルフェオの全身を覆った。
程なくしてサナギとなったモルフェオが羽化した。
その姿はまるで天使だった。
白い体に、白い翼、曇り一つない琥珀色の角。巨大な2枚の羽が背中から左右に伸びている。
顔以外、全ての部分が変貌していた。
「長い月日を生きるうち、我が体のほとんどが人工器官に変わってしまった。
変えることで不死者として800年、生き長らえてきた。
それは脆弱すぎる人間の肉体に憤りを覚える日々であったよ。
その私にミカはこの肉体を与えてくれたのだ」
「それが私たちに敵対する理由ですか」
「そうだ。不死者として生き長らえるために必須な肉体改造。その極致がこの肉体なのだ。
代価がお前たちの命だったというだけで、恨みなどはない。この1点については同情心がわく。
まあ、悪く思うな。さあ、我が力を試そうではないか。この体は神の肉体を構成するものと同じなのだ。そうら」
前に突き出した腕が膨張した。肉が撓み、次の瞬間には力感を帯びた筋肉が隆起する。
腕が波打ち伸長した。加速度を増してレオンに襲いかかる。
レオンは行動制御魔法に身を委ねて交わすが鞭のようにしなる腕の不規則な攻撃の連続に危機感を募らせた。
この魔法とて万能ではない。
人間の身体的な動作では避けようのない攻撃には対処できないからだ。
レオンの悪い予感は良く当たる。
左右の腕を駆使した攻撃を跳躍して回避した刹那、モルフェオの背後から膨張した腕と同様の凶器が襲い掛かった。
瞬時に物理障壁を展開するが相手の力が勝った。レオンは吹き飛ばされ、地面に背中を打ち付けた。息が止まり、暫く起き上がれなかった。
ミスミが駆け寄り抱きかかえてれた。レオンがミスミの腕の中で顔を上げ、先ほどの攻撃の正体を確認した。
左右に首を振る蛇の動作のような尻尾がモルフェオの背で蠢いていた。
「いつ尻尾なんて生えたんでしょうか。私の視界から隠し通していたとは。迂闊でしたね」
「とにかく私たちの力では無理です。助けをよばねば」
ミスミはレオンを引きずり後退するが、とても逃げられそうにない。
ゆっくりと歩を進めるモルフェオが、両の腕と尻尾を振りかぶった。
レオンが苦しさに顔を歪めながらも反射的に物理障壁を展開した。
しかし完全に相手の攻撃を防げる自信はなかった。
3本の鞭が宙に舞った。
レオンの物理障壁は空振りとなった。
レオンの倍はあろうかという屈強な男がレオンに到達する前にモルフェオの武器を切断したのだ。
救国の6傑最強の戦士バリスタスだった。
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