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012_第2章-4_極黒のジルドレ

荊棘(イバラ)の壁に炎を放射した。


エルザにとって放炎魔法は得意な魔法だった。

燃料となる周辺の魔素が尽きなければ、無限に放射可能だ。


体の前方にかざした右手から、蒼白き炎を発生させた。

数秒間の放射で、荊棘(イバラ)の壁に黒々とした穴が空いた。

植物の焼ける匂いが鼻に付いた。


突如橋間を被った荊棘(イバラ)の壁の向こうから、悲鳴が轟いた。

この世のものとは思えない声で、エルザの精神を揺さぶり、動悸が起きた。

その場にうずくまりたくなる衝動に何とか耐えた。

自分の心身よりもレオンたちへの心配が先に立った。


火炎放射でできた穴からドーム内の様子をうかがう。

目に入ったのはミスミを抱えてこちらに後退してくるレオンの姿だ。

足元には横たわる仲間の兵士たち。

一瞬でエルザの心拍数が上昇した。


背を屈めれば何とか通り抜けられる。

穴に手を掛けたところで背後から肩を掴まれた。


親衛隊のヤハットボルク・ド・モットラームだった。

ヤハットボルクはエルザ付きの近衛隊隊長の肩書を持つ魔法戦士だ。


「今の奇声は精神を錯乱させる魔力を帯びております。迂闊に動くのは危険です」


エルザはヤハットボルクの腕を振りほどいた。


「交渉に赴いたレオンが襲われている。ほうっておけますか!」


「ご冷静に。援軍に兵たちを向かわせましょう。まずは敵の能力を分析して事に臨むべきです」


「仲間の危機を前にそんな悠長に構えていられません!私が前線に出ますから、貴方たちはここから敵の力を見定めていなさい!」


兵の間から親衛隊最古参トット爺が困り顔で歩いてきた。


「隊長を困らせんでくだされ。ここで姫を向かわせたら今度こそ儂ら皆、お役御免を言い渡されてしまいますわ」


悠長な物言いに短気を起こしたエルザが悪態をつこうかとしたその時、まさにトット爺がいた兵たちの輪を目掛けて上空から飛来するものがあった。


直ぐ後に人だと分かるのだが、このときは巨大な(くちばし)をもたげた鳥類と錯覚した。

(くちばし)と誤認したのは巨大な鎌で、空中ですれ違い様に3人の兵士の首や胴を切断していた。


落下による風圧に押され、トット爺が尻餅を突いた。

低身長が善かったのだろう。輪の中に居たにも関わらず犠牲者に連なることはなかった。


地に降り立った男は、鳥の羽のような黒く裾足の長いフードを羽織っていた。その肩には血に濡れた巨大鎌を立てかけていた。


黒鳥の男はゆっくりとエルザの方に向き直り、口を開いた。


「見目麗しき王女様。お噂通り美しいお方だ。私はジルドレ。この迷宮を根城とする魔導探求者でございます。地下に降りる前はある国のジェントリでありました」


真一文字の口が開くと、そこには不気味な笑み。

背後には栓の壊れた血の噴水。


エルザの前に親衛隊と兵士が盾となった。転がり避けるようにトット爺がエルザの横に這い寄る。


剣を正堂に構えたヤハットボルクがエルザに耳打ちした。


「極黒のジルドレ。元アサモアー地方の領主にして稀代の殺人鬼です。10年ほど前に領地を追われ魔導探求者となった外道です」


「ご存知でしたか剣士どの。光栄至極に存じまする。いかにも私がそのアサモアー公ジルドレでございます」


不意打ちで兵を切り殺しておいて、平然とした態度に怒りが込み上げた。


「貴様、我が兵を奇襲で惨殺しておき、その態度。ただでは済まさぬぞ」


「意外と急かしいお方のようで。おお、お怒りになられたお顔も美しからん。私は美しいものが大好きなのです。

例えばあなたのような造形の美しき者。例えば外的を滅殺するためだけの機能美を備えた戦士。あなたのご戦友バリスタス殿のような。

ああ、それでも一番美しいのは純粋無垢な幼子の心。あれは天使です。汚れがない」


「どの口が言うか。貴様はさらった子供たちを惨たらしく拷問し惨殺していた殺人鬼ではないか!」


吐き捨てるようなヤハットボルクの言葉を受けてもジルドレは表情ひとつ変えなかった。


「貴殿方にはわからないかも知れませんね。あれは実験なのです。美しい存在と美しくない存在。その境界線を見極めたかったのです。

弾力に溢れた幼い体が、血と肉と神経と体液の混合物と化す様、その課程で失われる美。それを観察し深い思索にふけること。この世でこれ以上の快楽などございません」


ジルドレが両手を天に掲げた。両袖からてのひら大の球体が表れた。奇術師のような鮮やかな手際だ。


周囲があっけに取られている隙に呪文を完成させると、無残に首を落とされた兵士の切り口に埋め込んだ。


「これは幼子たちの犠牲から生まれた副産物です」


ジルドレは球体を兵士の胴体側の首にグリグリと押し込んだ。

エルザはおぞけが走り口元を押さえながら、じっと見守るしかなかった。


球体を首の肉に半分ほど埋め込んだところでジルドレの手が離れた。

すると埋め込んだ球体が音もなく風船のように膨れあがった。


その場の兵士たちはジルドレを攻撃することを忘れ、事態がどう進むのか見守るしかできない観客と化していた。


顔の無い首の上に膨らんだ風船を乗せている奇異な遺体は、何の予備動作もなく手足が跳ね始めた。

操り人形の糸かあるかのようなギクシャクとした動作で立ち上がると、周囲から動揺の声があがった。


ジルドレは周りの反応に満足そうに頷くと、観衆に余興を提供するかのように両手を広げた。


「私が埋め込んだ球体は人間の脳と同じ機能を持っております。

今は全身に神経を張り巡らしている最中。そろそろ完全に体を制御することができるかな。

ああそうそう、この球体は特定の動作に特化しておりまして、感情などは一切持ち合わせておりません。

私以外の人間を無差別に襲うことのみプログラムされているんですよ。皆さん、お気を付けて」


「外道め!」


エルザが吐き捨てるように罵ると、爽やかに微笑んでみせた。


「最大級のお褒めのお言葉、恐悦至極にございます」


ジルドレが指を鳴らすと、元サイア兵の人形がエルザに襲いかかった。

お読みいただきましてありがとうございます。


はげみになりますので、よろしければブックマークや、下記☆☆☆☆☆にて評価をいただけるとうれしいです。


よろしくお願いいたします。

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